「お師匠様、そろそろですか?」
「ああ、もっとも人は建物ほど大きくない。あまりアテにはならんがな」
歩いても歩いても砂漠。人影さえ見つけられない光景に業を煮やし、タカのめを使っ
て周辺を探ったのが、1時間程前のこと。その時幾つかのモノを見かけて、進行方向を微調整した結果がつい今し方の会話ということになる。
(うーん、確かに動く影が複数、纏まってたような気がしたんだけどなぁ)
ミイラ男だった可能性も否定は出来ないのだが、向かう方向がイシス方面だったのでもしやと思ったのだ。
「バラモスが差し向けたイシス侵攻軍の地上部隊は、東だ。度重なるミイラの襲撃でちりぢりになりはぐれた魔物達だとするなら位置がおかしい」
ちなみに、ミイラの襲撃で消耗した二つめの軍勢は、集団としての形を維持出来なくなった上、エピちゃんのお姉さん率いる軍からの伝令を受けて戦場にたどり着くこともなく撤退したらしい。
(そこからはぐれた魔物だとしても位置が北過ぎるし、周辺の魔物で編成してたから百歩譲ってそうだとしても、でっかい虫とか蟹とかの筈、流石に人間と見間違うのはあり得ないもんなぁ)
ピラミッドから逃げてきた魔物という可能性もあるが、魔物だったなら、聖水の効果で近寄って来られない筈である、よっぽどの理由でもなければ。
(まぁ、魔物は近寄れないし、俺が魔物と間違えてたなら海岸まで行って、そこからポルトガに飛ぶだけなんだけど)
シャルロットの前で海に棲息する魔物へモシャスして海を渡る訳にはいかないが、あれだけの日数が経過しているのだ、バラモスの刺客に全滅させられたとか嵐で遭難したとかいうオチでもつかない限り、海岸まではたどり着いていると思う。
「サイモンさん達だと良いですね」
「ああ」
シャルロットに話しては拙い部分だけ端折って根拠を説明し、短いやりとりを交わすと再びタカのめで見た影の方への行軍に戻る。
「ちなみにな、あれが『まほうのかぎ』が安置されているイシスの王墓、ピラミッドだ」
「あ、ホントだ。砂の山の中に一つだけ」
「天辺から見る朝焼けや夕焼けは格別と聞いたこともある」
個人的には一度見てみたい気もするが、あやしいかげの出没する場所に俺が踏み込んだらどうなるかは学習済みである。
「へぇ、いいなぁ」
「ただ、俺には少々厄介な魔物が棲息して居るとも聞く、故に今回は立ち寄ら――」
ただ、観光ガイドよろしくシャルロットにうんちくを説明するにとどめ、ピラミッド自体は迂回する形で更に北東へ進むつもりだった。
「ん?」
踏み出した足がぐにっと何か柔らかい感触を伝えてこなければ。
「お師匠様、どうしまちた?」
「いや、足下に変な感触がな。少し、待て」
聖水は撒いたままだ、ミイラ男とは考えづらい。と言うか、ミイラにこの弾力はあり得ない。
「ひょっとして、行き倒れが砂に埋もれたか」
よく見れば、俺の足を下ろした場所は砂が盛り上がっている。既に屍の可能性もあるが、このまま無視して行くのも躊躇われた。
「行き倒れですか?」
俺の呟きへシャルロットが即座に飛びついてくる。
「ああ、見たところ一人の様だからサイモン達では無いと思うが」
答えつつ砂を手で払って行くと、出てきたのは丸みを帯びた女性の豊満な肢体。紫のローブの上からでも抜群のプロポーションは誤魔化しようのない。残念ながら、顔は同色の覆面に覆われていて確認出来ないが。
(これって、だれ が どうみて も あーくまーじ じゃ ないですかー。 やだー)
一瞬見なかったことにしたいというか、埋め戻したくなった。
(と いう か、どうして こう も あるけば じょせい に あたるんですかね、おれ)
呪われているのか、何か悪いことをしたのか。
「っ、お師匠様!」
「あ、ああ」
「お、女の人ですし、こっちはボクが掘り起こしてみます! お師匠様は足の方を」
「わ、わかった」
全力で現実逃避したかったが、目の前のシャルロットがそうさせてくれない。女の人と言うか、思いっきり魔物なのだが、ツッコめる空気でもなく。
(とにかく、実は行き倒れを装いこちらを襲うつもりと言うのも考慮しないとな)
こうなってしまえば俺のすることはただ一つ、シャルロットを守ること。
「ザオラルっ」
「な」
そう、守るだけの筈だったのだ。シャルロットがいきなり呪文を唱えなければ。
「シャルロット、その呪文は……」
「この人、息をしてないんです、まだ身体は温かいのに。少しだけど脈も感じるのに」
「っ」
成る程、蘇生呪文を使おうとするのには充分な理由ではあった。だが、俺が知りうる限り、蘇生呪文は相手の名前が解らなくては絶対に成功しない。つまり、俺がシャルロットの唱えた呪文より高度な蘇生呪文を使っても、結果は同じと言うことで。
(だぁぁぁっ、よりによって)
悪意しか感じない展開だったが、時間がない。
「シャルロット、覆面をとって場所を変われ」
「えっ」
驚いた顔のシャルロットへ続けて言う。
「お前は知らんだろう、一か八か人工呼吸を試してみる」
相手は魔物、助ける理由はない筈なのだが、我ながら度し難いとも思う。
「じんこう、こきゅう?」
「とにかく、退け。間に合うかも成功するかも解らんが、助けたいのだろう?」
「は、はいっ」
聞き覚えの無い言葉だったか、一瞬呆けたシャルロットを叱りつければ、我に返ったシャルロットの手によってはぎ取られた覆面の下は、ある意味で予想通り。
(うわぁ、これは何という……)
ぶっちゃけやり辛いと言うか、気後れしてしまいそうに調った美しい顔が、覆面の穴から入り込んだ砂に汚れていた。
(って、まごついてる暇はない。ええと、まず口の中に異物があれば排除する、だったかな)
無言のまま口をこじ開けて口の中を覗き込む。
「お、お師匠様?」
「異物は、なさそうだな。覆面が幸いしたか」
シャルロットが声をかけて来るも、今はいっぱいいっぱいなのでかわいそうだがスルーさせて貰う。
「次は気道の確保、と」
顎を持ち上げながら頭を後ろにそらす。うろ覚えなのだが確かこれでよかったと思う。
「後は」
鼻を摘み、開いた口に自分の口を被せて、息を吹き込む。
「え」
「ぷはっ……くっ、何秒間隔だったか……はぁはぁ、思い……だせん」
もっとしっかり覚えておくべきだったと後悔するが、どうしようもない。
(ええい、ここまで来たなら――)
最善を尽くすまで。
「はぁ、まだか。なら、あと二秒でもうい」
「う、げほっ、げほっ」
息を吹き込んだのが何度目だったかは覚えていない。ただ、周りのことを気にもせず息を吹き込んだ努力は実を結んだ。
「ふぅ、上手くいっ……シャルロット?」
シャルロットをまるで鉄の塊か何かの様に固まらせてしまう代わりに。
「ピキー? シャ?」
灰色生き物が呼びかけて見るも、へんじがない。ただのぼうぜんじしつのようだ。
(ちょ、ようやくせくしーぎゃると無縁になったと思ったのにぃぃぃぃぃっ)
思わず頭を抱えたが、手にしたさざなみのつえは何の助けにもなってくれなかった。
なんかんだ言っても助けてしまう主人公。
ちゃっかりアイテムは盗んでますけどね。
ちなみに、このアークマージさんが聖水の影響下にあって主人公と出会ったのは、意識を失って離れることも出来ずにいたからです。
怪しい影のシルエット状態でないのも意識を失った為。
また、中の人もこのお話では例によってエビルマージ同様のエルフ耳さんになります。肌の色は魔法使いとエビルマージの中間ですね。
そんな訳で、お人好しにも行き倒れたっぽい高位の魔物を助けてしまった二人と一匹。
助けられた女アークマージは――。
次回、第二百十六話「ふたりめ」
すまんサラさん、出番が遠のいた。