「落ち着いたか?」
「……は、はい。えっと……」
「っ、すまん」
行き場の無かったモノもある程度発散出来たのではないかと思う。俺はモジモジするシャルロットの視線の先に自分の手があったことに気付き慌てて腕を引っ込めた。
(そりゃ、いつまでも置いておいていいモノじゃないしなぁ)
ただ泣いている時背中をさすっていた名残なのだが、セクハラは拙い、バニーさんではあるまいし。
(と言うか、まだ潤んでる勇者の目とかちょっとまだ紅潮したままの頬とか反則すぎる)
罪悪感が二割り増しや三割り増しも当たり前である。
「……実はシャルロットに話しておきたいことがある」
この空気では、言い出しにくいことこの上なかったが、もう決めたことだ。
「……ボクに、ですか?」
俺が真剣な顔をしていたからだろう。シャルロットは姿勢を正すと、手を膝の上に載せて見返してきた。
「あぁ、これからのことにも関わってくる話だが……俺はお前達に黙っていたことがある」
「黙っていたこと?」
「そうだ」
オウム返しに勇者が聞いてくるが、ここまでは良い。問題は、どこまで話すか。
「ところで、シャルロットはバラモスについてどう思う?」
「えっ?」
思わせぶりに言っておいて、急に話題を変えきょとんとしている勇者に俺は説明する。これまで考えていた仮説の一つをあくまで仮説と前置きした上で、だ。
「俺がバラモスであるならば、今のお前は無視する。世界を支配すべく活動する方がよっぽど重要だからな」
俺の見立てで、シャルロットのレベルは高くても十台前半と見ている。幸せの靴を履かせた例の「しゅぎょう」で底上げしたからだが、バラモスが脅威と見るにはほど遠いだろう。
「うぅ」
「そう落ち込むな、むしろ今は無視して居て貰わねば困るところなのだからな」
はっきりというのは、残酷だし罪悪感でいたたまれなくなってくるのだが、この師匠キャラをいきなり崩す訳にも行かない。
「今この大陸はロマリアに至る道が閉ざされ、言わば隔離された状況だ」
逃げ場の無い状態であり、バラモスが勇者を危険視し、排除を優先しようとすれば、このアリアハンに集中させた戦力をぶつけてくるだろう。
「このレーベにしても大して強力な武器は置いてない、バラモスが本気で襲ってきたらどうなると思う?」
「それ、やっぱり……村を」
「ああ」
わざわざ勇者だけを狙って村をスルーする理由など無い。
「勇者一行の隠れ場所になる可能性だってある、むしろ優先的に潰しにかかってくるだろうな」
アリアハンと地域を限定出来ることで戦力を集中させることの出来るバラモス側から見れば村一つ滅ぼすことなど造作もないだろう。
「逆に言うと、ロマリアに到達し、お前達がどこに行くのか解らなくなってしまえば例外はあるものの『戦力を集中させて潰す』と言う方法はとれなくなる」
予定では人型の敵、つまり「まほうつかい」と戦うことになるのはこのレーベでロマリアに続いている「いざないの洞窟」の封印を解く「魔法の玉」を手に入れた後のことになる予定だった。
(対策も考えていたんだけどなぁ、まぁこうなっては意味ないけど)
人前で呪文を使わずに居たのも最初は、その為の布石だった。
「つまり、俺は自分の役目を『お前を独り立ち出来るところまで鍛え、ロマリアまで連れて行くこと』のつもりで居た」
「えっ」
最初は魔王討伐に付き合わされることから逃げる為だった。逃げる方法も五つほど考えていた。
(「魔法の玉のスペアや試作品を貰ったことにし、勇者がピンチになった時、それを使ったことにして極大爆裂呪文であるイオナズンで敵を吹っ飛ばし、自分は自爆したことにしてフェードアウトする」か)
当初はこのピンチこそ「まほうつかい」との初遭遇のつもりで居たのだが、むしろこのことについては予定が狂ってくれて良かったのかも知れない。
「過去形だ。『居た』と言っただろう? そこで俺のお前達に隠していたことがあるという話になる」
借り物の身体、そもそも勇者が俺になついているのだって俺が師であり、父であるオルテガを重ねてみていると言ったところだと思う。
(だから、俺も師として放っておけないだけなんだ)
まだアリアハン。地下世界のアレフガルドやバラモスの居城ならいざ知らず、もう暫く同行したとしても支障はない。
「お前と直接手合わせしたことはなかったな、シャルロット?」
「え、あ……はい」
「手加減というモノをした経験があまり無いのも理由の一つだが、あれは俺が全力を出すのを避けていたからでもある」
理由は先程言ったとおりだと述べて、俺は言葉を続ける。
「もし俺に旅の仲間としてこの先同行して欲しいというのであれば、しばらくの間全力は出せない。他の仲間が同行しても変わりない程度に手を抜くし、装備にしてもお前達のモノに合わせたグレードのものに取り替える」
一見バラモスへ目をつけられない為の対策に見える条件だが、これは俺がこの身体をきちんと使いこなせるようになる為の訓練が主目的だ。
「師として同行を望むのであれば、俺が同行するのはお前が一人前になるまでだ。無論、バラモスに目をつけられない程度に手を抜くのはかわらん。手を抜かずに済む頃には既に一人前になっているであろうしな」
後者を選んでくれればバラモス討伐に付き合わされずに済む。
(卑怯だよな、結局自分じゃ決めかねて勇者に判断を委ねてるんだから)
勇者に決められたからと言ういい訳。シャルロットがあれほど辛い目にあったのだからとか言いつつ、結局覚悟が決まっていないのだ。
「決断はすぐにしろとは言わん、どのみちロマリアまでは一緒に行くことになるからな」
後ろめたさを隠す為、勇者から顔を背けて俺は言い。
「ううん。お師匠様、ボクは決めてたから」
勇者は頭を振る。
「弟子にして下さいって言ったのは、ボクだから」
頭を振って「お師匠様」と俺を呼んだところで、もう解っていた。勇者がどちらを選んだかなど。
「そう、か」
すぐに別れる訳でもない。まして勇者が選んだというのに、俺はそう答えるのがやっとだった。
勇者の選んだ道はやがて別れに至る道。
安堵以外のものを抱えて主人公は、自問自答する。
そして、ここでも呪文を使えることを明かさなかった意味とはバラモス対策以外にも他にあるというのか?
次回、第二十八話「結果は覆らない」
覆らないならば、後は――。