「そう言えば」
もし人語が発せたなら、俺は間違いなくそう呟いていたと思う。着かない、そうかなり長いこと巨大な猛禽に変身して飛んだのに、目的地を囲んでいるはずの高山地帯さえ見えてこないのだ。
(あぁ、そろそろ呪文の効果が尽きるな。陸地に進路をとって降りないと)
地図で見る限り、最短距離を通るなら内海を突っ切るルートになるが、一度の変身で踏破出来る距離ではない。結果として時折海岸線に寄る弧を描く様なルートで俺は目的地を目指している。
「はぁ、間に合ったぁ」
だからこそ、問題なく陸地にたどり着き、変身を解けはした訳だが、ただ着地出来たと言うだけであり。
「く……大半は滑空しているだけの筈だったんだけどなぁ」
猛禽の時から感じ出していた腕の疲労感に顔をしかめつつ、気休め程度にでもなればと腕を揉みほぐし、何度目かも忘れた休憩タイムをとるも、疲れは確実に身体へ溜まっていた。
「うーん、ここは変に意地を張らずに岬の宿屋で一泊してくるべきだったのかも」
首を巡らせれば、周囲は山地で町はおろか村すら見あたらない。
(まぁ、ゲームでもこの辺りは何も無かったからなぁ)
原作と比べると広くなり、人口も増えているこの世界とはいえそう脈絡もなく町や村が増えてはいないと思う。
「だいたい、辺りを見回してみても山ばっかりだし、強いて上げるモノがあるとすれば、進行方向に煙が上がっているぐらいで――」
本当に何もない。
「ん、煙?」
思わず二度見すると、それは山火事などのような無秩序な煙ではなく、誰かがたき火でもしているかの様なピンポイントに細くたなびく煙。
「いやいや、ご都合主義すぎるよね?」
疲れているのを自覚し、休めたらなと思った直後に見つかる時点で、思わずツッコミを禁じ得ない。
「まぁ、シャルロット達の居るすごろく場があるのも同じ陸地だし、すごろく場に向かおうとしている旅人が休憩をしているって言うなら、あり得なくもないのか」
一応自身を納得させようとそんな理由をでっち上げてみたが、厳しいものがある。問題の煙が上がっている場所はすごろく場へ向かうルートからは結構外れた森の中なのだから。
「明らかに胡散臭いよなぁ」
寄ってみるか、スルーするか。
「……とりあえず、確認だけはしていこう。進行方向だし」
少し悩んで寄り道を決めた俺は、上がる煙を頼りに歩き出し。
「うわぁ」
山地を踏破した先で見つけたのは、殆ど森の木々に埋もれた一軒の家だった。見れば、かろうじて見て取れる屋根の一部から煙突が飛び出しており、見つけた煙はこの煙突から立ち上っていたモノだったらしい。
「うん、どう考えても都合良すぎるだろ」
まるでここで休んで行けと言わんがばかりのタイミング。
「日頃の行いが良いからだ、なんてポジティブに考えられる思考は流石にできないよなぁ」
むしろ、罠の可能性を疑って、足音を殺し周辺に生えた木々や茂みを利用して、身を隠しながら俺は何者かの住居に忍び寄り。
(ん? ……ああ、そういうことか)
密かに窓から中を覗き込んで、納得する。視界に飛び込んできたのは、煮えたぎる釜と、その前に立った赤いローブを着た老婆。紫色の肌をしてる時点で人間の可能性は消えていたし、壁に掛かっているとんがり帽子と箒から正体も察せた。
(そりゃ、人型の魔物なら、人のものに似た家を作って住んでても不思議はないわな)
だから、不正はない。おかしいところは何もなかった。
(問題は、ここからどうするかか)
以前にあった同系統の魔物があからさまな外道だったので、問答無用で倒してしまっても良いんじゃないかと言う気がしてしまうが、元バラモス親衛隊の面々やおばちゃんな例も存在する。
(うーん、モシャスで仲間に変身して話しかけてみるべきか)
その上でカマをかけ、魔物が外道であればそのまま倒してしまえばいい。何より相手は空が飛べる箒を所有しているのだ。翼を動かして飛ぶ猛禽よりも飛行が楽な様にも思える。
(まぁ、結局の所箒にしがみつく訳だから腕に負担がかかるのは同じかも知れないけれど)
このまま無視して、中の魔物が後々悪さをして周辺に被害が出たら悔やんでも悔やみきれない。
(さてと、そうと決まればまずはモシャスで変身するモデルを探さないとな)
くちぶえで呼び寄せても良いが、ここで鳴らすと高い確率で家の中から老婆が飛び出して来そうな気がする。
(呼び出しは厳禁、として……これだけ広ければ魔物もそれなりの数が居るだろうけれど)
周囲は森、探すのは骨だろう。
(いっそのこと、イシスで使ったアレをやった方が早いか。人型の魔物なら覆面とか被るだけで割合お手軽に変装出来るし)
手間を考えてもう一つ別の手をとるべきかとも考えつつ、耳を澄ませ地面に目をやる。もし、周辺に魔物が居るならその行動もまた選考基準になるのだから。旅人を襲ったりしていれば、殲滅確定。
(と言っても、こんな所をうろついてるのは余程の物好きか、遭難者だよな)
自分の様な例外を除けば。
(ん? 今のは)
それから、どれ程捜索を続けただろうか。ふいに茂みの鳴る音を耳にした俺は、木の陰に身を隠し、音の方に目をやる。出来れば会話が可能な魔物であれば良いなと、密かに願いつつ息を殺して待ち。
(あるぇ、何だか何かが転がる様な)
茂みの更に奥から別の物音が聞こえた直後だった。
「うおおおおおっ、助けてくれぇぇぇぇっ」
悲鳴をあげて、覆面マントと下着だけというとんでもない格好の変態が飛び出してきたのは。
(えーと)
何かに追われている、というのは解る。脇目もふらず一直線に逃げていったのだから。
(まさか とは おもいます が ひょっとして)
問題は、変態が走ってきた方向だった。俺の記憶通りなら、そちらは山地で。
(あ)
茂みを突き破り、もの凄い勢いで顔のある岩が転がってきたのは、その直後。
(山の斜面で勢いがついて、止まらなくなった、とかかなぁ)
まるでコントか何かの様に変態を追いかけて転がっていった岩の魔物は、ばくだんいわという名だった気がする。
「ふぅ、さてと……どうやらあの覆面マントを着用すれば問題なさそうだな」
割とつい最近あんな格好をした覚えがあるのだが、まぁ、良いだろう。
「放っておいても寝覚めが悪い。助ければ情報源になってくれるやもしれんしな」
勇者のお師匠様モードに口調を直した俺は、岩の挽き潰した草の後を頼りに、走り去った覆面の変態を追いかけることにしたのだった。
魔物も生息してるなら、どこかに住処はあるはず。
そんな点にスポットを当ててみた回(前編)でした。
偶然であった魔物は、外道か、それとも。
そして、ばくだんいわに追われる変態は果たして有益な情報を持っているのか。
次回、第二百三十六話「お宅訪問をしてみよう」