強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百九十七話「レタイト、散る(いみしん/閲覧注意)」

 

「ふーむ」

 

 魔物が襲ってくることもないのは、親衛隊の面々と一緒にいるからか。

 

「……レタイト隊長」

 

 時々親衛隊長の名を口にする魔物が居る辺り、余程慕われていたのだなぁ、とは思う。ただ、バラモスの元へ向かったレタイトが無事であるかというと、正直怪しいとも思う。

 

(さんざんおちょくったからなぁ、バラモス)

 

 もしレタイトが命を落とすことがあったら、やっぱり俺のせいかもしれない。

 

「エロジジイ様?」

 

「うむ、ちょっとの……」

 

 このまま階段へ向かえば、否が応でも結末を見てしまうと言う意味でも気が重い。そも、後味の悪い展開は大嫌いなのだ。

 

「あの親衛隊長殿の意思を尊重する形になったけど、本当にあれで良かったのかという意味で少し、ね」

 

 俺が同行してバラモスにOHANASIすれば、バラモスもレタイトに危害を加えられなかったのでは、とも思う。

 

「エロジジイ様、後悔してるの?」

 

「うーん、否定はしないかなぁ。まぁ、ついていったらついていったで面倒なことにはなりそうだったし、その場合は親衛隊長殿の顔を潰しちゃうことになっただろうからね」

 

 スミレさんとヒソヒソ話しつつ横目で前方を見るが、正面に見えるのはバラモスの居た場所を囲う段とバリアの端のみ。まだ、バラモスの姿もレタイトの姿も見えない。

 

「ともあれ、バラモスが見えるところまで来ればあちらが何らかのリアクションをしてくることも考えられる。いきなり攻撃呪文とか火炎ブレスなんて勘弁じゃがの」

 

 可能性が0でない以上、スミレさん達や親衛隊の皆さんには少し距離をとって貰い、反射呪文のマホカンタで不意打ち対策をした上で、俺が先行するという形がベストだろう。

 

「これなら先方が不意打ちしてきても、先に手を出してきたことを大義名分に襲いかかってストレス発散しても、『ちょっとブチ切れて殴りかかりボコボコにしちゃいました』とかで許されるじゃろうからな」

 

 別に八つ当たりしたい訳ではないが、備えというのは必要だと思う。

 

「エロジジイ様、許す許さない以前にストレス発散って言ってる時点で八つ当たりするのが主目的にしかあたしちゃんには聞こえないよ?」

 

「むぅ、言葉とは難しいものじゃの。こうもあっさり、誤解を生むとは」

 

 ストレス発散はあくまでついでだし、不意打ちなんてされない方が良いに決まっているというのに。

 

「まあよい。もうすぐバラモスの居る場所じゃからの、ワシはここから一人で少し先行するエロジジイ」

 

「「エロジジイ様?」」

 

 先程までは時折素も出しつつなスミレさんとの内緒話だったが、流石にこの一点だけは説明しておかないと拙い。

 

「それは、いったいどう言うこ」

 

「こっちの嬢ちゃんと話しておったのじゃがの、エロジジイ。万が一バラモスが暴れてでもおった場合、巻き込まれるかも知れぬじゃろ、エロジジイ?」

 

 ならば、巻き込まれても大した被害は受けない俺が先に行って様子を見てくる。同行者のお姉さん達や親衛隊の皆さんへそう補足説明すると、踵を返し、一度だけ振り返る。

 

「安全が確認出来れば戻ってくる、エロジジイ。良いか、それまで追ってくるではないぞ、エロジジイ」

 

「ですが」

 

 釘を刺す言葉へ反論を口にしたのが、おそらく親衛隊の魔物であったのは、バラモスをおちょくっている所を直に見ているのと居ないのとの差だろうか。

 

「心配は要らぬ……エピ嬢ちゃんという証人もおるじゃろうが、エロジジイ」

 

 それでも、バラモスを一人で圧倒したことは伝えてある。

 

「第一、部下は上の者に従うものじゃぞ、エロジジイ」

 

「っ」

 

 問答していても仕方ないので、これは命令だと言い添えて反論を封じ、俺は歩き出す。

 

「さて」

 

 前に来た道を引き返しているだけ、だからどれだけ歩けばバラモスの元に辿り着くかは解っていた。壁沿いを進み、壁が切れたところで曲がる。

 

「いかにも戦闘してます、って音は聞こえ」

 

 聞こえないなと呟こうとした時だった。

 

「言いたいことは、それだけか」

 

「は」

 

 バラモスとレタイトのやりとりが聞こえてきたのは。

 

「っ」

 

 聞き取れた限りでは、明らかにレタイトの落ち度を許すとかいった流れではない。同時に、割って入るには距離がありすぎた。

 

「ならば、そなたの骸を晒し、他の者達への見せしめとしてくれるわっ!」

 

「っ、皆……すまない。私は」

 

 ようやく見えた黄緑ローブの背中。独言が途中で途絶えたのは、バラモスの爪が体躯を両断したから。

 

「間に合わなかった」

 

 こうなる可能性も充分あり得た。

 

「……だがの」

 

 レタイトは、俺の部下なのだ。それが半ば騙すような形で強引に部下にしたのであっても。

 

「故に、ワシが動く理由としては充分じゃッ、エロジジイ!」

 

 強く床を蹴り、腕を振るう。

 

「なばべっ」

 

 袖に仕込んだ鎖分銅は、突然の乱入者に驚愕するバラモスの顔に直撃し。

 

「そぉい、エロジジイ!」

 

 もう一方の腕を振るって伸ばした鎖で、レタイトの亡骸を絡め取る。

 

「まったく、死に急ぎおって、エロジジイ」

 

 部下を思っての行動であるのだろうが、自分の死をその部下達がどう思うのか考えなかったのだろうか。

 

「が、ぐぐ……な、そなたは」

 

「久しぶり……という程ではないの、エロジジイ。お前さんが先程殺したこの男を部下にした者じゃ、エロジジイ」

 

 呻きつつ身を起こすバラモスに、俺は鎖を引き寄せて抱えたレタイトの上半身を示しつつもう一方の鎖を振り回しつつ問うた。ワシの部下に手を出してただで済むとは思っておるまいな、と。

 

「ぐ、何を言う。そもそもその役立たずはワシの部下じゃ。部下をどう扱おうとワシの勝手じゃろう」

 

「それは、お前さんだけの部下だったならの話じゃの、エロジジイ」

 

 流石にここで敵討ちとしてバラモスを倒してしまう訳にはいかないが、報いはくれてやるべきだろう。

 

「そも、この男はお前さんの親衛隊長じゃろうが、エロジジイ。殺してどうする?」

 

 信賞必罰ということかも知れないが、それを言うならバラモス自身とて俺には敵わなかったのだから、レタイトが俺の接近に気づいて布陣を敷き、行く手を遮っていたって蹴散らされて終わりだった筈。

 

「だいたい、内部者の手引きで潜入されるなどこの男の落ち度と言うには酷じゃったと思うのじゃがの、エロジジイ」

 

「やかましいわっ! 役立たずを処分して何が悪い!」

 

 避難するような目を向ければバラモスはこちらに向かって叫び、俺は密かに口の端をつり上げる。

 

「……処分とはあんまりじゃと思うがの、エロジジイ。まぁ、良いエロジジイ。ならば、もうこの男はお前さんの部下でもないという訳じゃの、エロジジイ」

 

「それがどう」

 

 反論の言葉が出終わるより早く、呪文は完成した。

 

「ザオリク」

 

 精神力と引き替えに抱えた亡骸の重みが増し、レタイトの失われた下半身が再生して行く。ちなみに、俺がレタイトをわざわざ仲間と言ったのは、ぶっちゃけ蘇生呪文の対象にすることを可能とする為である。

 

「は?」

 

「う……私は、いったい……」

 

「ならば、生き返ったこの男はワシが貰って――」

 

 あっけにとられたバラモスの前で得意そうに宣言し、このまま皆の所に戻るつもりだった。そう、戻るはずだったのだ。

 

「ちょ」

 

 思わずレタイトの下半身を見て顔を引きつらせた理由はただ一つ。バラモスの一撃で泣き別れた下半身は呪文によって再生していたものの、生まれたままの姿であったのだ。

 

「さすがに、このままかえせるわけないじゃないですかやだー」

 

 である。

 

 俺は頭を抱えた。

 

 

 




レタイト「イワーク!」

なんて展開はなかった。

散るには散ったがあっさり生き返ったレタイト。

ただし、下半身すっぽんぽん。

どうする、主人公。

次回、第百九十八話「リバースカードオープン、死者蘇生ッ! ……は、いいけどさ(閲覧注意)」

うん、本当にどうしよう、この状況。


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