強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百四話「副作用」

 

「シャルロット?」

 

 もう一度呼びかけてみたが、返事はなかった。いや、返事だけではないかもしれない。周囲を見回しても、視界内にシャルロットの姿が無かったのだ。

 

「……上か」

 

 視界の端に見えた上り階段、単純な消去法だった。

 

「ディガス、ここで待っていて貰えるか? 見落としと言うこともある」

 

「承知」

 

 正直に言えば俺の知覚力で隠れているシャルロットを見逃したなんてことがあるはずも無いのだが、地獄の騎士は多くを語らず、ただ頷いてくれて。

 

「シャルロット、今そっちにゆくからな」

 

 もう一度声をかけてから、階段を上り始めても返事はない。ただ、一度だけ物音がして確信する。シャルロットは上にいるのだと。

 

「シャルロット、着替えは終わっ」

 

 だからこそ、二階に上がってもシャルロットの姿がなかったのは、思わず絶句してしまうほどに予想外だった。

 

「これは……」

 

 見回してみても、あのツンツン頭は何処にもなく、部屋の片隅に毛布を被った様な生き物がじっとしているだけ。床に目を落とせば、脱ぎ捨てられた水着とガーターベルトが散らばっていることから、ここで着替えをしようとしたことは、解った。と、言うか概ね何があったかは察せた。

 

(何というか、実にわかりやすいよなぁ)

 

 まず見るべきは、脱ぎ捨てられたガーターベルトだ。つまり、シャルロットはせくしーぎゃるから元に戻っていると見ていい。

 

「ふむ」

 

 これまでに接してきたせくしーぎゃるの行動パターンから考えて、シャルロットの行動はこうだ。まず、言われた通り水着から鎧に着替えようとし、ふと思い至る。

 

「そうだ、着替えに時間をかけたらお師匠様が来てくれるんじゃないかなぁ」

 

 と。そして思い出されるのは、俺が着替えてくるといいと言った前の行動と発言。

 

「水着なんて無い、ありのままのボ」

 

 あの言葉は「ありのままのボクを」とでも言おうとしたのだと思うが、同時に服を脱ぎだしていた、つまり。

 

「シャルロットは全裸待機で俺を待ち伏せようとした」

 

 と、考えられるのだ。ただ、その過程でガーターベルトを脱いだ時、計算外の事態が起きた。せくしーぎゃるから元の性格に、つまり正気に戻ってしまったのだ。

 

(どう考えても黒歴史――いや、そんな生ぬるいものじゃないよな)

 

 枕に顔を埋めてジタバタして耐えきれるようなレベルを凌駕している。

 

「おそらくは……」

 

 恥ずかしさと居たたまれなさに打ちのめされたシャルロットのなれの果てが、あの天板を乗っけたらコタツに見えなくもない生き物なのだろう、ただ。

 

(何て言葉をかければいいんだ)

 

 とりあえず、自分が同じ立場に置かれたことをイメージしてみるべきか。いや、いかん、その場合だと途中で衛兵に捕まるオチしかイメージ出来ない。

 

(と言うか、わざとそう言うオチで中断させてしまう程にその光景を想像してしまうことを俺自身が拒んでいるとか?)

 

 難敵だ、難敵すぎた。しかし、ならばどうする。

 

(とりあえず、何でも良いから話しかけるべきかも)

 

 このままでは、沈黙さえ俺達の敵と化してしまう。

 

「シャルロット」

 

 意を決して呼びかけると、毛布つむりが震えた。そして感じたのは声は聞こえているという安堵。ただし、次に何を話せば良いんだと言う悩みがもれなくおまけにくっついてはきたけれど。と言うか、ホントにどうしよう。見切り発車しちゃったけど、何を話せばいいのやら。

 

(「ドンマイ」は無い。「毛布もよく似合うな」って、嫌味か。「良い天気だな」も何か違う。えーと、えーと……)

 

 間は空けたくないのに、続ける言葉が決まらない。この身体のスペック的に賢さの数値はそこそこの筈だというのに。

 

「シャルロット」

 

 結局の所、沈黙を産んでしまってから絞り出したのは、前と変わらぬ勇者の少女の名前だった。

 

(くっ)

 

 状況を改善どころか悪化させてしまった気さえする。何というか、しかも気まずい。

 

(考えろ、この間読んだラノベとかだとこういう場面は無かったか?)

 

 必死に記憶を検索して、思い浮かんだのは一つの挿絵と数行の文章。

 

(あった。で、その時どうしてた?)

 

 もう、自分の経験はアテにならない。なら、外部の知恵に頼るしかない。

 

(ええと、確か――)

 

「ぁ」

 

 判断するより身体は先に動いていた。ビクッと震えた毛布を抱きしめ、頭と思わしき場所に手を添え。

 

「この馬鹿弟子が……え?」

 

 毛布を撫でながら、口にした言葉に一瞬遅れて硬直する。一言で言うなら「やっちまった」か。

 

(ちょっと待て、言葉選び間違ってるよ? トドメ刺しちゃってるでしょ、これ)

 

 よくよく考えると、慰め役ツンデレキャラだった気がする。

 

(いや、待て。シャルロットはツンデレを解するお嬢さんかも知れない)

 

 毛布ごと抱く左手に変な汗を滲ませ、頭を撫でる手を緩めることは出来ず。

 

「……あぅぅ、お゛師匠ざまぁぁぁっ」

 

「っ」

 

 良い反応が返ってくるかなんて解らなかった、だからこそ衝撃と共にシャルロットが俺の胸へ顔を埋めた時、バランスを崩しかけ。

 

「ボグっ、ボグぅっ」

 

「まったく……」

 

 泣きじゃくる弟子の頭を撫でつつ、シャルロットがツンデレOKであったことに密かに感謝しつつも、自分の至らなさに苦笑する。

 

(ディガスには悪いけど、もう少しこうしているしか無いかな)

 

 役得だなんてホンのちょっぴりしか思っていない。ただ、シャルロットが落ち着いてくれないと出発はできないからと理屈を付けて、傷心の少女を抱きしめる仕事を続けるのだった。

 

 




おそるべし、せくしーぎゃるの副作用。

打ちのめされたシャルロットを主人公は優しく抱きしめて……べ、別に羨ましくなんてないんだからねっ?!


次回、第二百五話「謁見」


イシス編、そろそろ終わりを見せたいところ。


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