「おかしいなぁ」
おろちちゃんに助けられながらの修行の日々に身体が参っていたのかもしれない。ベッドに入るとすんなり寝てしまって次の日の朝になった訳だけど、ボクが首を傾げてるのは時間の流れの速さにじゃなかった。
「お風呂に入ろうとした時には、何だかもの凄く恥ずかしくなった気がしたのに」
風呂から上がって着替えたとたん、何であんなに恥ずかしかったのかが解らなくなったのだ。
「だいたい覆面してるから、首から下が水着姿だって全然恥ずかしく何てないのにね」
ここにメタリンやおろちちゃんが居るなら相談出来るのだが、生憎この場にいるのは、ボク一人。エリザさんはお知り合いと一緒に戦う予定らしく、恐縮しながら何度か頭を下げてイシスのお城の方へと去っていった。
「多分、エリザさんのお知り合いって、あの冒険者の女の人なんだろうな」
イシスの城下町にキメラの翼で飛んできた時、入り口で騒ぎになりそうになったところを取りなしてくれた人も打ち合わせの時一人のお姉さんがしていたのと同じように顔を布で隠していたのだ。
「けど、凄いなぁ」
何でも、襲撃騒動で物資が不足したところに危険を顧みず様々な品物を他国から運んできたとかで、感謝の印として女王様からお城の部屋を貸して貰ってるとも聞いた。
「ボク、その時はただがむしゃらに修行していただけだったし」
ボクなんかより、よっぽど人々の為に尽力してる。これじゃ、どっちが勇者なのか解らない。
「って、落ち込んでなんか居られないよね」
魔物達が攻め寄せてくるとしたらおそらく今日だと、ヴァイスさん達は予想していた。
「考えるのは後にしなきゃ」
そもそも、決めたのだ。このイシスの国を守る事に全力を尽くすと。
「盾は……まほうのたてにするとして、武器は今腰から下げてるはがねのむちかなぁ」
リーチも長いし、攻撃出来る範囲も広い。どれだけの数の魔物を相手にするか解らないとは言っても、数が多いのは間違いがない以上、広範囲を纏めてなぎ払えるこの武器が一番だと思う。
「うん、そろそろ出なくちゃ」
宿屋の人達はもう既に格闘場の方に避難している。宿のご主人だけはボクがこの部屋を出るまではお客様が残っているのだからと主張していたけど、流石にそう言う訳にも行かず、説得して格闘場の方へ向かって貰った。
「行ってきます、お師匠様」
何処にいるか解らないけれど、戦いへと向かう前に言っておきたくて、ボクは窓の外に向かって話しかけ、踵を返して外に出た。
「あ、ヴァイスさん」
そして、宿を出た直後に目にしたのは、街の入り口の方に向かう見覚えのある背中で。
「ん、奇遇だな。その姿からするとこれから向かうのか」
「はいっ」
「そうか。配置は昨日打ち合わせしたとおりで頼む。一番呪文の使い手が少ない一角を任せるのは、心苦しいが」
「大丈夫でつ。指輪、お借りしてますから」
問いかけに応えたボクを見てヴァイスさんは申し訳なさそうな顔をしたけれど、呪文の使い手があまり多くないのは知っている。使える呪文の強さという問題もあるからエリザさんのお知り合いの一団にボクを除くと、呪文でまともにやり合えるのは多くて十人ぐらいだと思うし、こればかりは仕方ない。
(この辺りの魔物が相手なら充分戦えそうな人はもっと多いんだけど)
これから戦う魔物がどれ程の強さであるのかはエリザさんから教えられたので知っている。メラやギラの呪文が使える程度の人じゃ逆に返り討ちに遭うのが関の山だ。
「それより、ヴァイスさんも敵の呪文やブレスには注意して下さい」
ボクには呪文のダメージを軽減するまほうのたてがあるけど、ヴァイスさんの持っているのはお城から支給されたらしい兵士用の盾なのだ。呪文に対しての被害を軽減する効果はない、とも聞いている。
「ああ。確かにこの盾では呪文は防げんだろうが、こちらにも策はある。そうやすやすと不覚はとらんよ」
「囮、でしたっけ」
「うむ、打たれ強い者と彼女の隊の魔法使い殿に密集して貰って魔物共に呪文を唱えさせ、反射呪文で跳ね返す。一度痛い目を見れば同じ事をしようとしても二の足を踏むだろうよ。もっとも、魔物の吐く息は防げんからな、相手は吟味して選ぶ必要があるが」
この話を聞いて最初に思ったことは、サラには申し訳ないけどエリザさんのお知り合いの人達はサラより強く呪文に精通していると言うことだ。
「きっと上手くいきますよ」
「うむ、そうだな。相手にブレスや攻撃呪文があるとは言え、こちらも建物や壁を盾に出来る」
「市街ならではの戦い方ですね」
「我々兵士は町中で罪人を捕らえる事もある、むしろこういう場所での立ち回りは得意中の得意だ。そう言う意味では君達の活躍の場所を奪ってしまうかもしれんな、はっはっは」
剣を腰にはき、利き手には前に見たモノとは違う投擲用の短槍を持ったヴァイスさんは楽しげに笑うと、片手をあげて去っていった。
「さてと、ボクも行かないと……」
ちらりと町の外、南の方を見やれば、魔物の集団がはっきりと見て取れる。
「お師匠様、みんな、ボク……」
怖くないかと問われて、怖くないと答えたら嘘になる。だけど、勝てるかと聞かれたなら、勝てると答えたと思う。
「おぅ、そこの嬢ちゃん、こっちだ!」
時々目を魔物の方にやりながら町を走れば、不意に声をかけられて。
「アンタがこの辺担当の呪文使いの人だったな? 一つ宜しく頼むぜ」
「はい、こちらこそ」
弓を片手に壁を背にしたおじさんにボクは頷いた。魔物の襲撃までは、あと僅か。
開戦出来なかっただと?!
次回、番外編14「イシス攻防戦6(勇者視点)」