強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二話「勇者などスルーして」

「うおおおおおっ」

 

 晴れ渡る青空にひしゃげた水色の物体が飛ぶ。スライム・シュートだ。

 

「ふぅ」

 

 条件反射的に思わず蹴飛ばしてしまった最初のスライムはかなりの飛距離をたたき出し、たまたま空を飛んでいた馬鹿でかいカラスと激突して砕け散った。

 

(やっぱこの方がやりやすいよなぁ)

 

 俺としても想定外の形で最初の戦いは終了し、次は呪文でといかないまでもせめて武器で倒そうと思ったのだが、水色の跳ねる最弱モンスターことスライムは俺の予想より小さかったのだ。

 

「これで三本目か」

 

 背の低い魔物に対してまじゅうのつめで攻撃するより蹴飛ばした方が早いという結果は、ハイスペックな身体とスライムの脆弱さの両方が相まってのものであり、別にストライカーを目指している訳ではない。

 

(いっそのこと足に爪を装着してみるべきかな)

 

 全てがゲーム通りとはいかないこの世界だ、装備する武器が一つでないといけないというルールなんて無ければ装備箇所が固定という決まりもない。

 

(いやいや、まずは手堅く二刀流とか……あぁ、夢が広がるなぁ)

 

 厨二病とか言わないで欲しい。これはロマンだ。

 

「そう言えば荷物にダガーがあったな」

 

 盾に隠した形でダガーを持ち、敵の不意をついて斬りつける。急所を突けば一撃なんて特殊効果が付いていた気がするこのダガーなら更に効果的なのではないか。

 

「などと思ったことが俺にもありました」

 

 実際試してみたところ、盾とダガーで左腕が重くなりすぎて、バランスがめちゃくちゃとりづらくなった。

 

(良いアイデアだと思ったんだけどなぁ)

 

 たぶん盾を装備しなければ重量バランスについては解決なのだろうが、チキンな俺に盾を装備から外すなんてことが出来るとお思いだろうか?

 

「『それをはずすなんてとんでもない』である」

 

「ピキー?」

 

 誰に話しているのだろう、俺は。

 

(訝しんでいるのは足下の水色生物のみだというのに)

 

 虚しい、虚しすぎた。

 

「そう、虚しすぎてこのやるせない気持ちを右足に込めてシュゥゥゥゥッ!」

 

「ビギィィィィィィ?!」

 

 悲鳴の尾を引いた水色生物が幻のゴールネットを突き破って何処かへ飛び去る。これで四点目だ。

 

「はぁ、とりあえず呪文の確認に移るか」

 

 蹴り飛ばされたスライムが落としていった薬草らしきモノを回収すると、俺は片手を前方に突き出す。

 

「天と地のあまねく精霊達よ……我が呼び声に応え以下省略」

 

 ゲームやアニメ、漫画と作品ごとに詠唱が違ったりいい加減だったりしていた記憶があるので、詠唱についてはあくまでイメージを助ける補助的な意味合いなのではないかという見解に基づき、呪文にはアドリブを入れてみる。

 

「ヒャドッ!」

 

 我ながら酷い詠唱だったにもかかわらず、手の前で形成された氷の固まりは弾丸のように草原をかっ飛んでゆく。

 

「よ、よっしゃぁぁぁっ」

 

 いきなりの成功だ。思わずガッツポーズをしたとしても誰が責められよう。

 

(次は無詠唱というか呪文名だけで発動するかのチェックかな)

 

 作品によってはこれだけで発動してるモノもあるので大丈夫なんじゃないかと思いつつ俺は検証し、実際「バギ」の一言だけで生じた風は草の葉を斬り散らした。

 

(あー、まぁ流石にこの大陸でこれだけ出来るなら身の危険はなさそうだなぁ)

 

 冷静になって考えてみれば、ラスボス戦レギュラーメンバーという高スペックの身体をもっているのに最弱レベルのモンスターしか居ないこの場所で俺は少々ビビリ過ぎていたのかも知れない。

 

(足も速そうだし、最悪戦わなくてもひたすら逃げてればいいし)

 

 ゲームのように敵が無限に湧くかも定かでない。大量虐殺やらかして何らかの悪影響が出てから後悔しても遅いのだ。

 

(あの水色生物達は貴い犠牲だったとして)

 

 今日一日ぐらいは心に留めておこう。ありがとう、すらいむさん。

 

「さて、冒険の始まりだ!」

 

 目指すは岬の洞窟。今居る草原の先、川にかかった橋を渡り南西、森の中に入り口があったのは覚えている。

 

(勇者が足を踏み入れる初めの洞窟だよな、感慨深い)

 

 俺が足を踏み入れるのは最初の宝箱までだ。

 

(中身は革の帽子だったかな?)

 

 やくそうだった気もするあたり、やっぱり記憶は劣化するものなのだと実感する。

 

「結構時間を消費してしまったし、急ごう」

 

 この身体の持ち主がルイーダの酒場に居たのは昼食をとる為で、その後道具屋で買い物し、スライムを蹴ったり呪文を使ったりしていたのだ。

 

(そもそも、ゲームならともかくこの世界だとそれなりに歩くことになりそうだしなぁ)

 

 のんびりしていて日が沈んでしまったでは拙い。今日の宿も決めていないのだから。

 

「って、そうだよ宿だよ」

 

 勇者と鉢合わせすることがないようにしたいところだが、アリアハンの滞在を避けて次の宿屋があるレーべにまで足を伸ばしてもそっちで勇者と会わない保証はない。

 

(バラモスが倒されてないだけでなくダンジョンまで初期化されてるとすれば)

 

 先に進む為必要となる魔法の玉を手に入れる為レーベへやってくる可能性は捨てきれない。

 

(解錠魔法のアバカムがあればショートカット出来るんだっけ?)

 

 ゲームの記憶をしっかりと覚えていればこういう時悩まなくて済むのだが、今更後悔しても後の祭りだ。

 

(まぁ、勇者はルーラ使える筈だし俺のことは諦めて一気にバラモス城まで乗り込んでくれると良いんだけど)

 

 ダンジョンがリセットされているなら、勇者側のルーラで飛べる場所まで白紙になってるかもしれない。

 

「って、ちょっと待てよ……このまま洞窟いくとそこで勇者と鉢合わせる可能性まであるのか」

 

 時間を無駄にして良かったかも知れない。

 

(怪我の功名かな。呪文の確認せずに洞窟直行してたらどうなってたことか)

 

 自分の馬鹿さ加減に思わずため息が出るが、気づけてラッキーだったと思おう。

 

「こんなこともあろうかと、今の俺にはこの呪文がある、レムオルッ!」

 

 パーティーの姿を透明にするという割と使いどころのない呪文だったが、俺としてもこんなところで使うことになるとは思わなかった。

 

(念には念を入れよう)

 

 足音を立てないよう忍び足で歩き出し、俺は改めて洞窟へ向かう。

 

「はぁ」

 

 さっきまで「はじめてのじゅもん」にピーク近かったテンションは随分と落ち込んでいたのだった。

 

 

 




とりあえず、呪文が使えることを確認した主人公。
魔王はまだ遙か遠く、警戒すべきはむしろ勇者。

果たしてこのまま逃げ切れるのか。


と言う感じで続きます。

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