「女王様はご病気、お話は手短にお願い致します」
馬の言い添えた言葉で、全く驚かなかったと言えば嘘になる。ただ、やはり、という思いもあった。
(原作だと訪れた時点で命と引き替えにせねば卵を産めないほど弱ってたわけだからなぁ)
この段階で病にかかっていたとしても不思議はない。
「そうか、ならば大人数で押しかけるのも無粋だな。シャルロット、こっちへ。他の皆はここで待って居て貰えるか?」
出来れば病気を口実に一人でお話しして来るという流れに持ち込もうかとも考えたのだが、俺との会話で息を引き取られ、シャルロットがひかりのたまを授けられない展開も避けたい。
(結果的に中途半端になっちゃったけど、シャルロット一人なら誤魔化しようはあるし)
可能であれば竜の女王も助けたいが、流石にひかりのたま無しで大魔王ゾーマを倒すのは難しい。優先すべきは、ひかりのたまの入手なのだ。
「まぁ、ご病気とあらばやむを得ませんな」
「そうですわね」
「……は、はい」
すんなり承諾した僧侶のオッサン他二名にすまんなと頭を下げると、俺は歩き出す。
「行くぞ、シャルロット」
「あ、はい、お師匠様」
呼びかけに返る答えを背にしてドアを開け、小部屋に足を踏み入れるとそのまま通過して部屋の奥から通路へと。
「ここを右か」
通路の先にあった部屋には殆ど踏み込まず、右手にあった通路へと進んで、やがて見えてくる十字路を右に曲がる。
(ってのが、ゲームでの女王の部屋への行き方だった訳だけど)
やはりというか何というか、ここも部屋が増えていた。左右対称の構造はほぼ変わらないし、増えたのは主に部屋だけであり、おまけに馬から目的地への行き方も聞いている。間違える筈もなかった。ただ、ゲームにはなかったドアに出くわし。
「はーい、ちょっと待って下さい。もう少しだけ」
念のためノックした結果、中から帰ってきたのは、鈴を転がす様な女性の声。
「ごめんなさい、さっきまで着替えていて……」
(ふぅ、危ないところだった)
ドアを開けてくれたエルフのお姉さんの弁解に胸中で額の汗を拭う。冗談半分で着替えをしている部屋に踏み込んでしまうかもなんて考えた結果がこれである。
「いや。ところで、女王の部屋は」
「あぁ、女王様のお部屋でしたらこの部屋を抜けた先、十字になっているところ間で進んで、そこを右です」
「そうか、助かる」
どうやらその先はほぼ記憶通りらしく、ドアを開けて顔を出したエルフのお姉さんはメイド服を身に纏っていた。
(うーん、女王の侍女の控え室ってとこかな)
だとすれば、あまりおかしくない位置ではあるが、部屋を通らないとたどり着けないのはいかがなモノか。
「お師匠様?」
「ん? いや、小部屋を通らないと先に進めない構造について少しどういう意図の設計なのだろうと、な」
「ああ、良かった。ボク、てっきりああいう服に興味があるのかなぁって」
「待てシャルロット、どうしてそうなった?」
確かにエルフのお姉さんは見たけど、それは俺にとっての初めて出会ったエルフ、初エルフであったからだ。メイド好きと見られるのは心外この上ない。
(とは言え「初めてのエルフだから、ついジロジロ見ちゃったの、きゃっ」とか本当のことを言ってもお師匠様の株は大暴落だよなぁ)
と言うか、そもそもこれから竜の女王と謁見なのだ。
「とにかく、その話は後だ。病の身で謁見を許してくれた女王を待たせる訳にもゆかん」
あちらに落ち度があるとは言え、エルフのお姉さんの着替えでいくらか時間をロスしている。
「あ、そうでしたね」
「あぁ、行くぞ。では、失礼する」
シャルロットを促すと、エルフの侍女さんに向けて軽く頭を下げ、部屋を通して貰い。
「失礼する、謁見を願い出た者だが」
「お入りなさい」
通路から、声を投げると奥から聞こえてきたのは、女性を思わせる声。
「ようこそいらっしゃいました、私の城に。私は竜の女王、神の使いです」
促されて足を踏み入れた先で声の方を見れば、蹲った竜が頭を上げてじっとこちらを見ていた。
「あ、アリアハンの勇者で、シャルロットと申しまつ」
「俺は、このシャルロットの師をしてるただの盗賊だ。此度は俺達の為に時間を割いてくれたこと、感謝している」
名乗りつつ頭を下げ、更に謁見してくれることへの礼を述べる。
(さてと、問題はここからだよな)
ひかりのたまのことについて切り出すか、それとも。
「勇者、ですか。……もし、そなたらに魔王と戦う勇気があるなら『ひかりのたま』を授けましょう」
俺の迷いに気づいた可能性も否めないが、おそらくはシャルロットが勇者を名乗ったからだと思う。口を開いた竜の女王はシャルロットを見て俺より先に口を開き。
「ひかりのたま……だと?」
「え、知ってるんですか、お師匠様?」
敢えて驚いて見せながらもシャルロットの声には「ああ」と頷いて応じる。
(この流れは拙い)
もし、原作通りであれば、竜の女王はシャルロットにひかりのたまを託し、力尽きてしまう。
「それよりも、だ。……女王、あなたの病を治す方法はないのか? もしあるというのであれば――」
だからこそ、俺は賭に出た。
流れに拙いものを感じた、主人公。
シャルロットの問を脇に置いての賭けとは?
次回、第二百五十八話「賭けの行方」