強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百三十四話「オリビア」

「やっぱり無理だったか」

 

 岬の上、あいのおもいでを片足にぶら下げた巨大な猛禽から人の姿に戻った俺は苦笑する。

 

「しかし……まぁ、あれを収穫はあったと言うのは不謹慎すぎるんだけど」

 

 ただ、飛んでいる最中に見つけたモノがあったのだ。

 

「おそらく、呪いで引き戻されたのかな」

 

 陸地からは殆ど死角になる場所にあったのは、座礁した船。遺棄されたらしく風雨にさらされてあちこち痛んではいたが、完全に原型をとどめていて。

 

(使わない手はないよなぁ)

 

 遺棄された理由についてはおおよそながらも解っている。海底から突き出した穂先の様に鋭い岩と浅瀬に挟まる形で固定されてしまっているのだ。

 

(攻撃呪文じゃ船腹まで傷つけてしまうかも知れないけど、俺にはまじゅうのつめがある)

 

 バイキルトをかけた上でなら岩だって切り裂けるだろう。

 

(後は応急修理をした上で、帆を張り替えて)

 

 最期の仕上げは、イオナズン。威力の高い爆発を生じさせる呪文の爆風を帆に受けさせ、船を浅瀬から引っぺがす。割と荒っぽい方法だが、現状では岬を浮いたまま通行が出来れば良いだけなので、問題も無いと思う。

 

(まぁ、船が沈まず、余裕が有ればルーラでポルトガに運んで修復して貰って二隻目の船として使うというのも手か)

 

 ともあれ、こうしてオリビア岬にかかった呪いを解くメドはつき。

 

「贅沢を言うなら二人とも助けたかったけど、流石に無理か」

 

 幽霊船までいけばこの岬に呪いをかけた娘の思い人の方は亡骸を確保出来るだろうが、岬から身を投げた娘の方は海流の専門知識など無い俺には難しすぎる。

 

(片方だけ生き返らせたとしても、それが救いになるとは思えないし)

 

 俺に出来るのは、せいぜい成仏させてやることだけだ。

 

「ふむ、使えそうだな」

 

 いつもの勇者の師匠モードに戻った俺は、岬から垂らしたロープを滑り降りて座礁船の甲板に降り立つと、あちこちを確かめて呟き。

 

「とりあえず甲板は問題ない様だし、次は船倉と船底だな」

 

 穴が空いていないことを祈りつつ、落とし蓋を開くと足音を殺して階段を下りる。放棄された船とは言え、魔物が巣くっていたり、山賊なんかがアジトに使っている可能性だって否めない。

 

(何より、ゲーム外の展開だから、原作知識が通用しないもんな)

 

 もちろん、普段だって原作を頼りにしすぎるのは良くないと思うが。

 

「ふむ、思い過ごしか……」

 

 降りた先にあったのは、かび臭さと磯の匂いとが混じり合った様な異臭だけだった。目立った損傷は無いが同時に積み荷の様な物も何もない。

 

「他の船に移し替えでもしたのか、はたまた通りかかった者が持っていったのか」

 

 がらんとした内部だからこそ魔物などの隠れられる場所も存在せず、点検を終えた俺は即座に応急修理に取りかかり。

 

「……こんな所だろう」

 

 マストからぶら下がる帆は、マシュガイアーの覆面マントや布の服などをまで使ったつぎはぎ、補習部分は素人臭さが隠せていないが、俺は素人なのだ。まぁ、誰も文句を言う人は居ないのだけど。

 

「ふ、これがツッコミ不在の寂しさか」

 

 べ、別にぽっちになって急に寂しくなったからボケてみたとかそう言う分けでもない。まぁ、一人になると独り言ってついつい口をついて出てしまうものだとは思うけれど。

 

「さてと、始めるか。イオナズン!」

 

 ここからは、爆発呪文のターンだ。

 

「イオラ、イオ、イオラぁ」

 

 船を巻き込まない距離で呪文によって爆風を生じさせ、無理矢理船体を前へと進ませる。船員ゼロの状態では帆の張り方や向きを変えて風を捕まえるだとか、オールを使って漕ぐなんて真似は不可能。このごり押しだってやむを得なかった。

 

「イオラっ……ん?」

 

 何度呪文を放った後のことだっただろうか、爆音に紛れて悲しげな歌声が聞こえ始め。

 

「頃合いか」

 

 俺は腕にぶら下げていたあいのおもいでをかざした。

 

「ああ、エリック! 私の愛しきひと。あなたをずっと待っていたわ」

 

「オリビア、ぼくのオリビア。もうきみをはなさない!」

 

「エリックーッ!」

 

 浮かび上がる青年と娘、長い時を経てようやく再会の叶った二人の逢瀬に水を差す気なんてサラサラ無いのだが、ふと思う。

 

(名前、伸ばすなら「エリーック!」の方がしっくりくる様な気がするんだけど)

 

 割とどうでも良いことを。

 

「ま、何にしても」

 

 これで呪いは解けるはずであり、この地で出来ることはもはや終えたと言うことでもある。

 

「すまんな、会わせることしかしてやれなくて」

 

 空へと昇って行く二人へと詫びてみせると、俺は手を空に向けて突き出した。

 

「イオナズン」

 

 末永く爆発しろ、とかそう言う訳ではない。船を岸に着ける為の推進力を得ようとしたのだ。

 

「さて……船はこのまま岸につけて置いて行くとして、サイモンはルーラを使ったから牢獄には戻って来られまい。となると、やはり単独で竜の女王の城を目指すよりないか」

 

 おばちゃんはまだそっとしておいた方が良いとも思う。

 

「しかし、まさかまた一人旅をすることになろうとはな」

 

 何人かで居ることが多い状況に慣れたせいだろうか、気がつくとつい無意識に同行者を求めてしまうようで。

 

「いや、これ以上人員が増えたら収拾がつかんか」

 

 頭を振ると、指をくわえ、思いっきり息を吹く。船を放置して行くなら、ここから先はまた空の旅、モシャスで変身する為のモデルになる魔物は必要不可欠だった。

 




NGシーン
「ふむ、使えそうだな」
 いつもの勇者の師匠モードに戻った俺は、岬から垂らしたロープを滑り降りて座礁船の甲板に降り立つと、あちこちを確かめて呟き。
「ヨホホホホ、パンツ見せて貰っても宜しいですか?」
「なっ」
 背後から聞こえた声に振り返り、驚きに目を見張る。そこにいたのは、ステッキを持ったアフロ髪の白骨だったのだから。
「おや、男性でし」
「グランドラインに還れアフロ骨ぇぇぇっ、バシルーラぁぁぁぁッ!」
 クロスオーバーしたつもりはない。あんなタキシードっぽい服を着た骨なんて知らない。
「ギャァァァッ」
「さて、と」
 あれはきっとただのアンデッドモンスターだと自分に言い聞かせ、俺は座礁船の確認作業を再開するのだった。

激しく出来心、久々に家に置いてあったワンピースの単行本を読んだ結果がこれだよ。

ともあれ、岬の呪いを何とか解いた主人公、次に向かうのは竜の女王の城か?

次回、番外編17「ダーマへの道のり(カナメ視点)」

あ、そろそろ別行動の人にもスポットを当ててみようかなぁって。

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