強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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番外編17「ダーマへの道のり(カナメ視点)」

「勝負して貰えませんか?」

 

「はぁ」

 

 これで何度目になるだろうか、このエビルマージから挑まれるのは。

 

「そろそろ止めておかない? こう見えてもあたしは玄人、素人が挑んで勝とうって言うのは」

 

「解っては居ます。解っては居ますが……ずるいじゃないですか」

 

 やんわりとお断りしようとしたあたしを恨みがましく見てくる魔物の名は、ウィンディ。先日、何故かあたしに懐いたエビルマージの姉で、ことあるごとに「お姉様」とあたしに寄ってくる肉親の姿を見て対抗心を抱いたらしく、バハラタを立った後は、毎日がこれだった。

 

(最初に話した時は、このエビルマージと敵対したままで済まなくて良かったと思ったのだけれどね)

 

 スー様に負けて部下になった魔物達によると、親衛隊一番の智者だったそうで、詳しく聞いてみればとんでもない逸材だった。サマンオサの王様を魔物と入れ替え、勇者サイモンを幽閉させ、勇者オルテガとの合流を妨げたのが、実は彼女の仕業だったというのだから。

 

「あのまま勇者二人が合流した場合、ネクロゴンドに乗り込んでくる可能性が高かったんですよ。そうなれば、私はともかく、エピニアの身まで危険にさらされる」

 

 その結果として、幽閉された勇者サイモンは命を落とし、サイモンとの合流を諦めた勇者オルテガは、単独でネクロゴンドへ向かう途中、魔物に襲撃され、戦いの末火口に消えた。

 

「解っています、サマンオサがああなったのは私のせいであると」

 

「成る程な……」

 

「ち、違います。姉は、予想してなかったんです。さ、サマンオサを任されたあの方が、あんな暴挙に出ることまで」

 

 イシスの戦いの後、いっさい弁解をせず己の身を差し出そうとした所にあの子、エピニアが割り込んで来なければ、知らずに居たことはもっと多かったんじゃないかとも思う。

 

(スー様とまでは断定していなかったみたいだけど、あのおろちが保身から誰かの軍門に降る可能性を見抜いてバラモスに諫言してたなんてね)

 

 当時はまだ親衛隊でもなくおろちの方が魔物としての格が上である為、バラモスは信じなかったそうだが、もしバラモスがその発言を一考の価値有りとしていたら、どうなっていたことか。

 

(スー様が親衛隊を引き抜いて……いえ、あの子を殺さず保護して居なかったらどうなっていたことか)

 

 肉親の情を最優先としているフシのある彼女のことだ、もしスー様達があの子を手にかけていれば、持てる知謀を尽くして復讐しようとしたことは、想像に難くない。

 

(それが、今はあの子の歓心を得ようとあたしと張り合ってるだけだものね)

 

 エピニアがあたしの盗賊としての技術を褒めたらしく、挑んでくる勝負の内容も襲ってきた魔物からどちらがより多くの戦利品を獲られるかという、明らかにあちらが不利な勝負だ。

 

(あの子のことが絡むととたんに残念になるみたいだけど)

 

 一人っ子のあたしには少々理解しづらい。もっとも、スー様に生き返らせて貰って、クシナタ隊という仲間が出来てなければ、欠片も理解出来なかっただろう。

 

(手のかかる子は、隊にも居るものね)

 

 隊が家族だとすれば、ウィンディがあの子を見る感情というのは、きっと。

 

「勝負というのは、やってみなければわからないものです。それに私が勝つ可能性はゼロじゃない。にわかには信じがたい話ですが、あの勇者サイモンが健在だというなら、私は彼へ首を差し出す前に、どうしても貴女に勝って、エピニアに『お姉様』と呼んで貰いたい」

 

「だから、貴女が首を差し出しても、サイモンさんはその首を落としはしないわよ」

 

 このやりとりももう何度目になるだろうか。

 

「その話はおしまい、そろそろタカのめで付近の偵察をしないといけない頃合いだわ」

 

 話を打ち切るだしに使いながらもあたしは、側にいた隊の皆に周囲の警戒を任せ、まなざしをタカの目に変えて大空へと飛ばす。

 

「え?」

 

 続く山地の先、森に囲まれた場所に何かが見え、思わず声を漏らした。

 

「どうしたの、カナメちゃん?」

 

「……あったわ。たぶん、ダーマの神殿」

 

 視界はまだ空を駆けたまま、耳に聞こえた質問に答えた直後だった。

 

「ええええっ!」

 

「どっ、どこ、何処?」

 

「……タカのめでようやく見える距離なら、ここから探してもあたしちゃん無駄だと思うよ?」

 

 耳を塞ぎたくなる程喧しくなる中、至極冷静に指摘するスミレは遊び人になったばかりの頃とは随分違う。

 

(やっぱり、賢者になるつもりなのかしらね)

 

 声には出さず、密かに思いつつも視線を戻したあたしは歩き出す。

 

「案内するわ、ついてきて」

 

 神殿に着けばスー様の言う転職と言うのを試みる子は他にも居るだろう。

 

(転職、ね)

 

 その時あたしはどうするか。実はまだ決めかねている。ただ一つ、変わらず思っていることがあるとすれば。

 

(盗賊と商人が増えてくれると助かるわね)

 

 スー様との「れべるあげ」を思い出すとそれだけは願わざるを得ないのだ。わたし達の後輩がどれ程苦労することになるかを解っていたとしても。

 

 




 ふぅ、ようやくエピちゃんのお姉さんが出せた。

 と、言う訳で普段は常勝軍師ばりの智将、ただしエピニアのことになると一気に残念になってしまうエビルマージです。

 作中には出せませんでしたが、この反則っぽいレベルの知謀がある為なのかとある欠陥を抱えていたりします。

 ともあれ、こうしてダーマを発見した別動部隊。こちらも着実に成果を出しているようです。

 と言ったところで、視点はまた主人公に戻るのですが。

次回、第二百三十五話「遠ッ」

 世界地図を見れば説明はきっと不要ですね。

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