強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百九十四話「決闘、スタンバイ!」

「せいっ」

 

「がっ」

 

「げっ」

 

 チェーンクロスの良いところは何と言っても複数の魔物を纏めて巻き込めるリーチにあると思う。横に一閃させ地獄の騎士を纏めて薙ぎ払い。

 

「でやあっ」

 

 もう一方の袖に仕込んだ鎖分銅をこちらはある程度手加減しつつ一撃目へ交差させるように振るった。左の一撃まで全力だと確実にオーバーキルするのでぜひもない。

 

「あがっ」

 

「ぐ、馬鹿な。我らが一瞬で……」

 

 鎧や剣、骨の腕の何本かはあちこちに吹っ飛んだが、崩れ落ちつつも喋れると言うことはまぁ、大丈夫なのだろう。

 

「何だと……?」

 

「死なぬよう手加減はしたつもりじゃ、エロジジイ。あ奴らは戦闘不能と言うことでよいな、エロジジイ?」

 

 一番厄介な、浴びた者を痺れさせる息を吐くことが出来る骨の騎士達を倒し、胸中で胸をなで下ろしつつも顔には笑みを浮かべ、俺は呆然と立ちつくすバラモス親衛隊隊長殿へと問いかけた。

 

「ぐっ……た、確かに認めざるをえん」

 

「ほぅ、エロジジイ」

 

 だが、悔しげにしつつもすんなり認めたのは、少し意外だった。

 

「見苦しく認められぬなどと喚き散らすとでも思われたのだとしたら、心外だ。だが、もはや慢心はない。我らが全力を持ってお前を倒す。行くぞっ、マヒャ」

 

「あ、言い忘れておったがワシは呪文を跳ね返すぞ、エロジジイ?」

 

 ただ、いかにも呪文を唱えようとしたなら、これだけは言っておかないと拙い。自分の呪文が跳ね返って自殺とかされでもすれば、こちらの負けになってしまうのだから。

 

「な」

 

「ャド……っ、呪文が、ぎゃぁぁぁぁ」

 

「ああ、少し遅かったの、エロジジイ」

 

 レタイトはかろうじて呪文を放つのを止めた様だったが、既に呪文を唱えてしまった別のエビルマージが光の壁に跳ね返った鋭い氷の刃に斬り裂かれ、崩れ落ちる。

 

「っ、皆呪文は唱えるな!」

 

「はぁ、言わんこっちゃないの、ホイミエロジジイ」

 

 そのまま失血死とかされるとあれなので、一応倒れたエビルマージには回復呪文をかけておく。

 

「うっ、うぅ……な、何故だ、何故戦いのさなか敵に回復呪文など」

 

 呻きつつも身を起こすエビルマージに「勝てばワシらの部下じゃからな」とは言わず、ただ無言で肩をすくめ、チェーンクロスの鎖を鳴らしながら俺は床を蹴った。今まで居た場所でガチッと音を鳴らして牙と牙が咬み合わされ。

 

「フシャァァァァッ」

 

 俺という獲物を咬み損なった水色の東洋風ドラゴンが不満げにこちらを威嚇する。

 

「惜しかった」

 

 と慰めてやるべきか、勝負を挑んできたことに敬意を表して真っ向から迎え撃つべきか。

 

「フバーハ」

 

 ブレスだけは防ぎようがないので、小声で呪文を唱え。

 

「ならばっ」

 

 レタイトが、呪文以外の攻撃に思い至った時には、少し申し訳ないが、俺の身体は光の衣に包まれていて。

 

「エロジジイ様っ」

 

「ん゛んぅ、んーっ!」

 

 ブレスの前動作が見えたのか、エピちゃんをおさえているお姉さんの声が後ろでした。ただし、足は止めない。炎や氷のブレスによるダメージを軽減するフバーハの呪文は保険、視界内のバラモス親衛隊隊長殿は遅すぎたのだ。

 

「ぐはっ」

 

「がっ」

 

 鎖分銅で薙ぎ払い、一人目を倒した分銅はそのまま二人目へ命中し。

 

「きゃああっ」

 

「っ」

 

 直撃コースだった三人目のあげる悲鳴を聞いた瞬間、手首が動いていた。エピちゃん同様、女のエビルマージだったのだ。

 

「え?」

 

 不自然にチェーンクロスの軌道が変わって難を逃れた女エビルマージは顔を庇う両腕を下ろすときょとんとした表情で周囲を見回し、俺は内心歯噛みする。甘いとは解っているが、魔物とはいえ人型のしかも若い女性を武器で殴打すると言うことに心の何処かで抵抗を覚えてしまったのだ。

 

「ぎゃーっ」

 

 無理矢理軌道を修正して男の五人目にはきっちり当てたが。

 

「ほう、今のをかわすか、エロジジイ」

 

「え?」

 

 取り繕おうとした俺の言に三人目が聞き返し。

 

「今の分銅の方があたし達を避けていったような気がするんだけど……」

 

 四人目のエビルマージは容赦なくツッコミを入れてくる。ある意味でレタイトより余程手強いと言えるかもしれない。

 

(なら、他から相手をするか)

 

 ただの問題後送りであることは解っているが、まごついている間に他の魔物に囓られたり殴られたりするよりはマシである。

 

 と言うか、魔物の性別鑑定士でもないのでコウモリみたいな翼の生えた青緑のシルエットやら甘咬みの域を超えたかじりつきを敢行してくるドラゴンの性別は解らず、メスが居たなら申し訳ないが物理攻撃したとしても良心の呵責のようなモノを覚えづらいのだ。

 

「「ゴオオォォォォッ」」

 

 動くでっかい石像に至ってはモデルが統一とうことも相まって全部もみあげのオッサンにしか見えないので、真っ先に粉砕、じゃなかった、足を狙って動けない程度に壊れて貰った。

 

「「フギャァァァァッ」」

 

 足が多くてコウモリ羽根まで生えてるライオンは全部たてがみが見受けられたので、容赦なく。

 

「「グギャァァァァッ」」

 

「「ヒョオオオォォォ」」

 

 他の魔物に関しても、結果として漫画か何かで言うところの一コマで殲滅される雑魚の様にさっくり倒してしまったが、手加減はしたので許した貰えたらなと密かに願う。

 

「ヒョッヒョッヒョッヒョッヒョ、あとはお前さん達だけじゃな、エロジジイ」

 

「ひっ」

 

「う、あ……」

 

 実は付けるのが微妙におっくうになり始めてるこの語尾だが、いよいよ役に立つ時が来たのだと思う。

 

「大人しく降伏した方が身の為じゃぞ、エロジジイ? ワシはこの通り、語尾にエロジジイが付くほどにエロジジイじゃからな、エロジジイ」

 

 ゲシュタルト崩壊が起こりそうなほどエロジジイを連呼しながら、手をワキワキと嫌らしい感じに動かし、更に言葉を続ける。

 

「殺さぬつもりじゃが、それ以外については何も言及しておらなんだからの、エロジジイ。あくまで抵抗するつもりならば、どうなるかの、エロジジイ」

 

 こんな感じで脅せば、殴らず戦いを終わらせることが出来るかも知れない。

 

「敵とはいえ女の子を殴るのは趣味じゃないしなぁ。『エロいことしちゃうぞー』って脅せば……」

 

「んー、それがエロジジイ様の良いところかも知れないけど、声出てるよ?」

 

「え?」

 

 ここのところ妙な心労が重なったからだろうか。声に出してたら、わざわざエロジジイの演技してた意味が無いじゃないですか、やだー。

 

「え、えーとじゃな?」

 

 声をかけてくれたスミレさんから視線を前に戻してみたが、エビルマージ達は何故か無言で。

 

「ほ、ほんとじゃぞ? 降伏しなかったら筆舌尽くしがたいもの凄くエロイことをじゃな……あ、えーと」

 

「エロジジイ様、もう、止めましょう」

 

「ん゛んぅ」

 

 何故だろう、背中にかけられるお姉さんの優しい声が心に痛かった。

 

「……あの」

 

「ひょ?」

 

「降伏します」

 

 だから、この時、エビルマージ達が折れてくれなかったら、きっとこっちの心が折れていたと思う。いや、これはこれで同情された感があって、とてつもなく切ないのだが。

 

「強敵じゃった。と言うか、バラモスの時よりきつかったわい」

 

 だから、思わずぽろっと零してしまったことだって仕方なかったと思う。

 

 




主人公、いつもの大ポカするの巻。

え、筆舌尽くしがたいもの凄くエロイこと?

書きませんよ、R18になっちゃうじゃないですか、やだー。

ちなみに、書いてる時は、ポカさせるか、取り押さえて一人一人ロープで縛るかで迷ってたりしました。

次回、第百九十五話「疲れると、つい『ひとりごと』が出ちゃったりするよね?」

闇谷も最近増えてきた気がします、ひとりごと。

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