「ここまで来てしまったか」
途中でシャルロットと出会うかと思ったが、そんなこともなく気づけば格闘場の前。
(やはり難航してるってことだよなぁ)
どちらかが食い下がっているのか、それとも。
(とにかく、行ってみるしかないか)
待っているよりもシャルロットへ加勢すべきだろう、ここは。無人の入り口をくぐり、階段を下りた先。
「いらっしゃいま」
「すまんな、今日は客じゃない。ここのオーナーは来客中だろう? その連れでな、通して貰えると助かる」
フードと外套のまま素性を明かさずオーナーに会えるとは思わないし、こちらがお願いをするのにシャルロットが自分の身元を隠したままとも思えない。
(なら、こっちも顔を見せれば――)
バラモスの軍勢を撃退した後の式典でも表彰されたし、おろちにOHANASIする為にこの格闘場には足を運んでおり、オーナーや従業員にもある程度面識はあった、だから。
「あ、あなたは……どうぞ、こちらです」
顔パスでも不思議はない。
(とりえず、これでシャルロットのところまではいける訳だけど)
問題はこの後だ。シャルロットのお願いにOKを出していないオーナーを何とか説き伏せなければ、マリクを鍛える場所が確保出来ない。
(説得は必須、ただどう話を持って行くかについてを決めるには情報が足りないんだよなぁ)
口を挟むなら、話し合いの場にお邪魔して状況を把握してからになるだろう。
「そうすんなり納得して貰えるとは思ってませんよ、でもね」
「そこを何とか――」
噂をすれば何とやらとは、少し違うか。
「今のは」
「はい、オーナーの部屋はあちらになります」
聞き覚えのある声に視線で問えば、案内してくれた従業員は頷き、声の漏れてきた扉を示す。
「どうやら取り込み中の様だな。もっとも、その取り込んでいる内容について用があり来た訳だが」
ここで聞き耳を立てるのも状況把握には良いかもしれないが、そんなまどろっこしい真似をせずとももっと良い方法がある。
「どうだ、話はついたかシャルロット?」
徐にドアへ近寄ってから、二度程ノックして扉の奥へ問いかける。
「お、お師匠様」
「鍵は開いているな?」
空いていなくても解錠呪文をこっそり唱えるなんて手もあるが、敢えて確認してからノブに手をかけ、回して押す。
「あなたは――」
「すまんな、取り込んでいる様だが、敢えてお邪魔させて貰おう」
いかにも真打ち登場と言った不敵さを演出しつつの乱入。交渉には時としてハッタリも重要だと思う。
(とりあえず、これでオーナー側のプレッシャーになってくれれば、些少なりともシャルロットへの援護になるはず)
そして、オーナーが気圧されて居る間に二人のやりとりを聞いて状況を把握し、ここぞというタイミングで口を挟む。
(まぁ、情報がなきゃこっちは下手に動けないし無難なところだろう)
情報を収集して、切る札を決めればいい。
「お師匠様、すみません」
「気にするな。邪魔するとは言ったが、言葉のあやだ。交渉を続けると良い」
恐縮するシャルロットに頭を振ってみせると、俺は手振りを交えて話を続ける様促し、壁際に移動する。
(さてと、まずは言って良いことと悪いことだけでも早めに把握しないとな)
シャルロットが伏せてる情報があるとすれば、それを俺が暴露しては拙い。
(格闘場を使わせて貰う人物の身分、そして名前。「剣闘士M」で話を進めてるなら、王族の意思ですで説き伏せるのは不可能な訳だし)
部屋の外で聞いた会話からすると、オーナーはシャルロットへ諦めて貰おうとしているようだったが、あれはトレーニング用スペースの使用者を王族だと明かしたからか、その逆なのかでも話の持っていき方は変わってくる。
「こほん、ええと、それでは話を続けましょうか」
「はい」
咳払いしたオーナーと首肯を返して真剣な顔を作ったシャルロットの双方を見つめつつ、俺は始まる話へ耳を傾けた。
「……お話を聞くに、その方はまだ子供でしょう? いくら当方としましても」
「ふむ」
話を聞き、とりあえず理解したことは、オーナー側がマリクの年齢に難色を示したということだった。
「ですけど、先日の防衛戦にだって同じ年齢の人が参戦していましたし」
「確かにそうですが、国家存亡の危機と同列にして頂いても」
だが、おそらくマリクの年齢については口実でしかなかったのだと思う。
「格闘場では『ベビーサタン』だって戦ってるじゃないか。赤ん坊は良くて子供は駄目なのか?」
などと発言したら、きっと空気が読めてない人扱いされること請け合いだろうが。
(年齢か、シャルロットと比べると二歳違いだし、こういうファンタジーな世界って年齢の敷居だいたい低くなってる筈なんだけどなぁ)
酷い時は年齢一ケタで魔物と殺し合いをしているモノもあった気がする。
「オーナー。 一つ質問だが、年齢が問題なら保護者というかコーチ役の人員を一人付ければ問題ないのではないか?」
「お師匠様?」
流石にこのタイミングでの介入はまだ早い気もしたし、シャルロットも驚いて振り返ったが、平行線を辿ってしまうよりはマシだろう。
「シャルロット、このイシスを守る為戦ったなら、一緒に戦って面識のある戦士や兵士はいないのか? そう言った人物に監督を頼めば、良かろう?」
我ながら即興の案では悪くないと思う。出来ればクシナタ隊のお姉さんをつかまえてコーチをお願いしたいところだが、大まかな現在地しか掴めない面々が殆どで、確実につかまる保証もない。
(そもそもルーラで往復するとどうしても時間がかかるからなぁ)
移動に日数をロスするのも痛い。このイシスで合流出来る可能性も0ではないだろうが、マリクを見つけたときのようなミラクルというのは滅多に起こらないものなのだから、アテにしては足下をすくわれる。
「知り合い、ですか。うーん、兵士長さんは忙しいと思うし、そうなってくる……と」
「ん?」
ただ、俺にとって予想外だったのは腕を組んで考え始めたシャルロットが唐突に固まったこと。
「どうした、シャルロット?」
この時、俺は忘れていたのだ。
「うぅ……」
顔を赤くしてシャルロットが何やら葛藤し始めた理由を。
まぁ、こういうタイミングでやらかさないと主人公じゃないわな。
次回、第二百七十三話「やっちゃったぜ」
主人公、奴はどこまで迂闊なのだ。