「さて、わらわは僕共を呼び集めて指示を出す。お前はその間に戦いの準備をしておくのじゃ」
「あ、うん」
階段を上り終え、振り返ったおろちちゃんに頷く。おろちちゃんの興奮がどうとか言う発言に覚えた困惑を引き摺っていて、修行が疎かになったら本末転倒だ。
「準備かぁ」
何があるか解らないからと武器は腰にはがねのむちで作った輪っかをぶら下げてるし、念のために何でも入る不思議な袋だって持ってきている。けんじゃのいしは風邪で動けなかったボクが持っていても仕方なかったからサラに渡したけど、袋はボクが持っているようにってサラもアランさんもミリーも受け取らなかったのだ。
「薬草はぁ……んっ、これだけあれば大丈夫だよね?」
ホイミとか回復呪文も使えるけれど、精神力は出来れば温存しておきたかった。
「じゃあ……あとは」
ボクは袋に手を突っ込んで、それを取り出した。ガーターベルト。衣服のずり落ちを防ぐものをガーターって呼ぶらしいから太ももまでの足を包む網タイツとセットなのがちょっと謎だったりするんだけど。
「うん、そんなことより……これをつけるってことは、脱がなきゃいけないんだよね」
インナーの上から履く訳にもいかないと思うから、つまり。
「よりによって、こんな洞窟で……」
おろちちゃんが居るから、着替え中に魔物が現れて、恥ずかしい姿のところを襲われると言うことはないと思う、けど。
「あう……やっぱり、心の準備が」
「フシュァァァァァッ」
遠くから聞こえる咆吼はきっと部下の魔物をおろちちゃんが呼んで居るんだろう。
「あぁ、早く着替えないとおろちちゃんが戻って来ちゃう」
時間はない。なら、さっさと着れば良いとも思うのに、未知のモノに対する恐怖と不安で踏み切れないのだ。この装飾品は着用者の性格を変えてしまうとメダルのおじさんは言っていた。
「お師匠様」
みんなに報いる為と望んで手に入れておきながら、身につけて自分が自分でなくなってしまうのを何処かで怖がっていたのだと思う。
「お師匠様ぁ……ボク」
だから、気がつくとそれをにぎったまま、ボクは大好きな人を呼んでいた。
「ボク、変わってしまっても……みんなの為になりたいんです。だから、勇気を……勇気を下さい」
側に居ない人に呼びかけても答えなんて返ってこないことはわかってる。それでもボクにはそれが必要な儀式で。
「んっ」
上に着た衣服の中に両手を入れ、インナーがずり落ちないようにしていた腰ひもの結び目を解き、内側に親指を入れて、ずり下ろす。続いて片方だけブーツと一緒にインナーを完全に脱いで、靴下も脱ぐ。
「さ、急いで履かないと」
素足を網タイツの部分に入れて膝の下あたりまで履いたら、ブーツを履いて、もう一方の足も同じようにインナーと靴下を網タイツに交換する。
「ふぅ」
下手に素肌が触れると火傷してしまいそうな地面だから、着替えをするだけでもかなり緊張する。
「あとはこの靴下止めの部分をあげて、上からインナーを履……あれ?」
履こうと思っていた筈だった、少なくとも直前までは。
「何でインナーなんて履こうとおもったんだろう、ボク。こんなに暑い場所なんだもん、履かなくていいよね?」
流石に裸は拙いと思うけれど、下着姿ぐらいなら許容範囲だと思う。
「……お師匠様が見てくれるなら、裸でも良いかもしれないけど……って、そうじゃなくて」
ボクは修行する為に着たのだから、今すべきことは、強くなることだ。風邪で休んで鈍った身体を鍛え直して、お師匠様に見て貰う。
「って、違う違う。お師匠様やみんなの足を引っ張らない自分にならないと」
次に会う時は、生まれ変わったボクを見せるんだ。隅々まで、恥ずかしいところも。
「えっ、ちょっと待って……何かおかしいような……」
何だろう、この違和感。ひょっとして、性格が変わったからなのかもしれない。
「ううんと、『修行して強くなる』は問題ないよね? で『生まれ変わったボクをお師匠様に見て貰う』も問題ない……『恥ずかしいところも』も問題なし。気のせいかぁ」
性格が変わるって所を必用以上に気にして神経質になってたみたいだ。
「グルォアァァ」
「あ、おかえり」
もう何度か聞いたおろちちゃんの声に振り返ると、ボクは脱いだインナーから外したむちの輪を解き、無造作に地面を叩いた。
「こっちの準備も終わったよ」
『ほほ、そうかえ。ならば修行の説明と行こう。わらわの僕がメタルスライムを今、ここに向かって追い込んで居る。お前はそのメタルスライムと戦うのじゃ』
こちらの報告に心に語りかける声で応じたおろちちゃんの説明も、ここまでは想像通りだった。
『ただし、殺すことはまかりならぬ』
「えっ」
『殺してしまっては、メタルスライムが絶滅してしまうわ』
驚きの声を上げたボクにおろちちゃんは言い。
「けど、それで修行になるの?」
『わらわは殺すなと言うておるだけじゃ、倒すなとは言うておらぬ。お前達人間とて人間同士で戦いに備え木剣で打ち合うたりするじゃろう。殺さねば無意味なら、あれは一体何だと言うのじゃ』
「そっか」
どうやら模擬戦の様なモノをやらせたい様だと察し、はたと膝を打つ。命懸けの実戦と比べれば得られるモノは少ないかも知れないけれど、てなづけるならむしろその方が都合がいい気もする。
『納得がいったかえ? ならば身構えておくのじゃ。じきに追い立てられたメタルスライムがやって来る』
「わかったよ」
上手く行けば一緒に戦ってくれる魔物との出会いになるかも知れない。メタルと名は付いてもその形状はかってボクが殺されかけたスライムに近い。もう、恐怖は乗り越えたつもりだけど。
「ううん、乗り越えたんだ」
そしてお師匠様のお陰で、ボクは強くなれた、だから――。
『来るぞえ』
おろちちゃんの警告を聞いた直後だった。
「ゴアアアッ」
「「ピキィィィィ」」
熊らしき魔物の咆吼と微妙に怯えた鳴き声が聞こえてきたのは。
「あれは」
「「ピキッ?! ピキィィィィ!」」
声の方を見れば、右手の通路の入り口から飛び出たメタルボディの魔物が飛び出し、左手にあった別の通路に飛び込もうとして急停止し、向きを変えて突っ込んでくる。
「っ」
違う、あれはあの時のスライムじゃない。追われているからか、鬼気迫る様子のメタルスライム達に一瞬だけ足が竦んだけれど、すぐさま頭を振ってはがねのむちを振るった。
「やあああっ」
全部当てようとは思わない。固まって突っ込んでくるなら、せめて一、二匹でも。
「ピッ」
「「ピキーッ」」
「あ」
薙ぐような軌道で迎え撃ったはがねのむちは最初のメタルスライムにぶつかった瞬間軌道が逸れて、跳ね上がったむちの下をくぐったメタルスライム達がそのままボクに飛びかかってくる。
「くっ、それぐらいっ」
覚悟はしていた。
「「ピキッ」」
「呪文っ?」
何匹かが不意に立ち止まり、火の玉が生まれたのを見てボクは咄嗟に盾を構える。こんなこともあろうかと用意していたまほうのたてだ。
「うくっ、まだまだぁっ」
火の玉が盾に直撃して衝撃が腕に伝わってきたけど、ただそれだけ。ボクは再びはがねのむちを振るうと。
「やあっ」
「ピキーッ」
メタルスライム目掛け一撃を放った。
おろちの修行とは模擬戦だった。
まぁ、殺さなくても経験値が手にはいるのはカンダタ戦という例があるので不正はないのです。
その分手に入る経験値が低い設定ですが、メタルスライムはもともと得られる経験値が高いので十分訓練になってしまうと言う。
ご覧の通り、内容はけっこうガチのバトルですし。
次回、番外編13「ついにここまで来たけれど5(勇者視線)」
多分、この番外編は次で終わりです。