強くて逃亡者   作:闇谷 紅

224 / 554
第百九十二話「エビでタイを釣る」

 

「エロジジイ様、終わったわよ」

 

「おお、そうかエロジジイ……正直すまんかった、エロジジイ」

 

 背中に声をかけられた俺は、とりあえず土下座した。本当にカナメさんには迷惑をかけっぱなしだったと思う。

 

「え、す……エロジジイ様?」

 

「お前さんには本当に手間をかけさせた、エロジジイ。おまけに、その……」

 

 額が床にくっつかんがばかりに頭を下げた今の状況では殆ど確認出来ないが、振り返った瞬間ちらりと見えたカナメさんはエビルマージもどきに扮する為のローブを着ていなかった。いや、汚れたので脱いだのだろう。

 

(おそらく後ろにいた褐色肌の子があのエビルマージか)

 

 揃って服を着替えなければいけない悲劇をもたらした原因の半分くらいは、俺がバラモスで遊んだりしたせいなのだ。一瞬だけ見たカナメさんの後ろの人物と捕らえた捕虜の姿を頭の片隅で照合しつつも、俺に頭を上げるつもりはなかった。少なくとも、そうカナメさんが頭を上げるよう言ってくれるまでは。

 

「い、いいから顔をあ」

 

「……お姉様」

 

「ひょ?」

 

 だからこそ、聞き覚えのない声がカナメさんの言葉を遮るようにして聞こえてきてもかろうじて持ちこたえたのだ、伏せたままの顔であっけにとられはしたけれど。

 

「すみません、お姉様っ! わたし、お姉様のお召し物をっ」

 

「え、ちょっと、お姉様?!」

 

「はいっ」

 

 顔を伏せたままの俺に入ってくる情報はほぼ音だけだったが、珍しく上擦った声のカナメさんと、カナメさんに自分の言葉を反芻されて何処か嬉しそうな聞き覚えのない声の主による会話で解ったことが幾つか。その一つは、完全に俺が置いてけぼりを喰らっていると言うことだ。

 

(と言うか、もう一人ってここまでの流れからすると、ほぼ間違いなくあのエビルマージ……エビちゃんだよなぁ)

 

 声のトーンからすると、そこには明らかにカナメさんへの好意がある。

 

「そ、それに……あんな事をしてしまったしかも敵であるはずのわたしに……」

 

「え、ええと……別に他意は無いわよ? スミレに任せる訳にはいかないからで」

 

「そっ、そんなことありません! お姉様は、とても優しくしてくれました! だから、わたし――」

 

 明らかにカナメさんへの好意がある。重要だから二度言いました、じゃなくて、何というかカナメさんがたじたじだった。

 

「むぅ、これは助けに入るべきじゃろうか、エロジジイ」

 

 処遇に困っていた捕虜が味方に懐いてくれたというのであれば、歓迎すべきことである。そも、今は土下座中であり、許しもないまま顔を上げていいモノかということもあった。

 

「エロジジイ様、葛藤してるところ申し訳ないけれど、あたしちゃんはすぐにでも助けに入るべきだと思う」

 

 だからこそ躊躇した俺の迷いを断ち切ったのは、横合いからかかったスミレさんの声――。

 

「お姉様ぁ」

 

「ちょ、ちょっと、何処触って」

 

 ではなく、正面のカナメさんが上げた声だった。

 

「わた」

 

 こういう時、盗賊でよかったと思う。土下座の姿勢からクラウチングスタートもどきに移行し、飛び出すまでにかかった時間は、一秒にも満たない。

 

「そこ迄じゃ、エロジジイ」

 

「あ」

 

 カナメさん達の脇を抜け、後ろに回り込んで推定エビちゃんの両手首を捕まえて、引っぺがす。

 

「す、エロジジイ様」

 

「嫌がる相手に無理強いをするのは感心せんの、エロジジイ……む」

 

 声に籠もった感謝に頷きを返しつつ、諭すようにしてエビちゃんに声をかけ。俺はこの時始めてエビルマージの中身をしっかりと目にした。

 

(尖った耳に、褐色の肌かぁ、何というダークエルフ)

 

 この世界にはエルフは居てもダークエルフは居なかった気がするが、見た目はファンタジー小説に登場するダークエルフの女の子そのまんまだった。強いて言うなら、胸がやや大きめか、ただ。

 

「え、ひ……あ、嫌あぁぁぁぁっ」

 

 手首を掴まれてることに気付き、振り返ったエビちゃんが怯えた顔をして悲鳴をあげたのは、嫌らしい目で身体を見つめられたからではない。バラモスを玩具にするような絶対強者に取り押さえられてOSEKKYOUされれば、例えこのエビルマージが男であっても怯えて悲鳴をあげたことだろう。

 

「じゃから、時と場合を選ん」

 

「やぁっ、助けてっ、助けてお姉様ぁっ」

 

「……まるっきりワシ悪者じゃの、エロジジイ」

 

 解せぬ。セクハラを防ごうとしたはずなのに、第三者視点から見ると力ずくで不埒な真似を働こうとしてるようにしか見えないとかどういうことなんですか。

 

「んー、エロジジイ様どんまい?」

 

「うむ、すまんのエロジジイ」

 

 スミレさんには察されて慰められたが、声にも出してないのにとツッコむのは止めておく。

 

「で、どうしようかの、お姉様エロジジイ?」

 

「す、エロジジイ様、それは止めて?!」

 

 助けを求めてカナメさんを見たら、お願いされてしまった。やはり解せぬ。

 

「じゃなくて、流石にこのまま解放する訳にもいかんじゃろ、エロジジイ」

 

 手を放せば「お姉様ぁ」とか叫びながらカナメさんに抱きつきに行ってセクハラコンボへ繋げるのは明白である。確かに、懐いてくれれば都合が良いとは思ったが、誰がここまで懐けと言った。

 

「じゃあさ-、エロジジイ様。ここはあたしちゃんがまた縛ろっか?」

 

「却下じゃ、エロジジイ」

 

 またトイレに行きたくなってループしたらどうしてくれる。

 

「はぁ、どうしてこうなったエロジジイ」

 

 最近頭痛の種が加速度的に増えている気がする。いったい何処で選択肢を間違えたというのだろうか。

 

「お姉様っ、お姉様ぁ」

 

 思わず、考え込んでしまう俺の目の前では、掴まれた手首を何とか自由にしようともがきつつエビルマージがカナメさんを呼び。

 

「そこまでだ、狼藉者よっ!」

 

「ひょ?」

 

 聞き覚えのない男の声に振り返れば、そこにいたのはエビルマージを始めとした魔物の集団。どうやら、エビちゃんの悲鳴が周辺の魔物を呼び集めてしまったらしい。

 

「我らバラモス親衛隊っ! そして、我が名はレタイト。仲間を捕らえ、欲望のはけ口にしようとは見下げ果てた奴」

 

「……誤解、と言っても無駄じゃろうな、エロジジイ」

 

 酷い濡れ衣に思わず遠い目をするが、現状をレタイトと名乗ったエビルマージの目から見れば、ローブをはぎ取られた仲間の女の子が怪しいフードの爺さんに後ろから拘束されている図である。しかも、語尾がエロジジイ。

 

「エロジジイ様、たぶん無理」

 

 スミレさんの断言で僅かな望みも一刀両断される幻覚が見えて。

 

「さぁ、大人しく人質を解放して降伏しろ!」

 

 善悪が逆転してしまったバラモス専用トイレの前にレタイトの勧告が響き渡るのだった。

 

 




エビちゃんで親衛隊(たい)を釣る。

って言うか、これは釣ったでいいのか?

ちなみに魔物達がここまであっさり接近出来たのは、本来魔物の接近を警戒するはずの盗賊二人がそれどころでは無かったからだったりするのです。

次回、第百九十三話「手の込んだ自殺にしか見えない件」

レタイトさん、悪いことは言わない。逃げろ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。