強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百五十六話「竜の女王」

「馬……ですな」

 

「馬、ですわね」

 

 魔法使いのお姉さんと僧侶のオッサンが思わず凝視したのも無理もないことだと思う。本来門兵が立っているはずの場所へ佇んでいたのは、どこからどう見ても馬だったのだ。まだ足を踏み入れたばかりだというのに、竜の女王の城は、仲間の度肝を抜くに充分だったらしい。

 

(あぁ、そう言えばゲームでもそうだったなぁ)

 

 そして、原作に忠実であれば人語も話す筈。

 

「お師匠様……これって」

 

「竜の女王の城だからな、そう言うこともあるのだろう。人の常識で推し量るなと言うことだ」

 

 これで驚いている様では、馬が人の言葉を話し出したら、どうなることやら。俺はシャルロットに肩をすくめてみせると、徐に片方の馬に近寄り、問うた。

 

「すまん、一つ訪ねるがここが竜の女王の城で間違いないか?」

 

 と。

 

「ご、ご主人様?」

 

「お師匠様?」

 

 バニーさんはシャルロットと一緒に驚いた顔でこちらを見るが、是非もない。

 

「ええ、ここは天界に一番近い竜の女王様のお城です」

 

 などと馬が律儀に答えてくれるとは、普通思わないだろう。馬に話しかけたら正気を疑われるのが関の山だ。普段から愛情を持って接してる牧場の人とか騎士のような例外を除けば。

 

「「え」」

 

「まぁ、こういうことだな」

 

 我が耳を疑う勇者一向に苦笑すると、俺は馬に向き直る。

 

「竜の女王に謁見したいのだが、可能だろうか?」

 

「……暫くお待ち下さい」

 

 訪ねてみると、暫く沈黙した後、馬は城の奥へ蹄をならして駆けていった。

 

(あぁ、ああいう伝令的な役目も担ってるから馬なのかぁ)

 

 考えてみると至極理にかなっていると思う。

 

「確かこの世界の何処かにしゃべる馬が居ると聞いたことがあってな。騎手も居ないのに馬だけならばもしやと思ったが、案の定だった」

 

 何処かの城か町か村だったと思うのだが、覚えているのは馬の名前だけ。ただ、それでも、馬が喋れることを知っていた言い訳にはなったと思う。

 

「へぇ、そんな話があるんですね。知りませんでした」

 

「もっとも、問題の馬とあの門馬は別人……いや、別馬だろうがな」

 

 シャルロットが向けてくる尊敬の眼差しに後ろめたさを覚えつつ応じ視線を逸らすと、馬の去った方を見たまま俺は腕を組んだ。

 

「ともあれ、謁見出来るかどうかは先方の返事次第だろうが」

 

 ここで謁見出来るかどうかも気になるところではある。ドラゴンに乗ってくることで色々順番をすっ飛ばして辿り着いてしまった身だ。

 

(「ラーミアを復活させていないので、勇者と認めません。光の玉もあげません」なんて言われないとは思うけど)

 

 想定外の展開になっても動じない心構えはしておくべきだろう。

 

(そして、もう一つ確認しておかないといけないこともあるわけだけど)

 

 そちらを確認するには、シャルロット達と居ると不都合がある。

 

(ごく普通に考えると、竜の女王と話が出来たとしても、それはシャルロット率いる勇者一行という形になる可能性が濃厚なんだよなぁ)

 

 何か口実を作って一人だけで女王と話が出来ればいいのだが、即興で思いつくのは、難しく。

 

(うーん……「この城にはエルフが居ると聞いた。初エルフだ、じっくり鑑賞してはぁはぁしたいので一人にしてくれると助かる」とかはまずないとして――)

 

 聞き忘れたことがあるとかそんな感じで謁見の後に一人引き返すのが一番自然で無理はなさそうに思えるのだが。

 

(謁見中に卵を産んで息を引き取ってしまうかもしれないんだよなぁ)

 

 ここは強引に「謁見を申し出たのは俺だからとりあえず俺だけで話してくる」とか言ってしまうべきか。

 

(ただ、女王は病気な訳だし、二度の謁見は渋られる可能性もあるような)

 

 伝令になった門馬が帰ってくるまでがリミットだというのに、考えは纏まらず。

 

「お待たせしました、お会いになるそうです」

 

 非情にも答えを携えた馬は、戻ってきた。

 

「そうか、ありがたい」

 

 表向きはそう答えるしかない。

 

(うむむ、いっそのことシャルロット達の前でも大丈夫な話の持っていきかたを考えてみるべきか……)

 

 方針の転換さえ視野に入れ、歩き出そうとして足を止める。

 

「ところで、謁見の間はどこだ?」

 

「……ご、ご主人様」

 

 一見すると大ボケだが、初めて訪れる城をまるで何度か来たことがあるかの様に歩くよりはマシだ。

 

(はぁ、考え事をしてるとは言え、危うく原作知識に足をすくわれるところだった)

 

 いや、そもそも考え事をしながら歩くということ事態が危険なのかもしれない。ぼーっとしていて、エルフの姉さんが着替えしている部屋に間違って入ってしまうことだってあるのではないだろうか。

 

(ここ最近の出来事を鑑みるに「ありえない、大丈夫だ」とは言いきれないし)

 

 これ以上、変なピンチになってたまるものか。

 

「女王様がいらっしゃるのは――」

 

「ふむ」

 

 馬からの説明を聞きつつ、俺は心に誓ったのだった。

 




許可を得て、主人公はいよいよ女王と会う。

次回、第二百五十七話「提案」

ああ、女王登場させられなかった、ぐぎぎ。

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