強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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番外編18「集落の夜・前編(勇者視点)」

「鎧を着たまま飛び降りて抱き付くなんて……。下手したらあなたのお師匠様は全体重のかかった鎧の胸甲で顔面を打っていたかも知れませんのよ?」

 

「あぅ」

 

 サラの指摘には返す言葉もなかった。悪かったのはボクだ。その後のことだって、あんなことをするつもりじゃなかったって言ったところで言い訳にもならない。

 

「ごめんなさい」

 

「あ、あの……それぐらいで」

 

「解ってますわよ、エロウサギ。シャルならもう同じ失敗は二度としないと思いますもの。それに」

 

 頭を下げたままのボクをミリーが庇ってくれて、何だかんだ言ってもサラだって優しい。だけど、だけど。

 

(こんなに心配して、気を遣ってくれてるのに)

 

 ボクの頭の大部分を占めていたのは、あの時の、光景だったのだ。

 

(あああぁぁぁあああぁぁああぁぁぁっ)

 

 叫んで、走り出して、そのまま何処かに消えてしまいたかった。

 

(お師匠様に、お師匠様にボク……)

 

 謝りたい、恥ずかしい、申し訳ない、忘れたい、あやまりたい、はずかしい、アヤマリタイ、ハズカシイ。

 

「ボク、ボク……うぅ」

 

 ガーターベルトの一件といい、どうしてこうなるんだろう。ううん、悪いのはボクなんだけど。

 

「……重症ですわね。所でエロウサギ、あっちはどうでしたの?」

 

「あ、そ、その……ごめんなさい。まだ」

 

(っ、そっか)

 

 聞こえてきたサラ達のやりとり。片方はぼかし片方は主語がないのに、自分のこと以外を気にする余裕なんてないはずなのに、解ってしまった。

 

「お師匠様……」

 

 まだ、目を覚まして居ないんだ。あのマシュ・ガイアーさんに似た格好の人が来て、この場所へ連れてきて貰って、だいぶ経つのに。

 

「っ、失言でしたわ。私としたことが……。エロウサギ」

 

「え」

 

「あの覆面の方々に挨拶して来ますわよ? アランさ……アランだけにお任せしてる訳にはいきませんわ」

 

 あいさつ、挨拶かぁ。そう言えば、ボクもまだちゃんと挨拶していなかったと思う。何でも、お師匠様が戻ってこないから様子を見に来たって話だけど、お師匠様をベッドに寝かせられたのも、あの人が来てくれたからだし。

 

「……挨拶ならボクも」

 

「シャルはここに。このお家の間取りですと、一部屋に五人以上は息が詰まりますもの」

 

「けど」

 

「大丈夫ですわ」

 

 駄目だ、また気を遣わせちゃった。

 

「その、お、同じお家の中ですし……何かあったらすぐ伝えに戻ってきますから」

 

「では、ここはお任せしますわね?」

 

「え、あ……うん」

 

 結局押し切られて、二人は部屋から出て行き、残されたのは、ボクだけ。

 

「……お師匠様」

 

 どうすれば、いいですか。どうしたら、許して貰えますか。

 

「お師しょ」

 

「ひぇっひぇっひぇっひぇ、何やらお悩みのようじゃな」

 

「……え?」

 

 誰も居ない部屋で、ただ呟いていたつもりだった。だと言うのに、何処かから声がして。

 

「魔も」

 

 箒に乗ったおばあさんの姿を窓に見つけて、咄嗟に武器を構えたボクへそのおばあさんは言った。

 

「これこれ、身構えんでいい。話は聞いて居らぬかの? わしはこの集落の者と親しくしておる者でな」

 

「親しく? ……あ」

 

 すぐには解らなかったけど、お師匠様が昨晩してくれたお話を思い出すと、確かに思い当たる人がいたのだ。

 

「どうやら話は聞いていたようじゃのぅ。ひぇっひぇっひぇっ、それでわしは医者代わりもしておってな、怪我人が出たというので来て見た訳じゃ」

 

「あ、ごめんなさい! お師匠様の為に来てくれた人にボク――」

 

「ひぇっひぇっひぇ、構いはせぬ。この辺りでは人間を見れば襲いかかって行く方が多数派じゃ、その対応とてまるっきり間違った対応ではないわい」

 

 おばあさんは軽く頭を振ると、続けて言う。

 

「それに、お主の仲間に僧がおるじゃろう? わしに出来るのはベホイミの呪文で怪我を治すことと、薬草を煎じた薬を渡すことだけじゃからのぅ。お前のお師匠様の床に伏している理由が怪我なら、わしが来ようと来まいと同じ事だった筈じゃ」

 

「そ、そんなこと」

 

「よいよい、言わずとも解っておる。まぁ、せっかく来たのじゃからと、薬だけは窓の所に置かせてもらったがのぅ。この集落にはわしの命の恩人の息子や孫が居る。あの時のお客人にはわしも間接的に恩がある、これくらい恩返しにもならぬ」

 

 否定するボクにひぇっひぇっひぇっひぇっと少し楽しそうに笑ったおばあさんは、また首を横に振った。

 

「そこで、何か出来ぬかと少々不作法ながら窓から中を覗き込ませて貰ったところ、何やら深刻そうなお主を見つけたという訳じゃ。この集落に住む者の顔は全て記憶して居る。となれば、見ぬ顔のお主は隣の部屋で寝ておったお客人の連れということになろう」

 

 そして、隣の部屋の方を向いてお師匠様と口にしていれば、その関係を察すのも簡単じゃったとおばあさんは明かす。

 

「悩み事があるなら、このおばばに相談してみぬか? 少なくともお主の何倍も生きて居る、助言が出来るやもしれぬぞ?」

 

「っ」

 

 心の何処かで、渡りに船だと思うボクがいた。同時に、あれを人に話すなんてと躊躇う自分もいた。

 

「うぅ……」

 

 どうしようと迷うとそれさえ見透かしていたかの様に。

 

「ひぇっひぇっひぇっひぇっ、若い内は悩むものじゃて。答えをせかしはせぬ。わしはこのまま窓の外におるでな。決心が付いたら声をかけておくれ」

 

 窓の外から投げられた声へ、ボクはすぐに返事を返すことさえ出来なかった。

 




まさかのまほうおばば再登場。

しかし、看病パートにまで至れず、ぐぎぎ。

次回、番外編18「集落の夜・後編(勇者視点)」

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