「ライ……」
凄まじい早さで距離を詰めてくる骨の剣士。ボクは怯まず呪文を唱え始めていた。
「そこまでだ」
「「な」」
声と同時にボクとディガスの間へ飛んできたモノが突き刺さるまでは。
「その声は」
迷わず、声の方を振り返る。
「こ、これは……まさか……」
先程まで対峙していた相手がかすれた呟きを漏らしていたけれど、そんなことは気にならなかった。
「すまん。色々と行き違ったようだな」
「お師匠様……」
一番逢いたかった人が、立っていたのだ。
「怪我をしてるな。ベホ……イミはまだ使えるか? こんな時に手元に薬草が無いとは」
ボクの傷を見て驚き、心配してくれる。やっぱりお師匠様だ。
「お師匠様ぁぁぁ」
「お、おい怪我の手当を――」
駆け出したら珍しくお師匠様が慌てるところが見られたけど、そんなこと言われたってもう離れたく無かった。少しでも早く側に行って、少しでも長く一緒に居たかった。
「はぁはぁ……ボクっ、ボク……」
どれ程この時を待っていただろう。
「ちょ、ちょっと待てシャルロット。まだ、後ろに地獄の騎士が居るしだな? そもそも手当が」
「ベホマ」
「え?」
それでも怪我を気にされてたので、やむを得ず呪文で癒した。着てるものを全部脱いでお師匠様に薬草で手当てして貰いたいなとも思ったけど、他の人が見てるのは良いとして、魔物がまだ居るのは解ってたから。
「はぁ、はぁ……これで、もう問題ないですよね、お師匠様?」
「シャル……ロット?」
「大丈夫です。この位置からでも、呪文ならギリギリ届きますから」
ちらりと振り返れば、ディガスはさっきたぶんお師匠様が投げたモノを見て呆然と立ちつくしている。どう見ても隙だらけだ。
「あ、あぁ、いや。もう戦う必要もない」
「へ?」
ただ、何故か口元を引きつらせたお師匠様の言葉は流石に予想外だった。
「実はな、スレッジがバラモスを殴り飛ばして、親衛隊の魔物をそっくり部下にした。それで、俺は侵攻軍に加わってる奴らを回収しに来た訳だ」
「えっ……スレッジさんが、バラモスを?」
確かに、怪傑エロジジイとか名乗ってるスレッジさんにはバラモスの城で会いはした、けど。
「バラモスを殴った?」
「あ、あぁ……どこから説明したものか。とりあえず、な」
複雑な表情をしつつ、お師匠様は骨の剣士の前に突き立つ剣とそれに結びつけられてなびいてる布を指さす。
「あれは、バラモスから奪ってきたマントだ」
「えっ」
ああ、それでディガスはあんなに呆然とした顔をしてたんだ。
「って、えぇ?!」
バラモスのマントを奪ったと言うことは、どういうことだろう。
「ひょっとしてバラモスはもうスレッジさんが倒しちゃったって……こと?」
「いや、その辺を含めて説明もしようと思う。ただ、このままでは色々と拙かろう。倒れた者の手当も居る。イシス侵攻軍の総大将とはスレッジが話を付けた。西側の軍勢は退却を始めてるからこちらの魔物もそろそろ退却を始めるだろう」
「そう……なんだ」
よくわからないけど、戦いはもう終わるらしい。何だか真剣勝負に水を差された気もするけど、お師匠様に会えたからそれはもういい。話したいこともいっぱいあるから、戦いが終わったというならそれは嬉しかった、ただ。
「ま、あの地獄の騎士については、残って貰うがな」
「え? あ、あれは……」
お師匠様の声にもう一度骨の剣士の方を見れば、格闘場で戦った魔物にそっくりな上半身がディガスに近づいて行くところで。
「元バラモス親衛隊長だ。訳あって、ローブを破かれてしまってな。最初は奪ったバラモスのマントを腰に巻いて居たんだが、侵攻軍の総大将を説得するのにマントが必要になってな。変わりに今はスレッジが変装に使っていたローブの下半分を着てる訳だ。後で紹介しよう」
親衛隊長と言うことはきっとディガスより強いんだと思うけど、下半身がエロジジイさんのローブのせいか、何とも言えない気分に襲われてしまう。
「気持ちはわかるが、俺も『どうしてこうなった』と言ってしまいたいようなことの連続だったからな。しかし、敵に通じていたと思われてはたまらん。故にイシス側の防衛責任者や女王陛下にも説明はせねばな」
「確かにそれは必要ですね、ボクもおろちちゃんの件で大変だったし」
お師匠様の声にこれからの苦労を憂う声が滲んでる気がして、ボクは同意しながらそっと隣に寄り添った。
短くてすみません。
一騎打ちはお師匠様の乱入により無効試合という決着でした、これはひどい。
間に合ったものの、うっかり盗賊の格好でシャルロットにベホマかけそうになった主人公。
無事イシス攻防戦はこれで終わりかと思われたものの、後に残ったのは説明責任。
イシス侵攻軍総大将とのやりとりは、多分回想もしくは説明という形で明かされることになると思われます。
次回、第二百話「帰ってきたらそこは戦場でした」