強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百六話「脅威は去った。去ったと思いたい。去ったと言ってよ、クシナタさん!」

 

「前線の状況報告にいらしたと聞いておりますが」

 

「ああ、間違いない」

 

 女王が口にした確認を俺は頷きと共に肯定する。

 

「もっとも、西側を担当した者達が先に到着しているとあれば、こちらからの報告に目新しいモノがあるかは怪しいがな」

 

 少なくとも魔物の軍勢が休戦を望んだことと後退したことはクシナタさん達の口から知らされてると見て良いと思う。

 

「まぁ、そうですか。ですが、何も聞く前から取るに足りぬことと捨て置いてしまうのは問題ですわ。判断は私がします、報告を」

 

「わかった。まず、城下町の東側を襲っていた魔物については当初割り振られていた戦力で応戦、やがて休戦の申し入れ及び西側を襲っていた敵の後退に少し遅れて……」

 

 促されて俺は語り始める。レタイト達に関しては、バラモス城に乗り込んだ知り合いが「魔物使いの技術を使って屈服させた」ことにし、休戦の申し入れや敵の退いた理由に関しても本拠地を襲われる事態が生じたことが原因ではないかと推測を入れておく。

 

「ああ、何と言うこと……いつの間にか城から居なくなられたと思いましたら、我が国の為にそこまでして下さったなんて……」

 

 つい先日まで居た功労者が急にいなくなり、知り合いがバラモスの城に乗り込んだと言う男がこのタイミングで現れる。女王はこの二つをおそらくイコールで結んで察したのだろう。

 

「それで、あのスレッジ様は今どちらに?」

 

 なんて質問が続いて飛び出したので、俺と同一人物だとはバレていないと思う。

 

「残念だが、それは聞いていない。いや、言わなかったと言うのが正解か。バラモスは自分の城に侵入され自身のマントを奪われると言う失態を演じた」

 

 バラモスからしてみれば「こんな屈辱を与えたエロジジイは、生かしておけないエロジジイ」と言った所だろうし、エロジジイの方からしても、自分の行方が解らない方が「自分の首に手の届く実力者が何処にいるのか解らない」という状況を作り出すことでバラモスに緊張を強い、動きを封じることが出来る。

 

「『まぁ、部屋の中で見失った不快な害虫のせいでリラックス出来ない状況みたいなものじゃの』と言っていたが、まさにその通りだな」

 

 何処かの兵法書にもあった気がする、居ると見せかけて居らず、居ないように見せかけて実は居るとかそんな感じの戦術だか何かが。

 

「例え方はさておき、お考えはよくわかりましたわ。つまるところ、あの方はイシスの為に今も動いて下さってますのね」

 

「さて、な。俺は言われたことを伝えただけだ」

 

 戦いは終わったばかり。魔物達は退いた筈だが敢えてはぐれる形で退却せず、この城に忍び込んで聞き耳を立てている魔物が居てもおかしくはない。だから俺は敢えてはぐらかし、ちらりとクシナタさんに視線をやる。

 

(アドリブになるのが悔やまれるなぁ、ボロが出ないといいけど)

 

 とりあえず、視線の意味は口止めだ。こちらが嘘と真実を交え全てを明らかにしなかった時点で察してはくれると思うけど。

 

(うん、アイコンタクトって難しいなぁ)

 

 こっちを見たクシナタさんの視線が俺とシャルロットを往復したあげく、もの凄く何か言いたげだったのは俺に理解力が無くて誤解したのだろう。

 

「スー様、あとで説明を」

 

 と読めてしまったのは、気のせいですよね、クシナタさん。

 

「俺から報告出来るのは、この地獄の騎士を配下にしたことを除けば、おおよそこれぐらいだ。魔物を屈服させたことについては先に報告したとおり。脇に控えるこの娘も魔物使いから手ほどきを受けている。疑うのであれば、このディガスの口からも証言させるが」

 

 そも、証人として連れてきたという設定でもある。魔物が休戦を望んだことを疑われた場合も証言して貰うつもりだったが、クシナタさん達が先に報告していた為、そちらは空振りに終わってしまったのだ。

 

「そうですか、ではせっかくですから話して頂きましょう」

 

 これでは、何の為に連れてきたのか解らない。そう言う意味で、女王がノッてくれたのは非常にありがたかった。

 

「ディガス、と言うそうですわね?」

 

「はっ」

 

 六本腕でも、縛られていても騎士と言うことか。俺の前でディガスは片膝をついて女王に向かい頭を下げると、語り始めた。先の戦場でシャルロットと相対し、一騎打ちを繰り広げたこと。そのシャルロットでさえ相打ちに持ち込めるかどうかと言った強敵であったところ、更に俺が現れたこと。

 

「お二人の武に我は惹かれ申した。死して尚戦いを捨てきれぬ我からすれば、この出会いはまさに僥倖」

 

「こう持ち上げられると少しくすぐったいがな」

 

 肩をすくめつつ調子を合わせ、視線をディガスから女王に戻すと、俺は報告すべきことはあらかた伝え終えた旨を告げる。

 

「ご苦労様でした。しかし、それ程強そうな魔物を心酔させるとは流石は『解呪の英雄』ですわね」

 

「っ」

 

 ただ、俺は女王を少し甘く見ていたらしい。

 

「いや、あの節は世話になった」

 

 こちらに挨拶してくるオッサンは見まごう事なきアッサラームで小さなメダルを譲ってくれたオッサンであり、流石にとぼけるのは無理があった。

 

「恩賞については明日以降とさせて貰いますわ」

 

「あ、あぁ」

 

 大したことはしていないはずなのに、表彰されることが確定した俺は内心で頭を抱えつつも、ここは応じるしかなくて。

 

「お師匠様ぁ、大丈夫ですか?」

 

「無論だ。しかし、お前こそ疲れただろう。今日は早く休め」

 

 謁見の間を出るなり俺の右手装備に戻ったシャルロットの頭を撫でつつ平静を装うと、天井を仰いだ。

 

(シャルロットが眠ったら、クシナタさん達と合流して打ち合わせかぁ)

 

 打ち合わせで終わる気がしないのは、気のせいだと思いたい。

 

(いや、気のせいにするんだ)

 

 外には出さず自分を奮い立たせると、俺は歩き始めた。

 

 




一人見かけたら三十人……は居ないけど一人何役かこなす神出鬼没なのが主人公。

果たしてバラモスは夜一人であのトイレに行けるのか?


次回、第二百七話「夜中に女の子達部屋へ侵入する男」 

夜会話、はじまるよ~?

たぶん、ぢごくのな。

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