「とりあえず、スカラ」
バラモスがやる気になってくれた以上こちらも相応の状態で相対するのが礼儀だろう。聞き取れない程度の小声で唱えた呪文によってもう一段階守備力を引き上げ、バリアから出るとどんな攻撃が来ても対処出来るように身構えた。
「さ、こっちの準備は終わったぞエロジジイ」
これすなわち、所謂ゲームで言うところの身を守ってる状態である。ゲームなら更に被ダメージが下がる訳であるが、この世界でも適応されるかどうか。
「よかろう。……ここまでよくもこのバラモスさまをこけにしてくれたものじゃ、その愚かさ今からたっぷりと思い知らせてくれるわっ」
巨体にも関わらず、俊敏な動きで魔王バラモスが絨毯を蹴り、腕を振り上げ宙に舞う。
「ほう、エロジジイ」
攻撃に自重を乗せて威力を増すつもりか。ただ、こちらに何の策もないと思われるのは、不本意である。
「でやぁぁぁっ」
「おおおおっ、エロジジイ」
三本指の腕が叩き付けられる直前、俺はバラモスの腕が通る軌道に右腕を突き出し防ぐ姿勢を作った。
「なっ」
所謂一ターンに二回行動出来るなら、防御も二回出来るという訳だ。
「まずは一度、エロジジイ」
「おのれっ」
忌々しげに歪んだバラモスの顔は、次の瞬間うっすらぼやけ。
「ほいっ、エロジジイ」
「ぐっ、何じゃと?!」
残像を作り後方から強襲した二撃目の振り下ろしを、前に飛ぶ形で回避する。
「二度目、エロジジイ」
これで折り返しだ。
「ええい、ならばっ」
「――ロジジイ様」
その場に留まったバラモスは大きく息を吸い込み。
「これでよい、エロジジイ」
遠くからお姉さんの声が聞こえたが、俺は頭を振った。バラモスが背後に回ってくれたのは、むしろ重畳だった。この位置取りなら、バラモスが激しい炎を吐いたところで、被害を被るのは俺だけなのだから。
(そも、回復しないなんて一言も口にしてないもんなぁ)
声には出さず、ベホイミの詠唱を始めながら両腕を交差させる。
(庇うべきは、顔)
ゲームでは部位攻撃なんて無かったが、ハンパにリアルなこの世界だ。一番に防ぐべきは、変装用の付けひげが燃えてしまう事態。
(この後シャルロットと最低一度はバラモスと対峙しなきゃいけないんだから)
顔バレしてたら、そのときに何をしゃべられることか。
「ひょひょひょ、こんな時に髭の心配とは――」
自嘲気味に笑う俺の視界をクロスさせた腕の左右から炎の色が熱と共に飲み込んでゆく。
「くくく、はははははは、どうじゃ? 流石にこの炎ならば貴様もただでは済むまい?」
炎の向こうに哄笑が聞こえ。
「って、これでは死んで終わってしまう流れではないかエロジジイ」
気が付いたら、ツッコミの要領で炎を振り払っていた。
「は?」
「ベホイミっ、エロジジイ。これで三度目じゃエロジジイ」
流石に両腕を始めあちこちを火傷したことをひりつく肌が教えてくれたが、呪文一つで完治とか回復呪文の反則っぷりには我ながら驚かされる。
「おのれぇ、ならばもう一度っ」
炎を吐いても回復呪文ですぐ全快される、となればもうバラモスにとれる手段は、まぐれあたりにかけた物理攻撃しかない。
「仕方ないの、手伝ってやるわいバイキルトじゃ、エロジジイ」
「なっ、ワシに補助呪文じゃと?!」
バラモスがこちらの唱えた呪文を聞いて驚愕に目を見張るが、ぶっちゃけこれはそのまぐれ当たり封じ以外の何ものでもない。
「後でごねられたら面倒じゃからの、エロジジイ」
「おのれ、おのれぇ、何処までも馬鹿にしおってぇぇぇぇっ!」
そして、いきり立った魔王バラモスは俺目掛けて腕を振り下ろしたのでした。
「ぐうっ、さ、流石はワシのバイキルトじゃの、エロジジイ」
伝わってきた衝撃はかなりのモノではあったが、補助呪文ならこっちにもかかっている。
「さて、これで四度目、エロジジイ。約束は覚えておろうな、エロジジイ?」
「まさか……ありえぬ、この大魔王バラモスさまがじじい一人に膝をつかせることすら出来ぬなど……」
ともあれ、条件は満たした。俺は、約束を履行して貰うべくバラモスに視線をやるが、よっぽどショックだったのか、魔王は完全に呆けていて。
「そぉいっ、エロジジイ」
「ぐぁばっ?!」
とりあえず、側頭部目掛けて回し蹴りを叩き込んだ。
「な、何をするのじゃ」
「それはこっちの台詞じゃ、エロジジイ! トイレを貸す約束じゃったろうが、エロジジイ。いい加減にせんとその首刎ねてゾンビになって再びふざけたことが出来ぬよう持ち帰ってトイレに飾るぞ、エロジジイ?」
まったく、こっちは時間がないというのに、何処までも時間をとらせてくれる。
「っ、ぐ……」
「そもそも大魔王ともあろう者が一度した約束を反故にする気かの、エロジジイ?」
「……ぬぬぬ、良かろう。トイレはそこの階段を囲む壁を右手側に回った裏じゃ」
「そうか、すまんの、エロジジイ」
殺気すら込めた視線が効いたのか「大魔王ともあろう者が」というくだりがプライドに引っかかったか、ともあれ、何とかバラモスからトイレを借りることの出来た俺は、声だけ投げてすぐさま振り返る。
「「エロジジイ様」」
「うむ、すまんの、エロジジイ。待たせてしも――」
いつの間にかレムオルの効果は切れ、こちらを見るエビルマージもどきのお姉さん達の中、それを見た瞬間、俺は言葉を失った。
「……エロジジイ様」
マモレナカッタ、オレハ――。
読者の期待に応えた結果か、時間的に当然だったのか。
失意の中、それでもなすべきことの為主人公は歩き出す。
絶望と悲しみの先に、希望があることを願って――。
次回、第百九十一話「もう、腹いせにバラモスボコボコにしたいんですけど、駄目ですよね?」
活用せよ、借りたトイレ