「善は急げだ」
というのとは少し違った気もするが、時間をあまり無駄に出来ないのは事実でもあった。
(急げば……まだ、間に合うはず)
それは、一刻も早くおろちの婿になる可能性を消し去りたいとかじゃなくて、竜の女王が逝く前に我が子の親代わりとなる二人と対面させたかったから。
「シャルロット、しあわせのくつはどこにある? やはりアリアハンか?」
「ええと、一個はそうですね。アリアハンに残留した人達で使い回してると思いまつ」
素の格好で外に出ると大変なことになると学習した俺とシャルロットは日差しが強い時用に被るという使用人用のフードと外套を借り、着替える時間さえ有効活用しようと羽織りつつ言葉を交わしていた。
「待て、一つは?」
「あ、はい。サハリさんはサラ達とスレッジさんに修行を付けて貰ってアリアハンでの修行は必要なくなったからって、返して貰って……サラの手を経由して今はボクの持ってる袋に」
「でかした」
そう言えば元祖せくしーぎゃると一緒に連れ回したメンバーに居た様な気もしたなぁなどと思い出しつつも、口から出たのは、賞賛の言葉。
「あの靴を履かせれば、些少効率も上がるだろう。我が子の未来を託す相手、竜の女王とて見知っておきたいだろうからな。何としても短期間でドラゴラムまで会得させる」
「お師匠様……」
言葉にも決意にも嘘はない。
「このまま俺は道具屋に寄ってバラモス城へ乗り込む支度をしておく。先程話した伝言等は頼んだぞ」
「はい。では、言ってきます」
まだ確認した訳ではないが、イシスの格闘場に発泡型潰れ灰色生き物をてなづけた魔物使いが何人も居るとは考えにくい。
(となると、やっぱり俺とシャルロットで出向いて確保してくるしかないよな)
別方向へ歩き出したシャルロットを視界の端に入れつつ、俺は考える。発泡型潰れ灰色生き物を確保してくる間、マリク少年には格闘場でシャルロットの荷物袋に入っていた灰色生き物と模擬戦をして居て貰おうという訳だ。
「イシスに残して行くあの少年は問題ないとして」
やはり、そうなってくると問題はバラモス城へ行く俺とシャルロットか。
(スレッジになる訳にはいかないけど、それ以前にドラゴラムは殲滅しかできないもんな)
仲間にするには殺さずに倒す必要が出てくる。
(毒針の二刀流……は流石に急所に命中したらやばいし)
かと言って、地道に倒すのは効率が悪い。
(元親衛隊と接触、同行して貰いその手引きでと言うのがベストなんだろうけれど)
親衛隊の内、人の姿をしていない者は殆どがジパングへ移住してるし、エビルマージ達はカナメさん達と一緒にダーマへ行った筈だ。
(どう考えても、探しに行ったら時間をロスするよな)
ジパングの方に関しては、こちらが戻ってきたことを聞けば、おろちが飛び出して来かねないという意味でめんどくさいことにもなりそうだ。
(うーん、一応無事ダーマを見つけて転職してるとしたら、合流出来れば転職したメンバーのレベル上げになって一石二鳥ではあるか)
そう言う意味で、レタイト達との合流には一考の余地がある。
(バハラタ経由でバラモス城に行くとしたら、ルーラの回数で一回分。場合によってはバニーさん達との合流も叶うか)
ただし、所要時間が延びるのは、マリク少年と灰色生き物との触れ合いの時間が延びるのと同意義だった。
(あの灰色生き物をシャルロット無しで放置するのは、非常に不安なんだよな。その期間が延びるというのは、うん)
とてつもなく不安だ。
(けど、いっそのこと灰色生き物もこちらに同行させて、マリク少年の模擬戦の相手は、格闘場に所属する魔物使いの皆さんに手配をお願いするというのもなぁ)
マリクは王族である、下手に怪我をさせたら大問題になるとお断りされるかもしれない。
(まぁ、それについては一応の対策を考えてはいるんだけど)
悩みつつもシャルロットと別方区に歩いていた俺は、とある店の前で立ち止まるとカウンターへと歩み寄った。
「店主、この店には覆面は置いていないか?」
わざわざ訪ねたのは、他でもない。
(モンスター格闘場って、確か人間も出場してた気がするんだよね)
そう、ジーンのように人でありつつモンスターへ分類される存在が出場を許されていた気がするからだ。
(あの少年は魔法使いだけど、ああ言うのに参加する人の呼称って普通剣闘士になるよな)
王族が拙いなら、ただの覆面剣闘士Mってことにすれば良いじゃない。
(まぁ、簡単な理屈だよね)
ツッコミは認めない。
(魔物としては「まほうつかい」ってことにしておけば、危険な魔物をぶつけられることもないだろうし)
ぶっちゃけ、マリク少年にバラモス城まで五足労願うのが一番早い気もするだが、王族が数日行方知れずになるのは流石に拙い。
(けど、格闘場なら自宅から通えるもんな)
そもそもが、これはあの灰色生き物でマリク少年の相手が務まらなかった場合に備えた対策だ。
(となると、鍵はあの灰色生き物が何処までシャルロットにちゃんと調教されてるか、だなぁ)
下着をかぶって走り回っていたことを思い出すと猛烈に不安だが、そこは飼い主のシャルロットを信じるしかあるまい。信じるしか。
「ところで店主、この辺りでかしこさのたねと言うのを見たことはないか?」
「かしこさのたね、でございますか?」
「ああ、普通の店では売り物に出していない貴重品だとは思うが、少々値が張っても手に入れたくてな」
だが、対策をしておいても損にはなるまい。
「そうですな、うちでは扱っておりませんが、先日の品不足で貴重な品を手放したと言う方があちらに住んでおられた筈です。その方なら、何かご存じやも」
「すまんな」
俺は店の品を幾つか余分に購入することで、有用な情報を手に入れ、僅かな寄り道を決意する。
(貴重な品、か。まぁ過度に期待しない方が良いとは思うけれど)
それでも何処かで期待する自分が居たのは紛れもない事実だった。
マリク、まさかの格闘場デビューか?
次回、第二百七十一話「交渉と確認」
全ては、メタリン次第。
やっぱ、不安しか感じない。
そして、買い物の途中で主人公が耳にした「貴重な品」とは?
がーたーべると、ってオチじゃないと信じたい。