強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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番外編2「ウサギの謎と勇者とその師(女魔法使い視点)」

 

「この陣形、理にかなってますわね」

 

「そう? お師匠様が考案したんだよ」

 

 私が褒めると、勇者様は我がことのように得意げに微笑まれた。

 

「ほら、この陣形だとあのウサギが前に居ますもの、不埒な真似はし辛いでしょう?」

 

「あっ、あー。あはは、ミリーさんにも困ったものだよね」

 

 困ったもので済ませてしまえる辺り、勇者様は心が広いのかもう慣れてしまわれたのか。

 

(後者であることは考えたくありませんわね)

 

 いきなりお尻を触られた時は鳥肌が立ちましたし、慣れてしまうのは女としてどうかとも思いますわ。

 

(そもそも私の記憶が正しければ、警戒しなければいけないのは男の遊び人の筈ですのよね)

 

 女の遊び人がお尻を触って来るというのは、聞いたことが無かったのだ。

 

(男性の場合でも、それなりに経験を積んだ遊び人にはそう言う人も居ると言うお話しでしたけれど)

 

 駆け出しの場合気後れしてしまってそんな破廉恥な行動には出られないのだろう、と私に語ってくれた人は仰ってましたわ。

 

(だからこそ不意をつかれたとは言え……)

 

 腑に落ちない。

 

「えーと、魔法使いさん?」

 

「『サラ』とお呼びください。親しい方はだいたいそう呼びますの」

 

 流石にいつまでも他人行儀は良くないですものね。勇者様の声で我に返った私は自分の愛称を教えて微笑んだ。

 

「じゃあ、サラさん。どうしたの?」

 

「少し、考え事をしていただけですわ」

 

 少々突っ込まれたくない内容の考察をしていたからだが、案の定。

 

「そんなことより、勇者様はご自分の師のお話ばかりですのね」

 

「えっ、そう? けどね、今ボクがあるのもお師匠様のお陰だし……」

 

 切り返してはぐらかせば、勇者様は瞳を輝かせて語り出す。

 

(誰がどう見ても、恋する乙女の目ですわね)

 

 同期にパーティーへ加入された僧侶の方は「青春ですなぁ」とかしきりに頷いていらっしゃるけれど、これは問題ですの。

 

(勇者様のお話を聞く限りは善良で腕も立つ様ですけれど)

 

 恋愛は拙い。

 

(魔王討伐の旅は過酷なモノになるはずですわ。色恋沙汰にうつつを抜かす余裕もありませんし)

 

 下手をすれば、パーティーを空中分解させてしまう亀裂になるかも知れないのだから。

 

(旅の途中での駆け落ち、三角関係や痴情のもつれから来る仲間割れ……考えたくなかろうとも最悪のケースは想定しておくべきですものね)

 

 そもそも問題の人物が勇者様にとって『師』であることが気になった。

 

(私達を引き合わせたことも考慮すると、勇者様の旅についてくる気はなさそうですわよね)

 

 同行したとしても、何処かで身を引くと言うのが私の予想であり。

 

(そのとき勇者様がどうするかですわね)

 

 何もかもを捨てて愛する男の元へと逃げるのか、それとも。

 

(こうなってくると、勇者様の言う『お師匠様』がどう考えてるかも気になってきますわ)

 

 勇者様の独り相撲という可能性だってある。

 

(結ばれる方ばかり考えてましたけれど、失恋の痛手から立ち直れなくなる可能性だってありますもの)

 

 そうなってくると、やはり「調査」が必要ですわね。

 

「勇者様、そのお師匠様のお話ですけれど、もう少しお聞きしても?」

 

「えっ? あ、うん。もちろんいいよ。えーと、何を話そうかな?」

 

 私が話をねだれば、一瞬面を食らいながらも快諾して話す内容に頭を悩ませ始める。

 

(これは、もう確定ですわね)

 

 悩んでいるのに困っている様には見えず、眩しいくらいに嬉しそうで――。

 

「あ、これにしよ。あのね、追いか」

 

 ようやく決まったのだろう、此方を振り向いた勇者様はさっそく語り始め。

 

「ふみゃぁぁぁぁぁっ」

 

 いきなり悲鳴をあげて飛び跳ねた。そう、もう何が起きたかわかってますわ。

 

「ごっ、ごめんなさいっ。ごめんなさい」

 

「……はぁ、どうやら昨日の調教では物足りなかったみたいですわね」

 

 この為に買ったモノではないと言うのにと胸中で嘆息しつつ、私は荷物からロープを取り出す。

 

「ふふふふ。こんなはしたない前足は縛ってしまっても全然問題ありませんわよね?」

 

 そう、後ろ手に縛ってしまえばよろしいのですわ。随分タフなのは昨晩に判明済みですもの、魔物に些少ボコボコにされても僧侶の方や勇者様がホイミで癒せますし。

 

「あうぅ、ご、ごめんなさいっ」

 

 何だかウサギがやたらと怯えてるのですけれど、口に出してたかしら。

 

「謝るなら、何故しますの? と言うかそもそも間にいた僧侶さんは何してましたの?」

 

「前方を警戒しておりましたが?」

 

「えっ?」

 

「ミリーさんが急にそわそわし出しましてな、そちらに向かいだしたので一声かけてから警戒を」

 

「っ、聞いてませんわよ?!」

 

「いえ、私が声をかけたのは――」

 

 声を荒た私を前に、僧侶の方は勇者様を指し示す。

 

「あれ、ボク?」

 

「ええ、並び順から考えると真っ先に襲われるのは勇者様ですからな。『お師匠様の話』に夢中のご様子でしたし、私が聞いたのは生返事だったのでしょう」

 

「っ」

 

 となると、責任の一端は私にもありますわね。

 

「ごめんなさい。勇者様に盗賊さんのことを聞いたのは私、そう言う意味では責任の一端は私にもありますもの」

 

「そ、そんなこと……」

 

「いいえ、こういう問題ははっきりしておかないと。ウサギの調教は確定ですけれど、だからといって非はきちんと認めなくては他者を非難する資格を失ってしまいますわ」

 

 勇者様は庇ってくださろうしたけれど、それではいけませんの。

 

「あぅぅ……お、お仕置きは確定なんですね」

 

「むしろされない理由があるなら、お聞きしたいところですわね?」

 

 そもそもこのウサギは、そう怯えるなら何故もああ、懲りずに勇者様のお尻を狙いますのかしら。

 

(理解に苦しみますわ。それはそれとして――)

 

 私は密かに呪文の詠唱を始める、『ウサギ』を狙う為に。

 

「メラッ」

 

「ひいッ」

 

 罰だと思ったのかウサギが悲鳴をあげて身をすくませましたけれど、失礼しちゃいますわね。

 

(いくらセクハラウサギだからって呪文攻撃なんてしませんわ)

 

「ギュエエッ」

 

「えっ」

 

 悲鳴をあげた一角のウサギに勇者様が驚き、振り返る。

 

「おっと……気づかれてましたか」

 

「もちろん、ですの」

 

 どうやら僧侶さんは折を見て警告するつもりだった様ですけれど、二度も失敗はしなくてよ。

 

「ピキーッ」

 

「勇者様、魔物ですわ。『岬の洞窟』はもう少しの筈ですけれど」

 

「う、うん。天と地のあまねく精霊達よ……」

 

 ひのきのぼうを茂みを鳴らして現れたスライムに向けたまま、警告すれば勇者様は返事をするなりメラの詠唱に入る。

 

「ウサギは汚名返上のチャンスですわよ、私達をあの魔物達から守れたら、今晩のオシオキに少しだけ手心を加えること……考えてみても」

 

「はっ、はひっ」

 

 精神力にも限りがありますし、そのまま倒してくれてもいっこうに構わないのですけれど。

 

(高望みでは無い筈ですのよね)

 

 あのウサギにしても身体能力は私と比べものにならず、勇者様に至っては私より多くの呪文を扱える。

 

(聞けば、修行を始めたのはつい先日。成長が早いにも程がありますわ)

 

 どんな修行をしたのかについてだけは、お師匠様に口止めされてると話してくださいませんでしたけれど。

 

(まさか、愛の力? って、だとしたらあのウサギも盗賊さんのことが好きだったりしますの?)

 

 拙いですわ、既に三角関係が発生していた、なんて。

 

(これは早急に盗賊さんとお話しして真意を確かめるしかなさそうですわね)

 

 それには、今日の予定である「岬の洞窟」の攻略を済ませて帰ること。

 

(と、言いたいところですけれど……)

 

 勇者様はきっと「ナジミの塔」まで攻略したいと言い出す気がしますわ。

 

「洞窟は塔に続いている。そして、ナジミの塔には何故か宿屋があるからな。休息をとっていけると思ったら最上階まで行ってみるのもいいだろう」

 

 なんてお師匠様に言われていたらしいのだから。

 

(何でこれから先向かう場所についてそんなに詳しいのかもそうですけれど、謎が多すぎですの)

 

 私は魔法の使い手としてのアドバイザーというか先生として呼ばれた筈ですのに、勇者様の呪文の使い方はまるで同じ攻撃呪文の使い手に教わったかの様に正確だとか。

 

(そもそも閃熱で敵を焼く呪文ギラの効果範囲とか、爆発を起こして敵を消し飛ばすイオ系呪文で自爆しない為の注意とか、予習ってレベルじゃありませんわよね?)

 

 ギラでさえまだ使えないけどね、と恥ずかしそうに笑う勇者様の前で私の受けた衝撃と言ったら。

 

「昔、使ってた知り合いが居たんだって」

 

 と勇者様は仰ってましたけれど、それって最低でもイオの呪文が使える知り合いが居たと言うことに他ならない。

 

(なのに今その人をアテにしていないと言うことは、既に故人なのか、それとも……はっ)

 

 もしかして、盗賊さんには死に別れた魔法の使い手である恋人が居たのではありませんの。

 

(それで、勇者様に恋人を重ねているとか? ここまで至れり尽くせりで勇者様を導こうとしているのは――ううん、断定するには情報不足。これじゃただの妄想ですわ)

 

 かなり良いセンいっているとは思いますけれど、今は戦闘中ですの。

 

「メラッ!」

 

「ビギィィィ」

 

「これであと二匹、さっさと終わらせますわよ」

 

 ウサギの横を通り抜けようとしたスライムを呪文で迎撃した私は、パーティーを叱咤すると首を巡らせる。

 

(あれが、そうですのね)

 

 森の中にぽっかりと口を開けていたのは、木々の合間に見えた岬の洞窟。私達の洞窟探検は始まっても居なかった。

 




何だか気が付いたらいつもよりずいぶん長めになってましたが、番外編2をお送りしました。

いやー、ぶっちゃけ女魔法使いさん使い捨てのゲストキャラの筈だったんですけどね、僧侶のおっさんが殆ど空気に。

どうしてこうなった?

番外編ばっかりやってても顰蹙買うでしょうし、主人公は盗賊に憑依した中の人なので次は本編に戻れるといいなぁ、とか。

ともあれ、続きます。

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