強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百三十三話「理(ルール)」

「信じられない」

 

 マシュ・ガイアーにすら動揺を見せなかったおばちゃんからすると、それは異常事態だったのだろう。

 

「だが事実だッ」

 

 結果を先に言うなら、衰弱して命を落としたと思われた者の内数名は助けられた。

 

(逆に言うと、全員は助けられなかったと言うことだけど)

 

 助かったと言っても歩くことすらままならぬほどに衰弱していた為、蘇生させた人々はサイモンがルーラで連れて行き、今この場にいるのは、おばちゃんと私、そしてスノードラゴンだけ。

 

「ともあれ、結果からすると救えるケースと救えないケースがあったと言うことだなッ」

 

「そうねぇ、問題は何が明暗を分けたかだけど」

 

 私の言葉に相づちを打っておばちゃんは呟く。

 

「一応、仮説ならあるぞッ」

 

 直後にそう応じられたのは、私がマシュ・ガイアーしていたからであろう。いつもの自分なら言うべきか言うまいか迷っていたはずなのだ。

 

「え?」

 

「ただし、確証はないッ」

 

 思ったことは率直に、躊躇わないですぐ口に出すのがマシュ・ガイアーだ。

 

「それでも良いわ、話してくれるかしら?」

 

「うむッ」

 

 おばちゃんの要請を受け、私は告げた。

 

「鍵はレベルアップだ」

 

 と。

 

「れべる、あっぷ?」

 

「説明しようッ! レベルアップとは戦いで経験を積んだ存在が成長しパワーアップする現象をさすのだッ」

 

 オウム返しにキーワードを口にしたおばちゃんの疑問に答えるべく、即座に解説を始め、更にこれへ補足説明を繋ぐ。

 

「助かった者は、戦闘に縁がない者、戦闘経験のない者が多かった」

 

 つまり、ゲームで言うところの低レベルキャラ。ちょっとの経験値でもレベルアップがしやすく。レベルが上がると生命力と言うか最大HPも上昇することがある。

 

「成長によって増えた分でかろうじて一命を取り留めたのではないかッ、とこういう訳であるなッ」

 

 もの凄くゲーム脳的な理論だと思うが、これなら、救える人間とそうでない人間が出た理由も説明がつくのだ。

 

(増えた生命力分で対抗出来るなら、病死にも効果はあるかも知れないなッ)

 

 もっとも、その全てがこの仮説通りならの話。検証し、理論が正しいと証明するならそれこそここからは非人道的な実験というか確認作業をしなくてはならなくなる。

 

「予め言っておくが、このマシュ・ガイアー2号、悪事には荷担せぬッ」

 

 理論の提唱者であるからこそ、確認するにはどうすればいいかと言ったことが即座に思いつく。だからこそ、私の表明は早かった。

 

「そもそも、今回の情報を完璧にしたとしても夫君を蘇生するにあたって役に立つとも思えぬしなッ」

 

 結局の所、今回のケースは不可能を可能にしたと言うよりも知られていないルールを活用して一般的には無理だと思われていたことを成功させたという形に近い。

 

(逆に言うなら、不可能はやっぱり不可能って言うことにも等しい気もするんだけど)

 

 希望を持たせた上で絶望に突き落としてしまった様で、おばちゃんの顔が見づらい。マシュ・ガイアーしてなければ気落ちして顔さえ上げられなかったかも知れない。

 

「敢えてあやまっておこうッ、すまんッ」

 

 だが、マシュ・ガイアってるからこそ頭を下げることも出来た。このテンションに救われた面もあるのかもしれない。

 

「少し一人にしておいてくれるかしら」

 

 もっとも、そんなことを言われた上で敢えて無視する様な厚顔無恥さを発揮出来るほどマシュ・ガイアーはフリーダムでもなく。

 

「了解したッ! ならば私はオリビアの岬に向かう。行き先を訊ねられたらそう伝えてくれッ」

 

 ただ謎のポーズをとると、私はその場を立ち去って。

 

(さてと)

 

 ここまで来るのに乗せて貰ってきた水色の東洋ドラゴンを視界に入れて呪文を唱える。

 

「モシャスッ」

 

 おばちゃんに足としてスノードラゴンは残して行かねばならない、故にオリビアの岬までの移動手段として空の飛べる魔物に変身したのだ。

 

「フシュオァァァァァッ」

 

 マシュガイアーの時間は終わり、短い空の旅が始まる。

 

(とりあえず、木の生えてるところに行って見せかけだけでも良いから船っぽいモノを作らないとなぁ)

 

 ルーラの呪文で運んでこれるなら良いのだが、いかんせんこの周辺に、呪文で飛んでこられる場所はなく。

 

(少なくともこの格好で上空を飛んでもオリビアが反応しないのは、行きで確認済みだし)

 

 一応、船で通らなくてもむき出しの「あいのおもいで」をぶら下げて通ってみてはどうかとも考えてはみたのだが。

 

(まぁ、ドラゴンに三人乗りしてた時は不測の事態が起こったら拙いと思って提案を自重したんだっけ)

 

 今は一人、どのみち船の張りぼてを作る為に近くを通るなら、試してみる価値はある。

 

(問題があるとすれば、一度モシャスを解いて別の飛べる魔物で挑むことになる点ぐらいかな)

 

 だいたい、張りぼて作戦が上手く行く保証だってないのだ。

 

(あ)

 

 考えつつ進む内、見えてきたのは岬。

 

(うーむ、やるだけやってみるかぁ)

 

 少し迷った俺は手前の陸地と岬を交互に見た後で、手前の陸地へ降り立つべく高度を下げるのだった。

 




この理論通りなら命の木の実でも可能に見えますが、蘇生直後の人に木の実を食べる体力が残されていない為代用は不可能です。

と、実はそんなルールになってました。

次回、第二百三十四話「オリビア」

オリビアの岬って聞くと、無駄知識を披露するテレビ番組を思い出してしまう不思議。

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