強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百話「帰ってきたらそこは戦場でした」

「とりあえず、イシスに戻ってきてからのことだけ先に話そう。それでも長くなるからはしょるがな」

 

 シャルロットの際どい水着姿を出来るだけ視界に入れないことも兼ねて、俺は目を閉じた。

 

 

 

 

「飛んできた場所が悪かった、正直これにつきるな」

 

「うん、そうかも」

 

 ルーラでたどり着く場所は町の入り口と相場が決まっている。魔物の群れが迫っていたことからも戦場のまっただ中に放り出される可能性があることも。イシスに戻ってきて砂の上に降り立った場所は当然ながら戦闘の真っ最中だった。

 

「これはまた……」

 

 故に周囲を見回した俺は顔が引きつるのを禁じ得なかった。死体、死体、死体、死体。凍り付いた者やら、バラバラになったものが多いところを見ると、主にその場にいた魔法使い達の呪文によるものなのだろう。

 

 

 

 

「幸いにもスレッジの知り合いが居たから事情を説明してな、俺達は敵陣のただ中へと突っ込んだ」

 

「え、いきなりですか?」

 

「まあな」

 

 シャルロットは驚くが、ぶっちゃけイシスに侵攻していた魔物達は俺にとって雑魚でしかない。バラモスの城を立つ時、侵攻軍に加わっている親衛隊の説得用にレタイトからマントを譲り受ける変わりに、スレッジの格好を止め、今の格好に戻ったので、おおっぴらに呪文は使えなくなったが、両腕の鎖分銅を振り回すだけで大抵の敵は死体に変わる。

 

「雑魚はともかく、総大将をやっていたエビルマージは元々親衛隊の副隊長。マントを見せて事情を説明すれば、こちらの言うことをあっさり信じてな」

 

 この時始めて出会ったエピちゃんのお姉さんは、俺の想像の斜め上を行く人物だったのだが、話を一通り聞いて暫く考えた後、言ったのだ。

 

「『でしたらついでに伝言をお願い出来ますか? 我々は一時休戦を望むと』とな、自分達の主の身につけていたモノを持ってきたというのに剛胆と言うか、何というか」

 

「お師匠様、敵陣を単騎突破したんですよね?」

 

「ああ。それも見ていた筈だ」

 

 もっとも、結局使い走りにされた訳だが。

 

「俺がイシスの入り口に戻ったころ、魔物達はじりじりと後退を始めていてな」

 

 魔物側が行動で示したことも加味して、敵の総大将による申し出をある程度信用したイシスの防衛に加わっていた人達も負傷者や死者を収容し、いったん引き上げることとなった。

 

「後は少し遅れて到着したレタイト達と両軍の退いて死体が残るだけになった町の入り口で合流し、急いでここへと向かって今に至る訳だ」

 

 本来なら後退の命令が来ている筈であるのに、指揮官が一騎打ちを申し込んだ上、シャルロットとの戦闘中で連絡が付かず、今になってレタイトから事情説明ついでに後退の命令を伝達されるという珍事がちょうど視界内で起きている。

 

「この後、退いたバラモスの軍勢へそこの元親衛隊隊長が出向いて、説得をするということになっている。当然だが俺は人間側、つまりイシスの女王やお前の戦友達への事情説明をその間にすることとなるな」

 

 ついでに負傷者の手当もか。

 

「しかし、何と説明したものか……」

 

 当初の計画であるバラモス城に潜入して援軍が送られないよう破壊工作を行っていた、と言うところまでは百歩譲って信用して貰えるとしても、バラモスの親衛隊をそっくり丸ごと引き抜いてきたと言って信用して貰えるだろうか。

 

「スレッジも無茶苦茶をする」

 

 自分でやったことではあるが、敢えて俺は人事のように言って呆れてみせた。

 

「あはは……けど、凄いですねスレッジさん。ボクもまだまだだな」

 

「そんなことはない。イシスが陥落ずにここまでもっているのも、半分はお前の功績だ。だいたいそれを言うなら、俺はどうなる?」

 

 スレッジとかエロジジイに扮して働きすぎたせいで、やったことって言えば敵陣への単騎突入がてらのお使いだけだ。マントを奪ったのだってエロジジイのお手柄にしてしまっている以上、ろくに活躍出来ないお師匠様になってしまっている。

 

「もっと自信を持て。ついでに慎みも、な」

 

 と言うか何でそんな格好してるんですかとツッコミたくなると言うか、ああそう言えばこれっておろちの仕業だったか。

 

「そうか、奴には色々と借りを返さねばならんか」

 

 シャルロットをこんな風にした報いは当然受ける覚悟があるんだよね。ふふふ、どうしてくれようか。

 

「お、お師匠様?」

 

「ん、ああすまん。少し考え事をな。説明しなければならんことが多くて困る。それで、何だ?」

 

 俺はこの時、失敗していた。忘れていたのだ。

 

「ボ、ボクお師匠様に……見て欲しくて」

 

「は?」

 

 そう、シャルロットが「せくしーぎゃる」のままであることを。

 

「水着なんて無い、ありのままのボ」

 

「っ、レムオル!」

 

 とっさに呪文を唱えられた自分を褒めたい、ではなくて。

 

「あれ? 透明になってる? お師匠様……これじゃボクお師匠様に」

 

「待て、落ち着け。色々と待て。何故脱ぐ?」

 

 シャルロットは不満そうだったが、それを見てしまったら俺の婿入りが確定する。いや、それでは済まない。もう二度とイシスの地を踏めなくなるし、社会的にも死ぬ。

 

(イシスの人達への釈明というか説明だけでも大変なのに、うぐぐ)

 

 悪意だ、世界の悪意を感じる。ひょっとしたらマントを失敬したバラモスの呪いかもしれない。

 

「おのれ、バラモス」

 

「え? バラモス?」

 

「いや、何でもない」

 

 さしあたっては、おろちに恩返しをすべき所だろうか。痛む頭を労るように額に手を当てると、窮地の中で俺はため息をつくのだった。

 




シャルロット、それありのままやない。生まれたままの姿や。

エピちゃんの姉の人物像も完全に明らかにならないまま、別のモノを明らかにしちゃいそうになった勇者シャルロット。

やること山積みなのにピンチに陥ってしまった主人公へ救いの手はさしのべられるのか。

次回、第二百一話「れ、れ、れ、冷静になれ」

ふぅん、師の前で全てをさらけ出そうとはなかなかの剛胆さだが、甘いぞシャルロット!

いや、ここでゴールインしゃちゃったらお話もうすぐ終わっちゃわないか的な意味で……ねぇ?


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