強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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番外編14「イシス攻防戦3(勇者視点)」

 お師匠様と出会ってからかなり長い間、解らなかったことがある。

 

「どうしてお師匠様はスライムを蹴るんだろ」

 

 腰には切れ味の良さそうな刃のついた手甲をぶら下げてるのに、なぜ武闘家のように素手で戦うんだろう、と。

 

「けど、お師匠様がすることなんだからきっと意味があるんだよね?」

 

 そう思って、ボクは時々練習していたんだ、それがつい先日――実を結んだ。

 

「ピキィィィッ!」

 

 足にかかるのはメタリンの重さ。あの、スライムを蹴るお師匠様の動きを忠実になぞるようにして、ボクは鉄色の弾丸と化した新しい仲間を、前へと押し出す。

 

「ああっ」

 

 そう、蹴るのではなく、足に乗せて投げるというのが近い。武闘家でもないボクが蹴ったのでは足を怪我する。

 

(この域まで辿り着くのに随分かかっちゃったけど)

 

 お師匠様が蹴ったスライムもその場で爆ぜるのではなく原型をある程度保って飛んでいった。絶妙な力加減、足を振るタイミング、そして標的に命中させる精度。

 

(直接教わった訳じゃない、けどこれはお師匠様が教えてくれた――)

 

 攻撃呪文の効かないメタリンは、火の玉の集団と真っ正面からぶつかりながらも、それを弾き散らし。

 

「なっ、ごふっ」

 

 呆然とした黄緑ローブの魔物の鳩尾に突き刺さった。これが、攻撃呪文を迎撃し、メタリンの体当たりによってダメージを与えるボクとメタリンの合体技。

 

「おいで、メタリン」

 

「ピキー」

 

 手招きすれば得意げに跳ねながらメタリンは戻ってくる。

 

「メタルスライムに呪文は通用しない。だからそっちの攻撃は効かないよ」

 

「馬鹿な、こんな、こんなことが」

 

 余程ショックだったのだろう。憮然とした魔物はお腹を押さえながら攻撃も忘れて立ちつくしていた、だから。

 

「ライデイン!」

 

「ぎゃああっ」

 

 直後にボクが詠唱を始めたことにも気づいていなかったんだ。メタリンに呪文は効かないから、最悪巻き込む形でも呪文の稲妻は放てる。

 

「ふぅ、上手くいったねメタリン?」

 

「ピッ」

 

「きらりんやミウミウに手伝って貰った練習でも大丈夫だったし、いけるとは思ってたけど、成功して何よりだよ」

 

 あの子達もメタリンほど言うことをきいてくれれば、連れてきてローテーションで途切れることなくメタルスライムを打ち出せるのだけれど、そう言う意味ではこの合体技も未完成だ。

 

「イシスのゴタゴタが終わったらあの子達を残してきた洞窟でまた練習かな」

 

 溶岩の煮えるジパングの洞窟は今の水着でも暑いんだけど、おろちちゃんの支配下にあるから魔物に襲われる心配もなければ、誰かに覗き見されることもないから秘密の特訓にはうってつけだった。

 

「おろちちゃんの修行と両立させると、毎日へろへろだったけどね」

 

「ピキー」

 

 その甲斐あってベホマって凄い回復呪文が使えるようにもなった。そのことをおろちちゃんに話したら「わらわとお前が手を組めば、もう怖いモノなしじゃな」って笑ってた。

 

(確かに、おろちちゃんのタフさをボクがあの呪文で支えれば、容易に突破出来ないよね)

 

 おろちちゃんの身体は大きいし、通路を塞ぐように立って貰って、回復が要らない時は、後ろからおろちちゃんには当たらないよう調整しライデインの呪文を唱えてれば、敵からするともの凄く厄介な相手になるんじゃないだろうか。

 

『そっちは終わったかえ?』

 

「あ、おろちちゃん。と言うことは、そっちも終わったんだ」

 

『当然じゃろう。あの者、イシスの町中で暴れることを想定した強さの僕しか連れて居らなんだようじゃからな。あれなら、わらわの配下の熊共の方が余程強いわ』

 

 ふんす、とでも鼻息がおまけしそうなくらい得意げで誇らしげな声からすると、今でもボクに味方してくれてることがちょっと信じられない気もするんだけど、だからこそジパングを任されていたんだろうな。

 

『あー、じゃ、じゃがお前もなかなかではあったぞえ? 流石あの男の弟子じゃな』

 

「あ、ありがとう」

 

 だからこそ、時々気を遣ってくれてるような言動をするのもよくわからないのだけれど。

 

「ともあれ、これで後は外の魔物だけだよね」

 

 念のため、おろちちゃんに伝言する前に他の魔物使いの先輩達にも挨拶回りをしたのだが、接触してくる者は誰も居なかった。憂いは断っていよいよ本番だということになる、ただ。

 

「おろちちゃん……」

 

『わかっておるわ、ここでじっとして居ればよいのじゃろう?』

 

 流石におろちちゃんと一緒に戦う訳にはいかない、メタリンともだ。

 

「うん、ごめんね」

 

『味方にも魔物が居ると、町の戦士やこの有事に駆けつけてくれた冒険者や旅人達が混乱するということならば、わらわが出張る訳にはゆかぬ』

 

 イシスの為にかっての仲間と戦って貰っておきながら勝手なお願いだと思ったのに、おろちちゃんはすんなり聞き入れてくれた。

 

『ただし、死ぬことはまかりならんぞえ? むざむざお前を死なせたとあってはあの男に何をされるやら』

 

「だ、大丈夫だよ。これはボクの意思でする事なんだから。そもそもボクだって命を無駄にする気はないし、おろちちゃんに当たる事なんてないよ。お師匠様は優しいもん」

 

『あの男が優しい、じゃと!?』

 

 安心させるように微笑んで見せたら、凄く驚かれたのは何でなんだろう。

 

「と、とにかく、他の迎撃する人達とも打ち合わせしておかないといけないからボクは行くね?」

 

 事の顛末をマネージャーさんやエリザさん経由で女王様に報告する必要もある。

 

「エロジジイさんはもっと危険なバラモスの城でみんなの為に動いてくれてるんだから、ボクだって」

 

 奮戦して、お師匠様に再会できたときにご褒美を――。

 

「じゃなくて、世界の平和の為にもやらなきゃ」

 

 お師匠様に会えないせいなのか、最近妙な妄想をしてしまうことが多くて困る。不快じゃなくてどっちかって言うと現実なら凄く歓迎なんだけど。

 

「そ、そもそもお師匠様っ、みんなが見てるのにそんな……んっ」

 

「ピキー?」

 

「あ、メタリン、なんでもないからね? じゃ、行ってきまつ」

 

 我に返ったボクは逃げるように厩舎の前を後にしたのだった。

 




内憂の方は処置した。

だがい、一番あれなのはせくしーぎゃるるシャルロットなのではないだろうか。

その場にいない主人公には知らぬが仏か。

次回、番外編14「イシス攻防戦4(勇者視点)」


スライムをお空にシュゥゥゥゥッ! の伏線、ようやく回収完了。


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