「勇者のこと、頼んだぞ」
「あ、ああ」
王のペースで話が進みすぎたこと事態は不本意だったが、国王が幾つかの要望を押しつけただけという流れのお陰で、俺がカンストしていることはバレなかった。これは、怪我の功名と言っても良い。
(けど問題はなぁ)
「あん、どうしたんだい?」
俺を見て首を傾げる女戦士。ごうけつのうでわのお陰でもう「せくしーぎゃる」では無いのだが、結局彼女を押しつけられてしまったのだ。
(賢者の石で代用すれば、勇者以外全員前衛でも何とかなると思うけどさぁ)
勇者パーティーの四人目は僧侶のおっさんのつもりで居たのだ、バランスを考えて。
(そもそも、よく考えたらバニーさんとこの女戦士の組み合わせって最悪じゃないか)
腕輪で「ごうけつ」になってる今なら良いが、入浴とか水浴びで腕輪を外してるところにバニーさんが一緒だったら。
(あああああああああああっ)
繰り広げられる子供には絶対見せられない光景、性別的に一緒に居るであろうシャルロット。
(情操教育に悪いってレベルじゃねぇ?!)
しかも、最悪勇者まで巻き込まれる。
(いや、それで済むのか? 「せくしーぎゃる」に戻ったこの女戦士なら最悪俺まで巻き込んでくるんじゃ)
拝啓、王様。間違いがどうのって言っておきながら間違いを起こしうる人材押しつけてくる何て何考えてるんですか。
(まさか、俺が止めろと? 生け贄にされたのは女戦士じゃなくて俺?!)
一瞬、サムズアップする良い笑顔なアリアハン国王の幻影が見えたが、誰が俺にマヌーサをかけたのだ。
(いや、落ち着け。今はまだ腕輪の効果がある。最悪キメラの翼で隔離すれば街での入浴における惨事は防げるはずだ)
もしくは、勇者だけルーラで逃げて貰うか。俺一人ならこっそりレムオルの呪文で透明になって難を逃れると言うことだって出来る。
(普通覗きに使うとかの方があり得そうだと思ってたんだけどなぁ、あの透過呪文)
俺からしても驚きの使用法である。
「いや、何でもない。勇者達も気になる、そろそろ出発するとしよう」
「あいよ」
出発前から躓いてしまったが、長居は無用だ。
「ところで、王よ地下牢の先にある通路を使わせて貰うぞ?」
「ほぅ、あれを知っておったか」
国王は驚きの声を上げたが、却下はしなかった。ならば、遠慮は無用。
(そう言えば牢屋の壺には何か入ってた気がするなぁ、囚人と交渉したら譲って貰えないかな)
お金ならそれなりにある。能力値を上昇させる効果のある種や集めて持って行くとメダル王と呼ばれる人物が貴重なアイテムをくれる小さなメダル。俺の記憶が確かならこういった場所の壺にはたいてい何かが入っていたのだ。
「と、まぁそう言う訳だ」
「細かいねぇ。ま、だからこそソイツが手に入った訳だけどさ」
そして、数分後。話して拙い場所はぼかして女戦士に説明し、牢番の兵士に許可を得て交渉した結果は「ちからのたね」が一個。
(転職出来ない勇者に使うのが基本だよなぁ。けど……うーん)
牢屋の壺に入っていたと言う時点で食べるのに抵抗のある物体なだけに、俺としてもこれを食べろと言うのには抵抗がある。
(埋めて増やせたらいいんだけどなぁ、栽培出来るとしても収穫までに何年かかるか解らないし)
かといって捨ててしまっては交渉した意味がない。
(まあいいや、それよりも今は勇者との合流しないと)
今居る城の地下から更に進めば魔物の出没する領域に出る。相手は雑魚とは言え、考え事をしたまま不意をつかれていい気はしない。
「強行軍で行くぞ、着いてこれるな?」
「はん、誰に言ってるんだい? アンタにゃ借りがある、『ついて来るな』って言われてもついてくよ!」
(えーっと、それはマジで勘弁して欲しいんですが)
割と薄情なことを考えてしまうが、これまでの経緯が経緯なのだ。
「勝手にするがいい」
突き放すように吐き捨てると、俺は床を蹴って駆け出した。
(あれは……)
通路を進んだところに見えたのはたいまつの光にぬめりと光る黄緑色の大カエル。
「ゲコッ?」
「はっ」
フロッガーと言うその魔物が俺に気づいた時には、まじゅうのつめの先端が皮膚を斬り裂き脇腹に沈み込んでいた。
「せいっ」
疾走の勢いを借りて右腕を振り抜けば、手応えらしい手応えもなく両断された大きなカエルの上半身は体液やその他諸々をぶちまけながらぐちゃりと床に落ち。
「邪魔だよっ」
後を追ってきた女戦士によってそのグロい死体が蹴り飛ばされる。
(うっわー、流石「豪傑」)
此方としては自分の作り出した結果であるにもかかわらず目を背けたかったぐらいなのだが、こういう面では少し羨ましいぐらいに頼もしい。
(ひょっとして、俺も本とか読んでみたら――)
今の性格を変えられるのだろうか。
(うーん、身体の方の性格だけ変わるオチだって充分あり得るもんなぁ。試してみるなら先に装飾品かな)
例えば女戦士のつけている腕輪のような。もちろん、アレを女戦士から外すなんて恐ろしい真似俺にはとても出来ない。
(腕輪があれだけってこともないだろうし……あぁっ、こういう時しっかり覚えてたらなぁ)
無い物ねだりだとは解っている。だから、気持ちを切り替えて前に意識を集中させようとすれば視界に入ってきたのは緑色の汚泥に似たものが複数。
「ちっ、次はバブルスライムか」
「何だい、毒でも気にしてんのかい?」
舌打ちすれば、揶揄するように女戦士が言ってくるが、俺としてはさっきの死体がグロいことになったので、今度は蹴りで仕留めようと思っていたのだ。
(そう思ってる矢先に、毒持ちとはなぁ)
バブルスライムこと発泡型緑色生き物の毒は攻撃した時何割かの確率で受けるものであり、攻撃して毒を貰うことなど無いのだが、それでも蹴るのには抵抗がある。
(狙ったように蹴りたくない敵が出てくるのは、何故だろう)
この場に女戦士が居なければ、ギラの呪文で焼き払って終わりなのだが――。
(ん、そっか)
そうだ、女戦士が居なければいいのだ。
「あれの相手は俺がする、お前は先に行け」
「は?」
「毒消し草の数も有限だ、相手にするのが一人なら毒を受けたところで一人分有れば事足りる」
もちろんレベル差を考えれば、緑色生き物の攻撃が俺に当たるとも思えない。これは方便だ。
「第一、あの程度の魔物など俺一人でもどうということもない」
呪文一つで一掃出来るのだから。
「まったく、しょうがないねぇ。さっさと来ないと置いてゆくよ」
女戦士も俺の実力は果たし合いである程度把握しているからだろうか、あっさり引き下がるとバブルスライム達を迂回するようにして脇を抜けて行く。
(さてと、直接は見えてない筈だけど、まだこの距離じゃ拙いなぁ……ん?)
此方に背を向けていようと、音は聞こえる。
「階段の上で待っていろ、大してかからん」
女戦士の背に声を投げ、俺は小声で呪文を唱え始める。
「ザラキッ」
熱放射と違ってただ複数の敵を即死させる死の呪文はあっさりと緑色生き物達の生命活動を停止させ。
「……終わりだ」
たまたま呪文が効かなかった一体が飛びかかってきたところを俺はまじゅうのつめで両断した。
相変わらずの強さの主人公、同行してる女戦士の意味とは一体。
だが、彼はまだ気づいていないのだ。この先に待ち受ける試練を。
次回第二十一話「大きな誤算」にご期待下さい。