強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二十二話「大きな誤算」

「まずは宿屋だ。場合によってはそこで合流出来る可能性もある」

 

「あいよ」

 

 地下通路の魔物を撃破し、階段の上で女戦士と合流を果たした俺達が最初に向かったのは、塔の地下に降りるもう一つの階段だった。

 

「邪魔をする、此処にアリアハンから来た勇者一行は――」

 

「おっ、ダンナ」

 

 階段を下りるなり宿屋の主人と思わしき男性に尋ねようとしたところで、階段の上から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。

 

「おや、ヒャッキじゃないのさ」

 

「あー、お前も一緒?」

 

 女戦士もヒャッキと呼ばれた武闘家の男も元々は勇者を護衛していた「腕きき」同士、俺もその護衛に一時期同行していたから面識があるのは知っているのだが。

 

「何故お前が此処にいる?」

 

 ヒャッキについてはまだ現在進行形で勇者パーティーの護衛をしていたはずである。

 

「あー、なんつーの? 此処の宿に勇者と一緒に泊まる訳にはいかねーだろ?」

 

「あぁ、そう言うことかい」

 

「そうそう、勇者達は宿で疲れを癒せても俺達は無理、そーなると消耗してくるわけよ、ガチで」

 

 だから交代要員に護衛任せて宿に休みに来た、と言うことらしい。

 

(成る程なぁ)

 

 何にせよ、今も勇者達にはちゃんと護衛がついている訳だ。

 

「それで、勇者達の現在位置は?」

 

 俺は続いて質問し。

 

「一度三階まで行って、引き返してきてた」

 

 ついさっきまで一階の地図を作りながら回っていて、今は二階を探索している所だろうというのがヒャッキの見解だった。

 

「そうか、手間をかけたな」

 

 ゲームとしては始めに訪れる塔だ。宿屋があって至れり尽くせりだし、俺が勇者に渡しておいたアイテムもある。故に何の心配もないと、思っていた。

 

「あ、ダンナ。ただ」

 

 俺を呼び止めて、口にしたヒャッキの言葉を聞くまでは。

 

「っ、急ぐぞ!」

 

「は? 仕方ないね」

 

 一瞬疑問符を頭に浮かべつつも、険しくした俺の顔に質問することなく女戦士が鞘から銅の剣を抜く。

 

(しくじった、ここにアレが居るなんて)

 

 想定では、その魔物と勇者達が出くわすのはもっと先だと思っていた。うろ覚えだった知識に足下をすくわれたのだ。

 

(くっ、間に合えよ)

 

 その魔物の名は「まほうつかい」。

 

「ただ、覆面かぶった黒いローブのおかしな奴らにゃ注意した方がいいぜ、ガチで」

 

 ヒャッキの忠告を聞いて思いだした、初めて遭遇することになるであろう『人型の敵』。

 

(賢者の石だってある、最悪の事態には)

 

 ならない、と思いたかった。

 

(そうだ、出たとしても一度に複数出てくることなんて無いはず)

 

 無いはずだと思うのに、つい先程のミスのせいで記憶が信じられない。

 

「くそっ」

 

 おまけにこんな時に限って魔物が行く手を遮るのだ。階段を登り前にして不規則な軌道で空を飛ぶのは、エメラルドグリーンの大きな蝶。

 

(しかも「じんめんちょう」とか)

 

 本来なら胴体である部分に赤い不気味な人面を備え付けたこの魔物は、対象を幻で包み攻撃を逸らすマヌーサと言う呪文を使う。呪文が使えないことにしている俺にとってめんどくさいことこの上ない。

 

「マヌーサを唱えられる前に倒すぞ」

 

 女戦士に声をかけつつ一匹を斬り捨て。

 

「あいよ、そらぁっ」

 

 女戦士も銅の剣で一匹のじんめんちょうをたたき落とした。

 

(よしっ)

 

 二匹が倒れたことで丁度ぽっかりと生じた空間は人一人が通るのには充分な幅があった。

 

「邪魔だ」

 

 突っ込みながら行きがけの駄賃とばかりに右側のじんめんちょうを屠ると俺はそのまま階段を駆け上がる。

 

「先行するっ」

 

 言い捨てた後は、後ろも見ない。

 

(分かれ道……どっちだ?)

 

 階段を上った先の部屋には、通路の入り口が二つ。

 

(せめて、せめてマップを覚えていたら……っ、これは)

 

 悔やみつつ同じフロア内の宝の数を知る「とうぞくのはな」を使えば、匂いという形で感じるはずの宝の数は0。

 

「もう探索済みなのか……ピオリム」

 

 迷っている時間はない。俺は下の階層の構造を思い出し、素早さを上昇させる呪文を自分にかけると右側の通路へと足を踏み入れた。

 

(まずは、塔の中央を挟んで反対側の部屋……くっ、外れか)

 

 通路から部屋を覗き込んだだけでも上り階段があるかぐらいならすぐ解る、そこから俺は壁づたいに塔の中を歩き回って一つの上り階段を見つけ――。

 

(だあぁぁぁぁぁっ、よりにもよって)

 

 空っぽの宝箱があるだけの小部屋で、またじんめんちょうの群れと遭遇していた。

 

「バギッ」

 

 風を起こし敵を切り刻む呪文を使ったのは、道を間違えて女戦士が側にいないのもあるが、正直に言えば八つ当たりである。

 

(急いで戻らないと)

 

 このミスで取り返しのつかないことになったら、絶対に俺は後悔する。人の目が無ければ呪文の行使を躊躇う必要も皆無。

 

(間に合えよ、間に合ってくれよ)

 

 焼死体ではなく何かに斬り裂かれた魔物の骸しか残さないという分別をつける程度の理性は残っていたが、頭の中は一つのことで一杯だった。

 




己の過ちが故に、かの者は焦り、勇者の無事を祈りながらいくつもの骸を作って塔を駆け上る。

主人公を焦燥に駆りてさせた意味とは。

そして、師は愛弟子と再会する。

次回、第二十三話「覚悟」ご期待下さい。

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