「お師匠様……」
「言うな、シャルロット」
宿に戻るの追いかける様にして届いた物体を背に、窓の外を眺めていた俺は頭を振る。
「『絵だけでは不安に思い、立像も送っておく』というのはまあいい」
焼き物の像は、衝撃に弱そうだが、この世界の重要アイテムには鏡や壺と言った壊れ物もあるので、壊さず運ぶ方法は確立されていると思うので、それは良しとしよう。
「だが、流石にあれは予想外だった」
振り返れば、部屋のテーブルの上に鎮座しているのは、ヒミコ風の埴輪。
(いや、よくよく考えてみれば「出発した後絵を確認したら浮世絵もどきだった」なんてオチになって頭を抱える可能性があった訳で、そう言う意味合いでは出発前に気づけて良かったけど)
おろちの化けているヒミコのモデルになった方は弥生時代の人だ、ならば像が土偶とか埴輪だったとしてもおかしくはない。
(おかしくはないけどさぁ、せめて日本人形のレベルにならなかったんですかと小一時間問い詰めてみたい)
もっとも、屋敷にお邪魔するにはもう遅い時刻なので、諦めざるを得なかったが。
「しかし、こうなってくると絵の方も不安だな」
「ふむ、もっともですな。しかし、こういう時こそあの娘が居れば良かったのですが、ままならんものです」
「あの娘?」
俺が聞き返すと、僧侶のオッサンがあげたのは、いつぞや挨拶代わりにと「司祭様×アランさんのお話」を差し出してきた腐った僧侶少女の名だった。
「挿絵も自前で描いておりましたから、絵の腕前だけは確かなのですよ」
補足する僧侶のオッサンの顔は賢者にでもなれそうな程悟りを開いたかのような表情で、ちょうどあの腐った少女僧侶の趣向を知った直後に見た顔と重なった。
(そうか、あの時僧侶のオッサンがあんな顔をしたというのは、将来賢者になると言うことを……って、んなわけあるか!)
そんなどうしようもないことで運命が決まっていた何て思いたくない。
「まあ、無い物ねだりをしても仕方あるまい。俺の使っていた盾に女性の顔があるから、後で刀鍛冶のところにでも行ってあの盾を見せ、女性の顔部分をおろちの顔で再現したレプリカを作って貰える様、頼んでおこう」
みかがみの盾の中央が実写的な女性の顔を模した物になっていて、本当に助かった。
「もっとも、一日二日で出来るとも思えん。イシスでの候補者捜しはあの埴輪と絵を使うか、もしくはあれらを無かったものとして行うしかなかろうな」
上手くいったと思ったら出だしで躓いてしまった感があるが、イシスは実際おろちが立ち寄った場所なのだ。
(大丈夫だよな、イラストなんてなくても)
と言うか絵を見る前に埴輪を見てしまったので、絵を見るのが怖い状況でもあるのだ。
「まあ、絵のことはもう良いとして、イシスでの活動だが……流石に聞き込みへ魔物を連れて行くのは拙かろう。いちいち格闘場に預けると手間もかかるしな」
ここ数日完全に空気になっていった赤い動く鎧はこのジパングに残して行くようシャルロットへ言い。
「お師匠様、それじゃこの子も?」
「ピキー?」
「……そう言えばいたな、お前も」
と言うか何処に居たとツッコミたくなったのは、シャルロットの荷物袋から顔を出す灰色生き物。
(確か、サイモンと合流する時にシャルロットの道具袋に入っていて……)
最後に見かけたのは、アークマージのおばちゃんに会う直前だった気がする。
「とりあえず、メタルスライム一匹ぐらいなら荷物に入れて大人しくしている分には問題あるまい。暫く姿を見なかった気もするが、袋の中で大人しくしていたのだろう?」
「え、えーと……」
「シャルロット?」
なぜ、かくにんしたら め を そらすんですか、しゃるろっと。
「……そ、そう言えば、あの時ご主人様は」
「ちょうど居ませんでしたわね」
「あの時?」
顔を見合わせたバニーさんと魔法使いのお姉さんへ視線をやってオウム返しに問うと、俺が居ない間にこの灰色生き物少々やらかしたらしい。
「まぁ、半分は勇者様のミスなのですがな。荷物にメタリンが入っているのを忘れたまますごろくの盤上にあがってしまって」
「すごろくの最中に目を覚ましたメタルスライムが外に出てしまってちょっとした騒ぎになりましたの。一応、わざとでないので、その一回の挑戦は無効という形ですごろく場の方とは話が付いたのですけれど」
「シャルロット?」
「はは、あははははは……」
俺が視線を戻すと、ドジッ子勇者様は灰色生き物入りの袋を持ったまま、ちょっと引きつり気味に笑っていた。
「とりあえずそのメタルスライムは留守番だな」
「ピキー、ルスバン?」
灰色生き物は微妙に解っていない風味だったが、成り行き次第で単独挑戦が絶対条件のダンジョンを攻略する可能性もある以上、連れて行くのは問題だった。
(地球のへそ攻略する時に荷物に紛れて付いて来られでもしたら洒落にならないもんなぁ)
そも、シャルロットだけならともかくおまけまで居ると、エリザと合流した時内緒話がし辛くなる。
「シャー、ルスバン、白イノ被ッタカラ?」
「えっ?」
「ピキー、白イノ被ッテ、マスノ上、オッ駆ッ」
「ちょっ、メタリン、駄目っ」
慌ててシャルロットが灰色生き物の口を塞ごうとしたが、何かもう色々遅すぎた。どうやら灰色生き物は、また人様の下着を被って駆け回ったらしい、しかもすごろく場の盤上を。
「それで挑戦一回無効で話が付いた訳か」
魔物とはいえ、本来一人で挑むはずのところに仲間を連れ込むとかとんでもないイカサマ行為である。多分故意ではなかったことと、灰色生き物にやらかされたシャルロットを哀れんで恩情をかけた故の決着だったのだろう。
「うぅ、誤魔化せると思ったのに……」
がっくりと崩れ落ちるシャルロットに、あれでは無理があるとツッコミを入れるのは流石に空気を読んで自重した。
「しかし、そんな目に遭っておいて何故そのメタルスライムを連れて行こうと思ったんだ?」
「それはですわね――」
俺にとってその点がまず疑問だったが、すぐに魔法使いのお姉さんが説明してくれた。
「成る程、呪文を相殺する合体技か」
切り札を確保しておきたいというなら、シャルロットが連れて行きたいと思っても仕方はない。
「それに、メタリンがいれば、おろちちゃんのお婿さん候補が見つかった時、すぐに模擬戦できますし」
「……そこまで考えていたと?」
どうやら、今回は俺の考えが浅かったらしい。
「解った、ならばもう何も言うまい」
「じゃ、じゃあ」
「ああ、前言は撤回する」
こうしてシャルロットのおまけに灰色生き物を連れて行くことを承諾した俺は、この晩ジパングの宿に泊まり。
「じゃあ、ミリーにアランさん、サラも気をつけてね?」
「そちらこそ、と言いたいところですけれど盗賊さんが居る時点で窮地になんて陥りようがありませんわね」
「うん。じゃあね、サラ」
翌日の朝、魔法使いのお姉さんと言葉を交わしたシャルロットは笑顔で頷くと挨拶を終えてこちらへ歩み寄り。
「それじゃ、お師匠様」
「ああ」
「ルーラ」
シャルロットの完成させた呪文によって俺達の身体は空高く飛び上がったのだった。
ぎゃああっ、伏線回収は出来たけどイシスにたどり着けなかったーっ。
次回、第二百六十六話「候補者を捜して」
最初土偶と迷いましたが、埴輪にしておきました。