「申し訳ありません。こんなに強そうな魔物を連れてきて頂いたのに、生憎営業は休止中でして」
「いいえ。状況が状況ですし、受け入れて貰えただけでもありがたいと思いまつ」
メタリンを預けることに気をとられて忘れていたボクの失敗だったのだろう。魔物に国が攻められそうな時に魔物を連れてくるのがどれだけ怪しいか。気を利かせて、女王様からのお墨付きを貰ってきてくれたエリザさんには本当に頭が上がらない。
(そのかいもあっておろちちゃんとメタリンは無事モンスターの厩舎に入れて貰えたけど)
これで一安心とはいかない。もし、バラモスの部下が潜入してるなら、接触を図ってくる可能性があるのだから。
(おろちちゃんの方に行くんじゃないかとは思うけど、油断して失敗したらお師匠様やエリザさんに会わせる顔がないもんね。ボクもしっかり自分の勤めを果たさないと)
まずは、新入りの魔物使いとして先輩達への挨拶回り。ここで、怪しい魔物使いの目星を付けられれば、要注意人物の数だって絞れる。
「では、ボクは先輩方への挨拶をしてきますね」
「あ、自己紹介でしたら夜のミーティングで魔物使いを呼び集めますからその時にでも」
「いいえ」
回れ右をして歩き出そうとしたボクに格闘場のマネージャーさんが声をかけてきたけど、振り返ったボクは頭を振った。
「新入りなんですから、こちらから挨拶に出向くべきだと思うんです」
格闘場関連のことは、しきたりとかを含めてロディお師匠様から一通り教わっている。必要ないかも知れない、なんて仰ってたけど、活用の機会はこうして巡ってきたのだ。心の中で、無駄にはなりませんでしたよと師に告げて、ボクは所属魔物使いにあてがわれた個室の一つに向かう。
(さ、いよいよここからだ)
ドアの前に辿り着いたボクは気を引き締めると、ノックをしてから中に呼びかけた。
「すみません、本日この格闘場所属になりました新人のシャーリーです。挨拶に参りました」
シャーリーというのは覆面マントを付けてる時のボクが名乗る偽名だ。メタリンがボクの事を「シャ」とか「シャー」って呼ぶ所から決めたんだけど、まだ慣れてないからボロを出さないか少し心配でもある。
「入れ」
「失礼しま……?す」
中から声がかけられて、ドアノブを回したボクは、次の瞬間凍り付いた。
(まほうつかい……じゃ、ない。けど――)
覆面やローブの色が黄緑色で、露出した肌も褐色だったが、その姿には見覚えがあった。ナジミの塔で出会った魔物と同じ系統の魔物なのだろう。つまりは、正解。
「何を突っ立っている?」
「あ」
訝しげな声を覆面ローブの魔物があげるが、まさかいきなり本命にぶち当たったから、とは言えない。
「でつけど、その格好……」
「ああ、これか。あのお方を手引きしてる時点で味方だろう? だったら隠す必要はない。まさか、あのお方にお越し願えるとは、思っていなかったが」
あのお方とおろちちゃんを呼ぶところを見るに、バラモスの配下としてはおろちちゃんより実力か身分が下、あるいは両方が下の魔物なのだと思うけれど、いくらこっちにおろちちゃんが居たからとは言え、これはどうなんだろう。
(うん。けど勘違いしてくれた方がありがたいよね)
思うところはあったけれど、ボクはそのままこのバラモスの部下らしい魔物の言葉に乗っかることにした。
「しかし、あのお方まで来て頂けるなら百人力だ。これでイシスの陥落は決まったようなモノだな。いや、敢えて外の味方には退かせて戦時のどさくさ紛れにあの方が女王に成り代わるのか……やはり打ち合わせは必要だろうな。今晩にでもあのお方の檻の前に参上すると伝えてくれ」
「わかりました。お伝えしておきます」
その後、すっかり機嫌を良くした黄緑ローブの魔物にそう頷きを返して退出することになったのだが、どこかでバレるんじゃないかとドキドキしっぱなしだった。
(それにしても、こんなに上手くいくなんて)
きっとおろちちゃんのお陰だろう。一国を任されるぐらい高位の魔物なのだから、普通に考えればボク達に味方してくれるなんて思わない。
(けど、お師匠様はそれを従わせちゃったんだよね)
凄いと思いもするけれど、お師匠様が遠くなったように感じて少しだけ寂しくなる。
「お師匠様ぁ」
最初は成長したボクを見て欲しい、ただそれだけだった。けれど、お師匠様の凄さを実感させられるたびに思うのだ、これで良いのか、こんな所で満足して良いのかって。
「お師匠様に喜んで欲しいなら、成長したところを見せるのが一番だよね?」
胸をすくい上げるようにして持ち上げてみる。
「おろちちゃんが言うには大きい方が男の人は喜ぶらしいけど……」
って、こっちの成長じゃない。も、もちろんお師匠様が喜んでくれるならこっちでも良いかもしれないけど、ミリーには全然敵わないし。
「そっちを考えるのは後にしないと」
まずは、格闘場に潜入してるバラモスの手先を一掃して内憂を断つ。気を取り直したボクはおろちちゃんに伝言を伝えに行き、その日の晩。
「がっ、がぁっ、な、何故あなたが」
「や、やめっ」
「フシュオアアアッ」
味方の増援だと思って完全に油断していたあの黄緑ローブの手下らしい魔物達は、ボクの唱えたライデインの呪文で感電したところをおろちちゃんの牙に噛み砕かれたり、口から噴き出す火炎の息で焦がされたりしてバタバタ倒れて行く。
「何故だ、何故あの方が我らに牙を」
「ごめんね、けどボク達も譲れないから」
作戦は思った以上に上手くいったと思う。
「くっ、おのれ! お前があのお方を誑かしたか?!」
「ううん、違うよ」
覆面越しにもわかる憎悪の籠もった瞳で睨み付けてきた黄緑ローブの魔物に、ボクは頭を振ると、ぶらんと下げた指を振って合図を出す。魔法使いに似た格好をしてるなら、何をしてくるかはだいたい分かったから
「ええい、とぼけおってもういい。せめて貴様を葬らんことには死んでも死にきれんわ。喰らえ、メラミ!」
魔物が唱えたのは、ボクも使うメラの上位呪文。複数の火の玉がこちらに目掛けて突っ込んでくる。だけど、ボクは怯まない。ボクには『これ』があるのだから。
「燃え尽きろぉっ!」
魔物が叫び、火の玉の集団が視界一杯に広がってくるよりも早く。
「はああああっ」
ボクは気合いと共にそれを繰り出していた。
「呪文を?! まさかあれは海破斬?」
「そんな訳ねぇだろ! シャルの奴やりやがった!」
まさかのこっちでもエビルマージ戦。
果たしてシャルロットの呪文対抗策とは?
次回、番外編14「イシス攻防戦3(勇者視点)」
今まさにシャルロットの新たな可能性が――。
うむむ、前哨戦終了まで書けなかった。
あと、おろちさん、何シャルロットに吹き込んでるんですか。