強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百四十三話「お腹空いてる深夜に見る夜食テロの破壊力は異常だと思うんだ」

(水辺なら魚を捕って焼けば良いんだけど、陸じゃあなぁ)

 

 野鳥とか仕留めて焼き鳥にすれば良いとか思うかも知れないが、身体の持ち主はともかく俺はサバイバル初心者なのだ。解体とかまだハードルが高すぎる。キングヒドラの解体だって、ジパングの人に丸投げしたのだ。

 

(その辺り踏まえて、ルイーダの酒場というか職業訓練所に一日体験入学するのは必要だったかも)

 

 シャルロットとサイモン、魔物であるおばちゃんとキラーアーマー及びスノードラゴンを除く面々は全員が職業訓練所の卒業生であり、あのバニーさんだって解体や保存食の調理が出来たのだ。

 

(しかも、バニーさん戦闘であまり役に立てないからって、その手の作業は買ってでていたもんなぁ)

 

 遊び人らしさがゼロな気もするが、当初はありがたかった。ただし、その弊害が今出ているという訳である。

 

(いっそのことヒャド系の呪文を使ってクーラーボックス+αみたいなモノを作ってみるか)

 

 呪文があるのに呪文を使った冷蔵庫もどきが普及していない以上、おそらく冷蔵庫を作るには何らかの問題があるか、その発想に至る人物が居ないかのどちらかだろうが、保温性及び保冷性の高い容器なら作れるんじゃないかと思うのだ。

 

(そこにヒャド系呪文の氷をぶち込めば簡易冷蔵庫だよな)

 

 氷室ぐらいなら文化レベル的にあっても良さそうなものだ、だったら誰かが思いついても不思議はない気もするのだけれど。

 

(って、変な方向に脱線しかけてる。ええと、保存食は鞄の中だったよなぁ)

 

 直接火にかけても大丈夫な鉄製のマグも持っているし、水を入れた容器もある。

 

(調味料は無いけど、干し肉の塩気があるし)

 

 あとは、カップを温めるのに使う燃料か。火種はメラの呪文がある訳だし。

 

(呪文って旅をする上でも便利だよな。あるとないとで旅のしやすさが随分変わってくる様な)

 

 呪文のありがたみを実感しつつ、周囲を見回せばちょうど良い具合に細かく砕かれた木片と、倒れ伏したまま、動かない人の形をした何か。

 

(って、思い切り物食べる場所じゃNEEEEEEE)

 

 空腹と、ばくだんいわ同士の睨めっこで忘れていたが、よくよく考えれば、ここは襲撃された集落だったのだ。

 

(どう考えても、ご飯が美味しい場所じゃないよなぁ。美味しそうな匂いは漂ってくるけど)

 

 きっとご飯時だったのだろう。別の家からは焦げ臭い匂いが漂ってくる。

 

「ん、焦げ臭い?」

 

 理由に気づいた時、俺は駆け出していた。

 

「すまん、説得は続けてくれ」

 

 ばくだんいわにそう言い残して。

 

「くっ、昼時なら何処も火を使ってる筈」

 

 何で気づかなかったのか。俺は、開けっ放しの窓に片手をかけると、もう一方の手を、竈から火が移り始めている台所へ向け、呪文を唱えた。

 

「ヒャダルコッ!」

 

 流石に水を探しに行ってかけてる様な時間はない。竈の周辺が氷に包み込まれたことで見える限りで火は沈下され。

 

「ここはこれでいい。次だ」

 

 俺は美味しそうな匂いが漂ってきた別の家屋に向かう。

 

「予め言っておくが、つまみ食いや盗み食いのつもりはないからな?」

 

 このままでは火災に繋がりかねないからなのだ。誰に向けての言い訳だったのかは、解らないが、ついそんなことを口走りつつ、俺は二軒目のお宅を突撃お昼ご飯する。

 

「今日のメニューは何だ? じゃ、なかった台所はどこだ? こっちか」

 

 今度はちゃんと開け放たれた戸口から飛び込み、首を巡らせると、匂いに気づいて奥に進む。

 

「ここか」

 

 とりあえず、解錠呪文の出番はなかった。家主は慌てて逃げ出したらしく、入る部屋入る部屋物盗りにでも遭ったかのような荒れ具合だったが、敢えて不必要なモノは見ず、台所に到達した俺が見つけたのは、火にかけられたスープの鍋だった。

 

「成る程、温め直したモノだったらしいな」

 

 こちらは先程の様な呪文消火も必要なく、唾を飲み込みつつ自分を抑え、ごく普通に竈の火を消した。

 

(うぐっ、何という、精神的拷問。おのれあの変態達め)

 

 ここでの盗み食いは人としてやってはいけないことだと解るが、お腹が空いてる人の前に無防備な料理を置いて行くというのは極悪すぎると思う。

 

「待てよ、よくよく考えればここで保存食を使ってスープを作れば良かったのでは……」

 

 などとも思ったけれど、目的は火事の予防。

 

「やむを得まい。一食ぐらいなら耐えられるはずだ」

 

 理性を総動員して、俺は来た道を引き返す。その際視界の端に入ってきたのは、変態の着ていたのと同じものと思われる全身タイツだった。

 

「しかし、あの変態共性別問わずあの格好なのか」

 

 一緒に散らかっていた物を見ると、流石に女性はあのパンツのかわりに水着というかレオタードもどきや胸当てを着る様ではある。

 

「うむ。理解に苦しむな……というか、女性用だよな?」

 

 一歩間違えば女物のレオタードを着込んだデスストーカーが相手だったりするのだろうか。

 

(止めよう)

 

 おぞましいモノを想像しかけ、一瞬このまま返りたくなったが、自分から言い出したことだ。ここで投げ出す訳にも行かない。

 

「ともあれ、この様子だと住民は一部に犠牲を出して何処かに落ち延びようとした、と見て良いか」

 

 となると、説得を終えた後、逃げた集落の住人を捜すかでまた迷う。

 

(この場所と違って外は魔物が跋扈する危険地帯の筈)

 

 外のばくだんいわから逃れたとしても凶悪な人食い熊の魔物が出没する場所でもあるのだ。トーカ君曰く、調教して戦力にしてる集落もあるとのことだが。

 

(けど、この集落に熊が居た様子はないし)

 

 野生の方の熊と出くわす可能性もある。

 

「魔物除けで塀に囲まれている立地の構造上、逃げたとしてもバラバラに逃げたとは考えにくい」

 

 台所の窓から外覗いて気づいたのだが、やはりというか集落の出口はもう一つあり、ご丁寧にも逃げる時に落としていったらしい荷物が散らばっていた。

 

「追跡は難しくなさそうだが」

 

 同時にあからさますぎてばくだんいわでも気づきそうな気がする。

 

(あれが囮という可能性だってあるよなぁ)

 

 考えはまだ纏まらず、だが時間との戦いになっているのは確かで。空腹と焦燥を抱えながら俺はばくだんいわの元に戻ったのだった。

 




うう、書いてたらお腹が空いてきた。

おのれ、変態集落の住人め。

次回、第二百四十四話「熊って食材になったよね?」

ああ、おなかすいた。

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