強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百八十九話「トラマナは忘れずに」

「トラマナっ、エロジジイ」

 

 正直に言って、近年まれに見るかっこ悪さだったと思う、だから。

 

「はぁぁぁぁっ、エロジジイ!」

 

 これを誤魔化すには強引に戦闘に持ち込むしかなかった。

 

「舐めるでないわぁっ!」

 

 とは言え、バラモスの方もこちらがバリアで痛がっていた間に思考を戦闘モードに切り替えたらしい。三本指の手を振り上げて叩き付けようとするのが、視界の隅に入る。

 

「スカラ」

 

 出来るだけ小声で唱えて左腕をかざす。

 

「っ」

 

 盾にした腕に衝撃を受けるが、いつかのボストロールに変身した時に受けた棍棒の一撃に比べればたいしたことはない。

 

「な、腕で、腕でワシの一撃を受け止めたじゃと?!」

 

「ちょっとは痛かったがの、エロジジイっ!」

 

 それで動きを止めてくれるなら儲けものだ。素早さこそこちらに分があるが、手数については全くの互角。一度攻撃するのに充分な時間をあちらが勝手に使ってくれたならここからは俺のターンである。

 

「しまっがあっ」

 

 今頃失敗に気づいてもまじゅうのつめを填めた右手は止まらない。バラモスの口から悲鳴が漏れた時には、下からすくい上げる様に放った斬撃が胴に三本の傷を刻んでいた。

 

「でぇぃエロジジイ!」

 

「がべっ」

 

 そこから更に裏拳の要領で手甲部分をバラモスの横面に叩き付け、後ろに飛ぶ。

 

「がああっ、馬鹿な……ワシの、皮膚を……斬り裂いた、じゃと……?」

 

「何がおかしいエロジジイ? 刃のある武器とは元々そう言う目的で作られたモンじゃろうが、エロジジイ」

 

 単体攻撃用の武器ならおそらく盗賊の最高装備だったような気がするまじゅうのつめを使ってるのだから、こちらからすれば当然の結果である。

 

「エロジジイ様、そう言う問題じゃないと思う」

 

「む、そう言うモノかのエロジジイ。ともあれ、こんなにしっかり声が届く距離ではあれのやんちゃに巻き込まれるかもしれん、エロジジイ。もう少し下がっておるのじゃ、エロジジイ」

 

 戦闘に参加させれば経験値の入る可能性もあるが、危ない橋は渡らせたくない。呼ぶとするなら、勝機が見えてからで良いだろう。だいたい、攻撃に巻き込まれたはずみで最悪の事態を招いちゃったら何の為にバラモス斬ったり殴ったりしてるのか解らなくなる。

 

「や、やんちゃじゃと?! まさかそれはこの大魔王バラモスさまの攻撃のことではあるまいな?」

 

 ただ、俺の発言はバラモスの気に触ったらしい。

 

「違うのかの、エロジジイ? そう思うなら呪文の一つでも唱えてみるがよいと思うぞ、エロジジイ」

 

「うぐぐ、言わせておけばっ!」

 

 せっかくなので挑発すると、売り言葉に買い言葉とでも言おうか、バラモスは即座に詠唱を始め。

 

「後悔するが良いわ、メラゾーマ!」

 

 掲げた手から放り投げるようにして特大の火の玉をこちらに向かって投げつける。

 

「エロジジイ様っ」

 

 後方からお姉さんが悲鳴の様に名を呼ぶが、この流れは計算通りなのだ。

 

「かかったの、エロジジイ! 奥義・鏡面写返陣っ、エロジジイ!」

 

 両手を前に突き出し、いかにも何かやりましたと言うポーズをとった瞬間、俺に直撃し爆発する筈だった大火球は壁にバウンドするように跳ね返り。

 

「な、あぎゃぁぁぁぁぁぁっ」

 

 バラモスの顔面で爆発した。言うまでもなく、こっそり使っておいた反射呪文マホカンタの効果である。

 

「ひょひょひょひょひょ、怪傑エロジジイに攻撃呪文が通用すると思うておったか、エロジジイ? 次は何じゃ、イオナズンで自爆でもしてくれるのかの、エロジジイ?」

 

「がっ、ぐ、ぐぅ……おのれ、おのれぇっ! このバラモスさまをこけにしおってぇぇぇぇっ!」

 

「くっ」

 

 いかん、これは楽しい。だが、俺の目的はあくまでトイレを借りること。バラモスで遊ぶのはまた今度にしなければならない。

 

「わかっておらんようじゃの、エロジジイ」

 

「何?」

 

「これは強者の余裕と言うモノじゃ、エロジジイ」

 

 呪文効果を全て解除する凍てつく波動を使えないバラモスでは支援呪文をフルにかけた俺の前では灼熱の吐息以外で大きなダメージを与えることはほぼ不可能なのだ。物理攻撃なら当たり所が悪ければ大ダメージを受ける可能性は残っているけれど。

 

「故にじゃな、エロジジイ。ここで一つ提案があるエロジジイ。ここから四度攻撃されるまでワシはいっさい反撃せん、エロジジイ。代わりにそれでも平然と立っていられたら、お前さんはトイレを貸してくれ。続きはその後じゃ、もちろんトイレ中に回復呪文で傷を癒しても、再生能力で傷を癒しても構わんエロジジイ」

 

 元々トイレを借りに来たのだから、まずはその目的を達成すべきなのだ。

 

「ぐっ、この期に及んでまだトイレトイレと……」

 

「当然じゃろ、エロジジイ! ならばお前さんは我慢出来ると言うのかエロジジイ!」

 

 俺には我慢出来ない、とかではない。そもそも今我慢を強いられてるのは、魔物とはいえ女性なのだ。結果的に辱めてしまって「責任とってね」とか言われる可能性だってある。これまでもピンチはだいたい意図しないタイミングでやって来たのだから。

 

「お前さんが本気で言って居るのであれば、殴り倒した上、身動きのとれぬ状態で縛り付けて数日放置するが覚悟の上かの、エロジジイ」

 

 敢えて言う、俺は本気だ。こうしている時間さえ惜しいというのに、聞き入れずごねるというのであれば、それこそ思い知って貰わねばなるまい。

 

(と言うか、本当に結構時間経っちゃってる気がするけど、大丈夫かなぁ)

 

 気がかりはただ、それだけ。

 

「うぐっ……よいじゃろう。ワシの前で増長したこと後悔させてくれるわっ! 四度、四度じゃったな?」

 

「うむ、そうじゃエロジジイ」

 

 だからこそ、何やら葛藤はあったようだが、こちらの申し出をバラモスが受け入れた時、俺は安堵したのだ。これで、何とか間に合う、と。

 




バラモスさん、遊ばれちゃったでござるの巻。

だが、ようやく交渉が成立し、主人公の元に一条の光が差す。

果たしてトイレは借りられるのか。

エビちゃんは耐え切れるのか。

次回、第百九十話「バラモスからトイレを借りた男、怪傑エロジジイ」

って、ネタバレしてんじゃねぇか、タイトル!


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