「シャルロット」
俺が呼びかけても、勇者は「さそりばち」だったモノに銅の剣を振るい続けていた。もう、ただの骸だというのに。
(くっ)
憎悪か怒りか、何がシャルロットをああしてしまったのかは解らない。
「ご、ご主人様……その」
「いや」
此方と勇者を交互に見るバニーさんに俺は頭を振ると、ゆっくりとシャルロットの背後へ歩み寄る。
(ここは、俺の仕事だ)
我を失っているなら、近寄っただけでいきなり斬りかかってくるかも知れない。バニーさんに任せるのは危険すぎたし、俺のせいでもあるのだから。
「うぁ」
「シャルロット」
後ろから抱きしめ、耳元に囁く。腕を回した時、勇者が微かに声を上げたが、蹴られようと暴れられようと放す気はなかった。
「っ」
だから腹にめり込んだ肘の一撃を俺は耐え。
「もう、いい。……皆無事だ。お前のお陰だ」
抱きしめたまま、声をかけ続ける。女戦士と果たし合いした時のように力ずくで取り押さえることなど出来よう筈もない。
(くっ、この程……うぐっ、ぐあっ、今の結構痛――)
足を踏まれた、脛をけりつけられた、二発目の肘が脇腹に突き刺さった、だが俺は甘んじて受け入れた。
「シャルロット……」
呼びかけるだけでは駄目なのだろうか、どうすれば元に戻るのか。見当もつかなかった俺には、そうすることぐらいしかできなくて。
「シャルロッ」
「お……師匠様? あ」
何度目の呼びかけになったかは、数えていなかった。だが、初めて反応を見せてくれた勇者は、小動物のように腕の中でビクんと震えると、硬直した。
「あ、あぁ……」
俺の足の上に置かれていたシャルロットの足がゆっくりと退けられ、怯えの色を帯びた瞳でゆっくりと振り返る。
「っ、気にするな。こんなもの大し」
ワンテンポ遅れて勇者が硬直した意味、つまり自分のしたことに気づいたことを悟ってフォローしようとしたが、遅かった。
「ボク、ボクが――」
叫ぼうとしたシャルロットの表情が俺の顔を見て硬直する。
(っ、しまっ)
色々あって傷の痛みさえ忘れていたが、勇者の暴発は女魔法使いを庇う形で俺が顔面にメラの呪文を受けた直後だったのだ。耐久力からすれば魔法使いのお姉さん程酷くはないとしても、火傷ぐらいしていておかしくない。
「……お師匠様、ボクのせいで……顔に火傷……サラさんも、ミリーもボクがもっとしっかりし」
「違うッ! この塔に「まほうつかい」が出没することを忘れていた俺のミスだ!」
呆けたように目の光を消し呟き出すシャルロットを見て、反射的に叫んでいた。
「だいたいこの程度ホイミで治る。そもそも――」
「あっ」
尚も勇者を落ち着かせるべく語りかけていた俺は勇者の身体を強引に引き寄せると、道具袋に手を突っ込んだ。
「んぅ、お、お師匠様……こ、こんなと」
艶っぽい声を上げたシャルロットが腕の中でモゾモゾするが、気にしている場合はなかった。
「ひうッ、あ……お師」
(これか? いや……っ、これだ)
手探りで中に入っているものから狙ったモノを出すのは、骨が折れる。とはいうものの、何とか「それ」は見つかった訳だが。
「あった、か。何の為に『これ』を持たせたと思っている?」
そう言って俺がかざしたのは、ボス戦のお供、味方全体を回復する高位回復呪文ベホマラー同様の効果をもつアイテム「けんじゃのいし」だった。
「「え?」」
「こうやって天にかざせば、僧侶が覚えるという全体回復呪文と同じ効果がある」
目をまん丸に見開くパーティーメンバーに説明すると、僧侶のオッサンが凄く遠い目をしていたが、その点は本当に済まなかったと思う。
「はっはっは、少しだけ存在意義について考えてしまいましたぞ?」
「いや、すまん」
「ご、ごめんなさい」
何故か隣でシャルロットまで謝っているが、俺は人のことに言及出来る身分でない。
「とにかく、さっさとこの塔の用件を果たして戻ろう。俺は同行者を一人置いてきてるからな、回収したら最上階に向かう」
アイテムの効果も伝えたし、流石に二度目の危機はないだろう。「けんじゃのいし」の効果による驚きでシャルロットが自責の念を忘れている今が好機だ。
(メンタルケアするにしても安全なところまでいかないといけないしな)
女戦士の方は麻痺毒持っていないようだし、仲間を呼ぶとはいえ護衛の面々を応援にやっているから大丈夫な筈。
「とは言え置いていったのも事実か。……今日は謝りっぱなしになりそうだな」
この後、女戦士と合流を果たした俺は、最上階にいた老人の部屋で勇者達と合流。勇者一行は無事「とうぞくのカギ」を手に入れたのだった。
僧侶のオッサンには本当にすまないことをした。
主人公は反省しつつ、勇者達は遂にナジミの塔を攻略するに至る。
出番の無かった塔の老人は言うかもしれない「解せぬ」と。
ともあれ、盗賊の鍵を手に入れ、勇者達が次に目指す場所とは?
次回、第二十六話「レーベの村の」
あ、タイトルがネタバレしてる。