「あれか」
声が届く距離なのだ、ましてこちらは素早さに特化した盗賊である。こっちに向かって走ってくるバニーさんの姿を確認出来る様になるまで時間はかからなかった。
「あ」
バニーさんの方でも俺が走ってくる姿を見つけたのだろう。目尻に涙を溜めた瞳はおそらく俺の姿を映し出していたのだと思う。
「ご、ご主人様ぁぁぁぁ」
「何があっ」
涙目、俺を呼んだこと、こちらへ駆けてくるという状況、全てからただごとではないと察し、問いかけようとした時だった。
「おーっほっほっほっほっほ」
バニーさんの走ってきた方角から高笑いが響いてきたのは。
「何処に逃げるおつもりですの、エロウサギ?」
「ひうっ」
高笑いとおそらく同じ声の主が向けた言葉で、一気にこちらへ駆け寄ろうとしていたバニーさんが身を竦ませ。
「は?」
バニーさんに遅れること暫し、こちらにやってくる別の人影に俺は思わず自分の目を疑った。
「う、ううっ」
「サラさん、その、胸が……当たっているのですがな?」
「あら、当ててますのよ?」
バニーさんを後ずさらせる新たな登場人物は、脇に抱えた見覚えのある僧侶なオッサンにこれでもかという程胸を押しつけながら引き摺りつつ、もう一方の手を呪われていた頃のバニーさんよろしくワキワキさせていた。
(えーと)
そんでもって、魔物に裂かれたのか大胆なスリットが入ってしまったスカートからあの忌まわしき品を着用した足を惜しげもなく覗かせてもいた。
「うふふふふふ、やってみると存外楽しいのですわね、これは。最初にやったのはエロウサギなのですもの、その分今度は私がたぁっぷり良い声で鳴かせてあげようと言いますのに……何故逃げますの?」
うん、何て言うか、どう見てもせくしーぎゃるになった魔法使いのお姉さんです、ありがとうございました。
(うわぁぁぁぁぁぁん、ぼくおうちかえるぅぅぅぅぅぅぅっ)
何、これ。俺が何したって言うんですか。
(何であのお姉さんまでせくしーぎゃるってるの? と言うか僧侶のオッサンまで捕獲されてるし)
そもそも勇者サイモンはどこに行った。
「あ、あぁ……ご、ご主人様ぁ、た、助けて下さいっ」
「おぶっ、ぐおっ?!」
ツッコミどころが多すぎてフリーズした俺とは違い、あらたなせくしーぎゃるの接近でバニーさんは我に返ったらしい。ダッシュで俺との距離を0にまで縮めると、抱きついてきて、その勢いで俺は砂の上に押し倒された。
「あ、ご、ごめんなさいご主人様。そ、その……」
「ぷはっ、いや……謝るのはいいから何がどうなっているかを説め――」
謝罪は大切だ、とは言え、自体への理解が追いつかない俺としては、状況の把握こそが最優先だった。だからこそ、バニーさんへ説明を求めようとしたのだが。
「お師匠様ぁぁぁぁ」
「ちょ」
何と言うことでせうか、おばちゃんにお任せしたはずのシャルロットが茫然自失の態からいつの間にか復活したらしく、こっちに駆けてくるではないですか。
(うん、バニーさんと重なり合ったまままだ起きあがってない俺達の方にね)
いやぁ、もう、何って言うのかなぁ。誰か呪いかけてるだろ、この状況。
「はぁ、はぁ、はぁ……お師……ミリー?」
「え? あ?」
結果として出来上がるのは、シャルロットとバニーさんが見つめ合う光景。
「どうしたの、そんなに急い……あら、まぁまぁ」
まぁまぁじゃないです、おばちゃん。何でシャルロットをちゃんと見ていてくれなかったんですか。
「若いって凄いわねぇ、こんな昼間から大胆な」
「……何で、そう言う誤解しかしないのだ、毎回毎回」
と言うか、シャルロットからの誤解が助長されるような発言は止めて下さい。
「とりあえず、退いて貰えるか?」
酷いカオスの中、何とか声を絞り出せたのは、我ながら快挙だと思う。
「あ、は、はいっ。すみません、すみません」
シャルロットにいくらか遅れ、俺の指摘で自分と俺との位置関係へ気づいたバニーさんが身体を起こし。
「あ、あのシャ、んひうっ」
弁解をしようとしたところで、変な声を漏らした。
「うふふふふふ、捕まえましたわよエロウサギ」
当然のごとく、せくしーぎゃるっちゃった魔法使いのお姉さんの仕業である。
「や、止めて下さい。ご、ご主人様」
「くっ、シャルロット、アラン、ラリホーを」
味方に呪文はどうかと思うが、女性を俺が組み伏せようとすれば別の意味で状況が悪化しかねない。無論それでもバニーさんを引きはがすぐらいはするつもりで、俺は指示と同時にバニーさんの腕を捕まえ、引き寄せた。
「「あ」」
声をハモらせる形になったのは、魔法使いのお姉さんとバニーさん。一方は片手で胸を鷲掴みにしただけだった獲物に逃げられたことで、一方は腕を急に引かれて体勢を心持ち崩す形になったからだが、ともあれバニーさんの身柄は取り戻した。
「っ、やりますわね。ですけれどツメが甘いですわよ。マホカンタ」
「んぶ」
「な」
ただし、後半は色々想定外だったが。バニーさんを奪還されたと見るや、俺の指示に応じて呪文を唱えようとした僧侶のオッサンに自分の胸を押しつけることで口を塞ぎつつ、反射呪文を唱えることでシャルロットの呪文にも対応する構えをとって見せたのだ。
「お師匠様とミリーが重なって……重なって……」
まぁ、シャルロットの方から呪文が来ることは無かったのだけれど。
「拙いな……」
ラリホーの呪文で眠らせることが出来なくなったのが痛くて、俺は顔をしかめる。
(ただでさえあちこちからの多重な誤解を解かなきゃいけないのに……)
そも、このままでは僧侶のオッサンも人には言えない理由で窒息してしまう。
(せめてディガスが居れば「やけつくいき」で何とかして貰えるんだけど)
連れ歩く方が問題が多いからジパングへ行って貰ったというのに、身勝手ではあると思いつつもこの時は胸中で呟かざるを得なかった。
くっ、遂に現れやがった。せくしー力が8万を超えてやがる。
あいつは、間違いなくせくしーぎゃるだ。(何故の計測器が握りつぶされひしゃげる音)
主人公からすればまさに晴天の霹靂か。
ラリホーという鎮圧への対処力を持つ最悪のせくしーぎゃるとして主人公の前に再び姿を現したサラ。
衝撃的光景にショックを受けて再び立ちつくすシャルロット。
サラにとらわれた僧侶アランの運命は?
つーか、本当にどこへ行った勇者サイモン。
次回、第二百十九話「まさかの結末」
主人公、受難の時は続く。