強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百八十八話「バラモス」

(さて)

 

 上手く行く保証はなく、ここからはおしゃべり厳禁でもある。だから、声を出さずに呟くと、ちらりと後方を振り返る。

 

(よし、とりあえず姿は消えてるな)

 

 呪文はちゃんと仕事をして振り返った先には一見誰も居ない。後は壁際を伝うようにして進み、壁が途切れた所で右折すればいい。少なくとも、バラモスから遮蔽物の何もない階段周辺に何時までもたむろしてるのは愚策だ。

 

(どうか気づかれませんように)

 

 透明な上にまだ距離はある。大丈夫だと自分に言い聞かせ、足音を殺したたま先を急ぐ。後衛職ばかりだとこういう時、音が立たなくて良い。明らかに「ここにいますよ」アピールするのは、俺の袖に仕込んだ鎖分銅くらいだが、流石にこれを鳴らすようなポカはやらかさない。

 

(大丈夫、見破られる要素は無いはずだ)

 

 自分を安心させるように心の中で言い聞かせ、徐々に近づいてくる壁の切れ目に少しだけ気が急くのを感じつつも、踊り出しそうな心を抑え、ただ進んだ。

 

「それで姿を隠したつもりとは、愚かな者達じゃな」

 

 明らかに自分を含むこちらを見てそれが口を開くまでは。

 

(っ、ブラフかもしれない。ここは――)

 

「この部屋にある礫が何故浮き上がっておるかわかるか? お前達のような者がこそこそ忍び込もうとした時に小細工をした時のことを考えてワシの力で満たしておるのじゃ」

 

 なるほど、こけおどしかと思えば、部屋の中を赤く染めているこれにはそんな意味もあったのか。

 

「気づかれたなら、仕方ないのエロジジイ」

 

「エロジジイ様っ」

 

 俺が声を出したことを咎めようとしたのかお姉さんの一人が声を上げたが、ここでバラモスを無視するのはリスクがでかすぎるのだ。

 

「これで良いのじゃ、エロジジイ。ワシらがこやつを無視してこやつがあたりを付けた場所に炎でも吐こうものならお前さん達も無事で済まぬ可能性があるエロジジイ」

 

「っ」

 

 一応、フバーハをかけたり回復呪文でフォローすることも可能だが、呪文によって起こるエフェクトの様なモノまでレムオルが誤魔化してくれるかも解らない。

 

「単刀直入に言おう、トイレを貸してくれんかの、エロジジイ?」

 

「な」

 

 ならば、最初から要求をしてしまえばいい。

 

「実はトイレに行きたくてのぅ、エロジジイ。お前さんの部下を一人捕まえて聞いたらここが一番近いと言われてのぅ、エロジジイ」

 

 一応行きたがってるのは捕虜のエビルマージだが、馬鹿正直にそれをバラモスへ明かすほど血も涙もない男ではないつもりだ。

 

「トイレじゃと、この大魔王バラモスさまの元に来た理由がトイレを借りに来たじゃと?!」

 

 いや、驚愕するのももっともだが、混じりっけ無しの事実なのだ。

 

「そもそも、この城トイレ少なすぎじゃろ、エロジジイ」

 

「む、そもそも石像や骸骨共は使わぬし、ドラゴンや獅子共はその辺で勝手に用を足す、ワシとエビルマージ共しか使わぬモノをそうあちこちに用意しても……と、何を言わせるかっ!」

 

「くっ」

 

 俺のクレームに、応じかけたところからのノリツッコミとは、俺は少々このバラモスのことを見くびりすぎていたかも知れない。

 

「ええい、この大魔王バラモスさまをおちょくりおってっ!」

 

「おちょくってなどおらんエロジジイっ! お前さんとて適当な場所に粗相されて城を汚されたくはなかろうエロジジイ」

 

「うぐっ、じゃ、じゃが獅子やドラゴン共を放って居る以上今更じゃろうが!」

 

「っ」

 

 一理はある。

 

「確かにそうかも知れん、エロジジイ」

 

「そうじゃろうと」

 

「じゃがの、ここにはトイレがあるのじゃぞ、エロジジイ! あると解っていて、何故使ってはならんのじゃエロジジイ! そもそもトイレは用を足す為に存在するのじゃろうがエロジジイ!」

 

「じゃ」

 

「しかもこっちはせっぱ詰まって居る、エロジジイ。故にわざわざ貸してくれと要って居るというに、それが何故解らぬエロジジイ!」

 

 うん、逆ギレとか屁理屈とか、その前に相手魔王なんだけどとか、バラモスにしろお姉さん達にしろ言いたいことがあるのはわかる。だが、何より負い目のあるカナメさんに「抱えていた捕虜に服を汚されちゃいました」なんてしょーもないエピソードを作る訳にはいかないのだ。持ち込める持ち物量の都合で着替えだってあるか解らないのだから。

 

「ええい、先程からトイレトイレと連呼しおってそこまでワシを愚弄するなら二度とトイレに行かずとも良いようその身体を一瞬で焼き尽くしく――」

 

 故にバラモスがこめかみあたりをひくつかせ、剣呑な空気を纏ったところで、俺に退ける理由など無しっ、

 

「っざけるなぁぁぁぁ」

 

「へばべっ」

 

 最後まで言わせるよりも早く、ダッシュで距離を詰めると固く握りしめた拳でその頬に拳を見舞い殴り飛ばしていた。

 

「え?」

 

「えっ?」

 

「ん゛ぅ?!」

 

「「ええーっ?!」」

 

 何か後方から叫び声と言うか驚きの声の合唱が聞こえたような気もするが、きっと気のせいだろう。

 

「マホカンタ、フバーハ」

 

 小さな声で、最悪の場合にだけの備えはしておく。避けるべきは、ブレスに巻き込まれた味方が命を落とす場合と俺がバシルーラで飛ばされる場合だけだ。

 

「うぐっ、ば、馬鹿な。このバラモスさまが老人の拳一つでこれほどの」

 

「人がトイレを貸してくれと頼んで居るのにその態度はなんじゃエロジジイ。ホレ、立てエロジジイ。貸さぬと言うなら貸したくなるまで礼儀について講義してやるわエロジジイ」

 

 ただし物理だけどね。何故なら本当に時間がないのだ。

 

「確かに人間の武闘家にしてはやるようじゃな、褒めてやろう。じゃが、今の一撃、この大魔王バラ」

 

「何を勘違いしておる、エロジジイ? 今のは武器を扱うごく普通の魔法使いによる素手の一撃じゃ、エロジジイ」

 

 ただ、とりあえず勘違いだけは訂正しておく。俺が武闘家だったら、あんなモノでは済まない。

 

「え、エロジジイ様。いくら何でもごく普通は無理が――」

 

「むぅ、ならば普段は武器を使っている怪傑エロジジイによる素手の一撃、なら問題なかろうエロジジイ」

 

「そ、それなら嘘は言ってないけれど」

 

「ん゛ぅぅ」

 

 会話のさなか、エビルマージが声を上げる。きっともう、猶予がないというサインと思われた。

 

「何、殺しはせん、エロジジイ。じゃが、ここからはちょっとだけ本気で行かせて貰うからの、エロジジイ」

 

 会心の一撃っちゃうと拙いのでバイキルトをかけるのは絶対条件として、武器はチェーンクロス二刀流で行くべきか、まじゅうのつめ出しちゃうべきか。

 

「では、行くぞエロジジイ。お前さんの部下に語尾にエロジジイが付く呪いをかけられた恨みもおまけさせて貰うのでな、少々覚悟しておくエロジジイ」

 

 ホンの少しの思案の後、まじゅうのつめを装備した俺は足を前に一歩踏み出し。

 

「あびゃぁぁぁぁっ?!」

 

 バリアを踏んで悲鳴をあげたのだった。

 




トイレを借りる為、主人公は今バラモスに挑む。

なにこれ?


次回、第百八十九話「トラマナは忘れずに」

え、最初の一撃のときはバリア踏まなかったのかって?

バラモスの居るところは床が絨毯なので、ジャンプで跳び越えて絨毯の方に着地したという判定です。

不正はなかった。(キリッ)

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