強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百九十三話「手の込んだ自殺にしか見えない件」

「ふむ、エロジジイ」

 

 勧告を聞いた俺は考えた。蹴散らすのも殲滅するのも容易い。ただし、反撃を許せば同行してるお姉さん達が危なく、殺してしまえばエビちゃんこと取り押さえてるエビルマージのトラウマになる可能性がある。現状でもつい今し方まで怯えて助けを求めていたというのに、特等席で味方が殺されて行く姿を見たらどうなることやら。

 

「れ、レタイト隊長……駄目っ、みんな逃げてぇっ!」

 

「馬鹿なことを言うな。私は仲間を見捨てないっ! もう少しの辛抱だ、すぐに助けるっ!」

 

 ましてや、エビちゃんとさっきレタイトと名乗ったどうやら親衛隊長らしいエビルマージに目の前でこんなやりとりされて、助けに来た親衛隊の皆さんを蹂躙出来る筈もない。

 

「べ、別に親衛隊にもチラホラ女子が混じっているからとか、そんな理由ではないからの、エロジジイ」

 

「エロジジイ様?」

 

 エビルマージに擬態した隊のお姉さんが怪訝な顔をした様だったが、ここははっきり否定しておくべきだろう。

 

「まぁ、それはさておき……レタイトと言ったかの、エロジジイ。お前さん、ワシらが降伏しないと言ったらどうするつもりじゃ、エロジジイ?」

 

「むろん、貴様を倒してエピニアを救い出すっ!」

 

「なっ」

 

 こちらの内情をさておき、発した問いかけへ返ってきた言葉に衝撃を受けたのは俺だけでは無かったと思う。

 

「エロジジイ様」

 

「わかっておる、エロジジイ」

 

「エビちゃんじゃなくて、エピちゃんだったなんて。あたしちゃん、不覚」

 

「うむ、エロジジイ」

 

 名乗って貰う機会がなかったとは言え、濁音と半濁音を違えていたとは。スミレさんの言葉に頷きを返した俺は、決めた。以後は、ちゃんとエピちゃんと呼ぼうと。

 

「どうした、今更怖じ気づいたか?」

 

「いや、こっちの話じゃエロジジイ。それよりも、このまま戦闘に突入すれば、身を守るはずローブを付けていないエピちゃんが明らかに戦闘に巻き込まれると思うのじゃがの、エロジジイ」

 

「くっ、卑怯な! エピニアを盾にする気か」

 

 こちらの反応を誤解したらしいレタイトに頭を振りつつ問題点を指摘すれば、呻きながらも別の誤解をしたバラモス親衛隊長は俺を睨み付けてくる。うん、どうあがいても悪役ポジションである。

 

「そんなことせんわ、めんどくさいエロジジイ」

 

「なん」

 

「ぶっちゃけ、このままでもお前さん達を制圧するのは簡単なんじゃが、この娘の精神衛生上良くないのでの、エロジジイ」

 

 これ以上誤解されるのも面倒なので、正直に言った。同時に、反論されたりしても面倒なので、早口で更に言葉を続ける。

 

「かと言ってどうせ諦める気もないじゃろうから、提案があるエロジジイ。ワシはお前さん達を一人で相手にし、ついでに一人たりとも殺さずに倒す、エロジジイ。でじゃ、たった一人の何処にでも居るようなジジイに倒されるような親衛隊などバラモスも願い下げじゃろうから、そのときはワシらの部下になれ、エロジジイ」

 

「「は?」」

 

「「え?」」

 

「「エロジジイ様?」」

 

 親衛隊どころか隊のお姉さん達まであっけにとられているが、正直これが一番手っ取り早い。レタイトはこっちに降伏勧告してくるぐらいだから、自分達の優位を疑っていないのだろう。だったら、これに乗じてバラモス城の精鋭をごっそり頂いてしまおうと言う訳だ。

 

「まぁ、任せておけエロジジイ。ワシに良い考えがあるのじゃ、エロジジイ」

 

 上手くいけばバラモスを倒した後、このレタイトを使う形で、シャルロットがおろちの協力を得て行ったような特訓をすることが出来るかも知れない。そのときシャルロットがいれば、あの発泡型潰れ灰色生き物をペットにすることだって出来るだろう。まぁ、それもこれも目の前のバラモス親衛隊隊長が提案に応じた上、負けた後潔く約束を守れば、だが。

 

(一騎打ちでも良かったけど、それじゃ弱い気もするし。だからって流石に手加減した上こちらはたった一人で全員をKOする、何て条件をつけたらなぁ)

 

 侮辱されたと怒るか、こっちが条件を達成するのはあり得ないと高をくくって簡単にOKするか。

 

「貴様、我らを侮辱する気か?!」

 

 どうやら前者だったらしい。

 

「いいや、ただの本気じゃよ、エロジジイ。伊達にこんな所まで侵入しておらんのでの、エロジジイ。じゃから、こっちが負けた場合、お前さん達はワシらを好きにするがいい。もちろん、そのときはあの娘も無事解放される、エロジジイ。どうじゃ、ワシら全員を相手にするより好条件じゃろ、エロジジイ?」

 

 その分、負けた時は全員部下になれとリスクを引き上げた訳だが。

 

「だ、駄目ですそんぅ」

 

「おっと、自分が捕まったことに責任を感じるのはわかるがの、エロジジイ。口出しは控えてもらえんかの、エロジジイ」

 

 即座に割り込んできたエピちゃんの口を押さえ、俺は再びレタイトの方に視線を戻す。

 

「んん゛ぅ」

 

「貴様っ」

 

「さて、どうするかの、エロジジイ? ワシが怖いなら大人しく立ち去っても構わぬがの、エロジジイ。今後人間に危害を加えぬなら、トイレの奥でガタガタ震えることぐらいは許してやってもよいぞ、エロジジイ」

 

 手を口で塞がれたエピちゃんの漏らす声を間近で聞きつつ、バラモス親衛隊隊長殿を全力で挑発してみる。あちらからすれば、手の込んだ自殺にしか見えない条件設定で勝負を持ちかけた上にこの言いようである。

 

「うぐっ、何処までも馬鹿にしてくれる……良いだろう。その増長後悔させてくれるっ!」

 

「ほぅ、それは怖いのぅ、エロジジイ」

 

 得物は、自分から網に飛び込んできた。にやりと笑みつつ、視線を横に流し、親衛隊の構成を再度確認したところ、警戒すべき魔物はたった一種。

 

「カカカッ、我らが一の使い手ディガス殿が不在とはいえ舐めてくれたものよ」

 

 六本の腕を持つ骨の魔物は地獄の騎士、内一体がカタカタ歯を鳴らしながら笑う。

 

「そう、褒められると照れてしまうのじゃがの、エロジジイ。さて、と言う訳でこの娘は頼むぞ、エロジジイ」

 

「あ、はい」

 

 流石にこのままでは戦えないのでお姉さんの一人にエピちゃんを預けると、マホカンタと、聞き取られないよう留意しつつ小声で続け。俺は袖の中に仕込んでいた鎖分銅の感触を確かめると、身構える。

 

「さぁ、勝負じゃ、エロジジイ!」

 

 こうして、俺とバラモス親衛隊との戦いはその幕を開ける。

 

「な」

 

「はや」

 

 想定外の俊敏さに顔へ驚愕を貼り付けたまま、反応もままならない魔物達へこちらが突っ込む形で。

 




最後あたりのNGテイク

「さぁ、勝負じゃ、エロジジイ! 先攻は貰うぞ、エロジジイ! ワシのターン、エロジジイ!」

 こうして、俺とバラモス親衛隊との決闘はその幕を開ける。

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 うっかり、デッキからカードをドローしそうなので没にしました。

 ともあれ、まんまと怪傑エロジジイの誘いに乗ってしまったレタイト。彼らに逆転の道はあるのか。

 そしてさりげなく名前の出てきたシャルロットに一騎打ちを申し込んだ地獄の騎士。

次回、第百九十四話「決闘、スタンバイ!」

 魔物ごとバラモス城を頂いてしまおうとか、主人公きたない。さすが主人公きたない。


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