強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百四十五話「これはひどい」

 

「……へへへ、あん、た……よ、そ者だろ……う? 一つ、頼みが……あるんだが」

 

 途切れ途切れに声をかけてくる変態を見て、俺は迷った。手当をすべきか否かを。ここまで秘匿してきた呪文を使うべきか、なんて問題ではない。怪我のせいか、気づいていない様だが、俺の後ろにはばくだんいわ達が居るのだ。

 

(回復したところで、こっちが裏切ったと短絡的にメガンテされるとは思いづらいけど)

 

 ある程度動ける様になったこの男の方が、ばくだんいわを見て襲いかかって行く可能性が否めない。

 

(かといって放っておけば、この手負いの変態なオッサンはたぶん命を落とすもんなぁ)

 

 割とややこしい状況である。

 

「頼みか、聞くだけ聞いてやろう。叶えてやるかは内容次第だ」

 

 人間出来ることと出来ないことがあるからな、と続けながら、俺は鞄に手を突っ込む。念のために、保存食と一緒に薬草を買っておいたのだ。

 

(よくよく考えると即効性の薬草って言うのもツッコミどころ満点だよなぁ)

 

 きっと内応する魔力とかで回復呪文を再現してしまうのじゃないかとか、そんな感じで自身を納得させ、問題のモノを取り出す。

 

「それはそれとして、途切れ途切れでは聞きにくい。これを使っておけ。願いが介錯してくれとでも言うことなら不要の品かもしれんがな」

 

「っ、これ……は、ありが」

 

「良いからさっさと使え。これでは聞きたいことも聞けん」

 

 背後のばくだんいわ達に誤解を与えぬ様、命令の形をとって薬草を変態に押しつけると、ただ無言で注視する。

 

(薬草一個の回復量どころかゲームじゃ残りHP1でも動けたし)

 

 警戒するに越したことはない。相手は他の集落を女子供諸共爆破しようと企んだ変態外道の仲間でもあるのだから。

 

「ふぅ……出血はだいぶ、収まったな。すまねぇ、本当に恩にき」

 

「礼はいい。こっちは想定外の陸路で急いでいる。話す気がないなら俺は行くぞ?」

 

 と言うか、さっさと切り出してくれないと、後ろがいつまで俺に合わせてくれるかが、わからない。

 

「そうだった、すま――あ、頼み事だったな。実はこの近くの集落に住んでたんだが、そこが魔物に襲われて、今女子供や爺さん達と逃げ出したとこだったんだ」

 

「ほぅ。それで、その女子供とやらは?」

 

 熊と戦っていたっぽいところを見れば、察せはしたが、当人から聞いた方がおそらくは早いし、場合によってはおまけ情報が付く可能性もある。そんなことを思って、尋ねてみた結果は、正解だった。

 

「あ、あぁ。途中で別れた。魔物が追ってくるかもしれねぇってんで、囮になったんだが熊に襲われてあの態だ」

 

「成る程。つまり、女子供を追いかけて守ってやってくれとか、そんなところか」

 

「そうだ」

 

 へたり込んだまま変態はこちらの言葉に首肯を返し、尚も続ける。

 

「魔物の目を引きつける為に落としてきた品の中に子供の靴下があったはずだ。その場所から靴下のつま先側に獣道がある。たまたま男手の無い時に襲われてな。爺さん達と残った少ない男で女達を守りつつ、あいつらは獣道の方を行った筈だ」

 

「ふむ、仲間内しか解らん目印と言うことか」

 

 良くそんなことまで考えたとも少し感心したが、この連中はもともと山賊家業。本来なら、犯罪者として討伐軍に襲われた時の備えだったかもしれない。

 

(ともあれ、聞きたいことは聞けたな)

 

 あとは、この変態をどうするかだけだ。

 

(ここで放置すると、血の臭いで寄ってきた魔物の餌。同行を許すのはばくだんいわ達が居るからまず無理で、集落に戻る様に言った場合も追いかけるのを諦めて戻ってきたばくだんいわと鉢合わ――ん?)

 

 そこまで、考えて、ふと引っかかった。追っ手のばくだんいわが居てもおかしくなかったはずなのに、この変態を見つけるというか熊に襲われるまで、一度もばくだんいわに遭遇して居ないのだ。

 

「しかし、妙だな。ここに来るまで襲いかかってきたのはあの熊一頭だったと思うのだが。囮と言っていたが本当に囮になっていたのか?」

 

「なっ」

 

 疑問を口に出してみると変態は、目を向いて絶句する。

 

「いや、ありえねぇ。獣道で二手に別れたとしても、こっちだけ追ってこねぇなんてことあの岩っころ共に」

 

 我に返った変態が頭を振りつつ、続けようとしたタイミングというのは、狙い澄ましたかの様だった。

 

「っ、この音は」

 

「あきらかにばくだんいわの転がる音だな。しかも複数」

 

 ずっと後ろから聞こえていたのと同じ音だ。間違え用はないが、よくよく考えてみればこの辺りはばくだんいわの生息域でもある。

 

「だいたいどっちに向かっているかに見当を付けて先回りでもしていたのだろうな」

 

 そこで、この変態が熊に襲われ、目算が狂った。で、狂った分を修正しようと、予想到達地点から逆に道を辿ってきたとか、そんなところだろう。

 

(いやぁ、一安心かと思ったら更に絶望的展開とか。何処のホラー映画かと)

 

 まぁ、こちらには同行者のばくだんいわーズが居るので、またお見合い説得して貰えば多分大丈夫だと思うのだが。

 

「さらばだ、お前のことは忘れよう」

 

 とか言って、この変態については生け贄もとい置き去りにするのも、割と面白そうな気がしてしまう。

 

「ふ、まぁ聞くことは聞けたからな。それで、お前達はどうする? 仲間の命、もしくは自分の命をかけてでも、復讐を望むか?」

 

 放っておけば魔物に駆られて終わりそうなただの一人に自分の命を使うというのは割に合わないような気もするが、俺は振り返って、ばくだんいわ達に問うてみた。

 

「な、ばくだんいわだと?! 何で」

 

「俺はな、お前達がばくだんいわで消し飛ばそうとした集落にわらじを脱いで――まぁ、一時居候の様なことをしていた男だ」

 

 厳密には魔法おばばの庵で茶をご馳走になっただけだが、正直に告げるよりも理解しやすいよう誇張と嘘を加えて変態に言う。

 

「そして、お前達の計画は露見し。仲間を殺戮の道具にされたこいつらと今は同じ目的で同行しているという訳だ。もっとも、集落の襲撃は仲間の爆発らしき音を聞いたこいつらの独断だったのだがな」

 

「ちょっと待て、それじゃ」

 

「くくく、薬草一つで追っ手に仲間の場所を教えてくれる様な男で助かった。さて」

 

「てめぇっ!」

 

 いかにも悪党めいた笑みを作り、俺が地面を蹴ったのは、手負いの変態が起きあがるより早く。

 

「遅い」

 

「がっ」

 

 もともと、負傷によって動きも鈍っていた相手だ。変態に相応しい変態的な縛り方で動きを封じるのは難しくなかった。

 

「ふぅ、また醜いオブジェを作ってしまったか。お前達、片方はここに残ってあっちの連中への説得と説明を頼む。そこの変態については、お前達で裁いてもいっこうに構わん。だが、仲間の命を散らすまでもないと思うなら、そのまま見張っておいてくれると助かる。その場合、爆破されかけた側の集落の連中に処分は任せる形に――」

 

 皆まで言わずとも良いと言うことか、説明中に片方のばくだんいわは前に傾ぎ、了解の意を俺に伝え。

 

「すまんな、ではここは任せたぞ」

 

「ち、ちくしょーっ!」

 

 変態の絶叫を背に、俺と片方のばくだんいわは元来た道を引き返し始めるのだった。

 




ばくだんいわの群れの中に放置してお好きにどうぞの刑。(変態的捕縛つき)

こうして、とりあえず処分をばくだんいわに丸投げした主人公は、残る女子供と護衛達を追跡する。

あるぇ、どっちが悪役だっけ?

次回、第二百四十六話「強くて追跡者」

前は、逃げていたはずだったのに。

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