「さてと、始めるとしようか」
まほうおばば達が飛ぶ高度をあげたのには、こちらにとって好都合な点が一つあった。
「まずは」
俺は全力で、先程撃墜した魔物が落ちた場所まで駆け出し。
(っ、やっぱり死んでるか)
明らかに身体のあちこちがありえない方に曲がっている骸を拾い上げ、そのまま少年の元まで駆け戻る。
「え、え?」
少年からすれば、俺の行動は理解不能だろう。
「な、何じゃあやつ?」
「逃げたかと思えば、何かを抱えて……」
上空のまほうおばば達からすれば、更に何をしようとしてるか解らなかっただろう。
(だからこそ、この作戦は成立する)
拾い上げた骸を片手でぶら下げ、少年の前に立った俺は声色を変え、言う。
「バシルーラ」
いや、呪文を唱えたと言う方が正しいか。
「ひょえええええっ」
それだけで、空を飛んでいた魔物の数が一つ減り。
「ひぇ?」
「は?」
残るまほうおばば達は箒の上で硬直する。
「ふ、勘違いしていた様だな。こちらにもまほうおばばが居る。故に射程距離に差は存在しない」
普通、盗賊は呪文が使えない。だったら、呪文が使えてもおかしくない状況を作り出してやれば良いのではないかという考えに基づいたのが、この「腹話術死作戦」だ。
(死者の冒涜以外のなにものでもないような気もするけど、一応、相手は魔物だし、放っておくと外道の身内とはいえ女子供にまで被害が出るからなぁ)
手段を選ぶ余裕はない。だが、手段を選ばないという前提であれば、有効だろうとも思う。
「ば、馬鹿な。お主、何故裏切」
「バシルーラ」
「ひゃあああっ」
そして、高度という距離があるからこそ、まほうおばば達はぶら下げた同胞が死んでいると気づかない。だいたい、同胞を除けば視界の中に居るのは、狩人の少年と盗賊の男だけなのだ。この状況で自分達が使う呪文が相手側から唱えられたなら、仲間の裏切りと考えた方が余程自然だろう。
(まぁ、それもこれもあのまほうおばばのお陰なんだけど)
人間に敵対的な態度の同胞に気をつけるようにと、自分達の使う呪文について教えてくれた老婆には感謝しつつ。
「バシルーラ」
「おのれぇ、覚えておれよぉぉぉ」
最後の一体まで上空の敵は空の彼方へと吹き飛ばし。
「すまんな、助かった。では楽にしてやろう、はぁっ」
死体に向けて語りかけながら、俺はトドメを刺すふりをする。表向きは、瀕死のまほうおばばを回収し、脅して呪文を使わせていた形だろうか。
(襲ってくる同族は倒しても構わないって言っていたもんな)
このやり口はあの老婆に若干申し訳ない気もするが、これ以外で他のまほうおばば達を殺さず追い払う方法は思いつかなかった。
(裏切ったと誤解したからこそ、空中で呆然として隙だらけになってくれた訳だし)
普通に応戦すれば、空からの攻撃呪文で少年が巻き込まれていたのは、想像に難くない。これを避けるには、先制して範囲攻撃呪文で殲滅するしか方法はなく、まほうおばば達を確実に殺す上、背後の少年に俺が呪文を扱えることが露呈してしまう。
「とりあえず、これでこっちは何とかなったな」
「あ、えっと……ありがとうございました?」
死体を地面に転がして振り返ると、少年は引きつった顔で後ずさりつつ礼を言い。
「いや、俺は大したことはしていない。礼には及ばん」
頭を振った俺は「それに」と続けた。
「ここからが、本番だ」
「え」
腕を通していたロープの束から端を探り出して引くと伸ばしたロープを両手に持ってすれ違う。
「あぐっ」
「まずは、一人目」
何となく何処かの女僧侶が喜びそうな格好で縛られた少年が倒れ、呻く声を背に呟いた俺は、ようやくやってきた待ち人ならぬ待ち岩に声をかける。
「そこのお前はこいつの見張りを頼む。残りは左右に展開して前方の集団が逃げられない様に包囲してくれ」
「な、何をす……ひっ」
自由にならない身体で抗議しようとした少年は自分の近くまで転がってきたそれに気づくと、悲鳴を漏らし。
「まぁ、そう言うことだ」
俺は、肩をすくめて笑う。さぁ、捕縛劇の始まりだ。
「もう、良かろう」
左右に分かれて転がって行くばくだんいわの行列の残りが殆ど見えなくなった所で、まほうおばばの帽子を拾うと、それに少年矢筒から引き抜いた矢を突き刺し、こちらも踵を返す。
「魔物の襲撃に遭い、全てを退けたものの……と言ったところだな」
証拠の品も確保した。持ち場を離れたのは、報告の為と守るべき対象が「いなくなった」とすれば、説明は付く。守れなかったことを責められる可能性はあるが。それはそれで問題ない。
(冷静さを欠いてくれた方が、策には填めやすいし、不意もつきやすい)
心配事は、全員縛ってロープが足りるかと、女性にもこの縛り方をしちゃうんじゃないかなぁと言う不安だけだった。
ふぅ、我ながら酷い作戦だったぜ。
と言う訳で、まほうおばばの襲撃を退け、ばくだんいわと合流した主人公はいよいよ標的の捕縛に取りかかる。
次回、第二百四十九話「だから君は卑怯者だって言うのさ」