「今後のことを話すかもしれん。少々長くなることも考えられるからな」
そう前置きしてシャルロットにお使いを頼んだ俺は、クシナタさん達と合流、格闘場のある地下への階段を降り始めた。
「スー様」
「ん?」
「皆様のこと、気になりまする」
振り返った俺に後ろを横目で見つつクシナタさんが囁いたのは、無理もないことだと思う。
「このタイミングで対面させるかは俺も少し迷ったのだが、おろちがこちらに味方している以上、隊の皆とは何処かで顔を合わせる可能性が出てくる。そのときになって心の整理が着いていないよりはな」
クシナタさんを除くジパング出身であるクシナタ隊のお姉さん達からすると、生き返ってから、一ヶ月も経っていない。
「生き返らせた直後に取り乱していたことを鑑みるに、死んでいた間の記憶はない。当然と言えば当然だな」
つまり、生き返ってまだ日が経っていないと言うことは、お姉さん達の認識からすれば自分が殺されてからもあまり時間が経っていないと言うことでもある。
「本当ならもう少し時間をおきたかったが、バラモスが行動を起こしてしまった以上、そんな贅沢も言えん。これから隊を幾つかに別けて動く以上、全員が纏まっておろちの恐怖を乗り越えられる機会はこれが最後になる可能性とてある」
一人や二人なら恐怖に押し負けてしまうかも知れないが、全員が揃っていたならば負けることはない、俺はそう思ったのだ。
「ついでに言うなら、今のおろちは俺が苦労して手に入れてきた貴重なアイテムを無駄にしたという落ち度がある」
抵抗できないように縛った上でOSIOKIする大義名分もある。
「人の姿の上、縛った無抵抗の相手であれば隊の皆も怖じ気づくことはあるまい?」
縛って自分が鬱憤を晴らし、じゃなかった正義の鉄槌を下した後はクシナタ隊の皆さんへ好きにして貰えばいい。色々な意味で子供ではとても見られないような酷いことになったとしても、それはおろちの自業自得だ。
「一応シャルロットの仲間ではあるからザオリクも効くだろうしな、せめてもの情けにお前達がOSIOKI中は席を外すつもりだが、シャルロットが戻ってきた時の見張りを兼ねて外に居るからな。蘇生呪文が必要ならその時は声をかけてくれ」
一応あまり長い時間ではないが、睡眠もとれたので精神力はある程度回復している。参加メンバーの数だけ生き返らせるのは厳しいが、そのときはマホトラの呪文でお姉さん達から精神力を吸わせて貰えば、何とかはなる。
「と、まぁだいたいそんなところだ」
一応、事細かに説明したのは、クシナタさんの不安を出来るだけ払拭しようとしたのと同時に俺が去った後のOSIOKI実行委員長を務めて貰おうと思ったからでもあった。
「お前を助け、他の皆を蘇生もさせたが、決着はお前達だけでつけるべきだろう」
と、尤もなことを言いつつ、OSIOKIシーンを直に見たら昨晩の悪夢を思い出してしまいそうで嫌だから何てことは断じてないのだ。
「スー様」
「最初は俺がおろちと話す。先程も説明したが俺が話し終えればおろちは目隠しした状態で縛ったまま放置するから――」
誰かがやって来たことだけ理解するおろちに聞かせてやると良い、自分が殺した者達の声を。
「俺と入れ違いでおろちの前に行くことになると思うが、お前達はそれまで会話の聞こえる場所で待機だ。では、後ろの面々に伝言を頼むぞ」
「はい、皆に伝えておきまする」
最終的な打ち合わせをこういう形で終え。
「さて、久しぶりだな」
「ひっ、ひぃぃ」
入るなり声をかけたら、いきなりおろちに怯えられた。
(解せぬ)
全くもって解らない。そもそも、俺が来ることはシャルロットが伝えていそうなものなのだ。
「ふむ、おかしいな。ポーカーフェイスは健在の筈だが」
怒りの形相とかリアル般若の面みたいな顔をしてれば、おろちの反応も頷けるのだが、今顔に浮かべているのは微笑の筈。
「あ、あぁっ」
何故怯えられるかが、後退りされるかが解らなかった。
「とりあえず、ヒミコの格好をしているところだけは評価しておこう」
精神に直接語りかけてくる方法で会話をされたら、クシナタ隊のみんなには声が聞こえなかったであろうから。
「まぁ、ひょっとしたら人の――女の姿なら酷いことはされないとでも思ったか?」
以前の俺であれば、そうだったかも知れない、ただし今日は違う。
「あ、あぅ……ゆ、許してたも、がっ?!」
「遅い」
服をはだけようとした瞬間、床を蹴って距離を詰めるとロープで作った輪を放り投げておろちの身体に引っかけ、そこを起点にしてロープを縦横無尽に走らせた。
「まさか、これをまた使うことになるとはな、よりによってこのロープで」
縛り方は遊び人を経験した身体が覚えていた。ロープは昨日俺をスミレさんが縛った中古である。
「うぎっ、あ、う……あっ、んんっ」
「まぁ、お前にとってはこれもご褒美でしかないかもしれん……だがな、これでもう色仕掛けも使えまい」
拘束から逃れようともがくおろちが何だか艶っぽい声を上げだしたのは、きっと気のせいだと思う。
「さて、話が聞ける状態になったので聞こう。本は燃やしたと言うことで間違いないな?」
「あ……そ、それは……あれは事故だったのじゃ。そ、そも」
「そも、何だ?」
一体何を言い出すのかという気持ちもあった。だから、先を促し。
「……めて、生け贄の娘達を弔おうと洞窟に戻り石の橋を渡った時じゃった、何者かの咆吼が聞こえたのは」
「っ」
まだ弁解は本を失うに至った結果に辿り着く前であったというのに、よく考えもせず聞いたことを後悔した。
(理解は、したのか……)
もし、あるはずのないお姉さん達の骨を探している最中に溶岩へ本を落としてしまったと言うのであれば、俺はおろちを責められない。いや、この時点で憤りがしぼんで行くのを感じる。
「生け贄にされた娘達を弔おうとしたことに嘘はないか?」
「は? あ、あぁ……勿論じゃ。わらわが愚かじゃった。であるにもかかわらず娘達と同族のお前様は、わらわを殺すことなく生かしてくれた……じゃからわら」
「もういい」
どういう経緯か不明ではあるものの、おろちが改心したと言うところまでは真実だったと言うことだろう。
「ならば、ここからは俺の出る幕ではなかろう」
「ど、どういうことかえ? んっ、何じゃ、何をする気じゃ?」
いきなり怒りの矛先を収めた俺におろちは狼狽しつつ聞いてくるが、敢えてスルーし、用意しておいた目隠しを被せる。
「この世界には不思議なアイテムが幾つか存在してな、一時的に死者や死者の思念を呼び出すなどというシロモノもある。俺が知っている限りでは、これを除けば『あいのおもいで』と言う物がある。こちらは別れ別れになった恋人の片方を呼び出す品らしいが」
「ちょ、ちょっと待ってたもぅ、死者を呼び出すじゃと? それは」
「詫びも弁解も償いも、全ては当人達にしろ、そう言うことだ」
どうせならここで生け贄のお姉さん達を呼び出すアイテムの名として、ゲームでは没アイテムと言うことになっている死のオルゴールを上げようかとも思ったが、実際の効果を知らないので自重し、俺は縛られたおろちを放置して歩き出す。
「と、当人? ま、待ってたも、一人にしないでく――」
背にかかるのはおろちの哀願。
「うぅぅ……」
「あ、あぁぁ……」
前から聞こえるのは、割とノリノリで俺のアドリブに乗っかってくれたお姉さん達の呻き声。簡単に許す気もないらしいが、それもそうか。
「痛い……痛い、痛」
「熱い、熱ぃ」
「ひ、ひぃぃぃ。ゆ、許してたもぅ、わ、わらわが悪かっ」
立ち去った俺は、その後何があったかを殆ど知らない。ただ、エピちゃんに後輩が出来たかもしれないという湾曲表現をしてみることぐらいはきっと許されるんじゃないかなとも思うのだった。
結局OSIOKI出来なかった主人公。
かわりにクシナタさん達はきっちりOSIOKIしておいたようです。
次回、第二百十三話「新たなる旅立ち」
シャルロット、イシスを立つ。