今回、次回のお話は冒頭の回想シーンという形で語られます。
初っぱなに結果が来ておりますので、ご注意下さい。
「はぁ」
どうしてこうなったと言う呟きを声には出さず漏らして、見つめる先は二人部屋の天井。
「えへへ、お師匠様ぁ」
右腕を挟み込むのは嬉しそうな寝言を口にしたシャルロット最強の凶器。
(いや、まあ……これもある意味俺の自業自得な訳だけど)
ダブルベッドに寝ころんだ片腕は完全にロックされていて、動かしようもなく。
(シャルロットと寝るのはこれが初めてじゃないけど、こう、何というか)
あの時とは、僧侶のオッサンが勘違いした時はこんな状況にはならなかった筈なのに。
(とりあえず、原因究明から始めよう)
俺は右腕の感触を意識せぬ様にする為にも記憶の過去へと意識を遡らせた。
「あそこにしましょう、お師匠様」
あれは元民家での謝罪に失敗し、宿を探し始めていた時のこと。
「そうだな。しかし、この格好で宿屋に行くのは訝しまれないか? 使用人なら主の屋敷に泊まり込みが基本だろう」
「それなら大丈夫ですよ、お師匠様」
一軒の宿屋を見つけ、そうシャルロットが俺の腕を引いた直後、疑問を口にした俺にシャルロットは自信ありげに胸を張った。これまで落ち込んでいた様子が行方不明だが、どういう心境の変化があったのかは解らない。
(とりあえず……外套の下に鎧を着ていてくれた助かった)
もし、鎧がなかったらかつて水色生き物だと思ったモノがこれでもかと自己主張してきたと思うから。
「まず、食事だけすればいいんです」
「そうか、食事だけなら確かに不自然さはないな」
主人のお使いのついでと言うことにしてしまえば、とりあえず空腹を満たすことは出来る。
「宿を取るのはその後にする訳だな?」
「はい、マリ……あの方がお部屋を用意して下さってるかも知れませんし、その逆にお屋敷ではメイドさん達が居て出来ない話があるかも知れませんから」
まずはマリクに話を通そうということだろう。
「そこまで考えているなら、俺に異論はない」
確か、感心してこの時全てをシャルロットへ任せてしまったのが、きっと一つめの失敗だったと思う。
(しかし、このやる気は何だろう?)
元気を出してくれたのは、ありがたいのだが、シャルロットが何をどうしてそうなったのかがよくわからない。
(けどなぁ、何だかここで当人にどうしたと聞くのも……)
やる気に水を差しそうだし、同時に墓穴を掘り抜いてしまう気がして躊躇われたのだ。たぶん、これが二つめの失敗。
「ええと、ボクはこれと、これ」
「承知致しました。……そちらのお客様は?」
「ん? そうだな……では、俺はこれを貰おう」
シャルロットの豹変を訝しく思いつつもそちらに気をとられ、宿の食堂で料理を聞かれたことで我に返った俺は、たまたま目に付いたメニューを注文し。
(うーん)
やはり腑に落ちなくて、ただ考えていたと思う。
「お待たせしました」
「うむ」
料理が来ても生返事をして、視界に入ってきた料理を食べてはシャルロットを盗み見て、考え。
「あ、このお肉美味しい」
「ふむ」
割と平常モードに近い様に見える反応へ、唸る。
(こちらを気負わせない為の空元気、に見えないこともないけど、何だか違う様な)
もし、空元気であるなら俺は更に反省するべきなのだろうが、責任逃れをする気はないものの、空元気とはどうも違う様に思えて、困惑する。
(と言うか、タイミング見つけてきちんと謝りもしないとなぁ)
シャルロットの提案通りに動くなら、食事が終われば一度マリクのところへ戻ることになる。老人が金銭と引き替えに譲ったという貴重な品についてもその時話を聞くことは出来るだろう。
(そして、報告と今後についての話し合いを終えた後、部屋を取りに宿へ引き返すか、コーチ役になりそうな人間を望みは薄いけど現地調達出来ないか探してみる感じかな)
謝るなら早い方が良いが、このイシスでは有名人であることを鑑みるに、人の目があるところでの謝罪は拙い。
(やっぱり、マリクのところに戻ってからが良いか。屋敷に部屋を借りられればその部屋で、宿を取るなら客室でにしておけば誰かに見られることもないし)
先程謝罪に失敗した場所の様に人の目から死角になる場所だって、こちらの都合に合わせて存在してくれる筈もない。
(損傷した家屋は町の外側に集中してるもんな)
マリクの屋敷は王族だけ会って城下町の中心部、魔物による被害が尤も少なく、空き家も微少なのだ。
「ごちそうさま。おじさん、美味しかったよ」
「ありがとうございます」
(あ)
食べ終わったシャルロットと店主の会話を聞きつつ、匙でナスと挽肉のトマトソース煮込みを口元に運んでいだ俺は、この時ようやく気づいた、のんびり食べ過ぎていたことに。
(だああっ、反省しなきゃいけない側からっ)
パンを千切って煮込みを嚥下した後の口に放り込み、もう一度煮込みを匙ですくって、パンと交互に片付ける。
(これで、メインは終わりか)
上の空で頼んだのがコース料理だったせいで、まだデザートとお茶が残っているが、この身体は素早さが売りの盗賊なのだ。多分、不可能はないと思う。何でこんな所で一人早食いやらなきゃいけないんだ、と思いもしてはいたけれど。
「すまん、待たせたな」
身体の素早さに感謝しつつ、デザートのケーキっぽいモノを紅茶で流し込んだ俺は、軽く頭を下げつつシャルロットがお会計をしていたところへ合流する。うん、お会計中になってしまったのは、誤差の範囲だと思いたい。
「ゆっくり食べてても良かったんですよ?」
シャルロットはそう言ってくれたが、のんびりしすぎたのは俺のポカだ。
「いや、ご主人様は首を長くして帰りを待っておられるだろうからな」
マリクのことをご主人様呼びしながらも、シャルロットに奢らせる訳にはいかないのでポケットから出した金貨で食事代を精算し、店主のありがとうございましたを背中に受けて宿を後にする。
「――それで、報告がてら聞いてみようと思うのだが」
「そんな品があったんですね」
「ああ、モノが何かまではしっかり解らなかったんだがな」
その後、屋敷までの道すがらマリクの屋敷に貴重な品があるという話をし、たどり着いた屋敷でもマリクにも老人が持ってきた品のことを聞いてみた。
「ああ、それなら宝物庫にあります。持ってこさせましょう。誰か」
「すまんな、修行について煮詰めた後でも良かったんだが」
多分、報告のおまけとして話してしまったからだと思う。今後についての話し合いが始まるよりも早く、マリクは使用人を呼んでくれ。
「お待たせしました。『あたまがさえるほん』『ゆうき100ばい』『すばやさのたね』『ちいさなメダル』になります」
嫌な予感が大外れだったのは、良いが、種も期待したのとは別の種類だった。
(と言うか、これはどういうチョイスでこうなったんだろうか)
不満はない、特に本は譲って貰えればおろちの様に厄介な性格になってしまった者の性格を矯正させられるのだから、不満があろう筈もない。
「ふむ、これは凄いな」
そも、一人の市民が所持していたと考えればこの品数は驚愕に値するのではないだろうか。性格を変える本だけでも複数あるのだ。
「本が、一、二、三」
性格を変える本の凶悪さは女戦士とおろちに思い知らされているので、本を見ない様に視線を逸らしつつ冊数を数え。
「ん?」
二冊で終わらなかったことを訝しんで手元を見ると、そこにはやたら挑発的な露出度の女性が手招きしている姿の絵表紙があった。
「うおっ」
あんしん させて おいて です とらっぷ ですか。
「お師匠様?」
「見るな、シャルロット。読むとせくしーぎゃるになるあの忌まわしい本だ!」
視界を塞ぐ為に声を上げたシャルロットの前に立ちはだかり、俺自身も絨毯の上に落ちた本から目を逸らす。
「どういうことだ? 目録より冊数が多い上に、あんなモノを?」
「も、申し訳ありません。他の二冊で隠してあった様で」
本当に一時はどうなることかと、この時は思った。だが、この日のピンチはこれが最後ではなかったのだ。
シャルロットなら主人公の横で寝てるよ?
これが言ってみたかった。(キリッ)
次回、第二百七十五話「宿を取る時、シャルロットが二人部屋一つと言い出した件について(後編)」
いったいどうして回想前の様なことになってしまったのか、主犯はやっぱりあの本か?
ちなみに、宿の料理の描写はエジプト料理を参考にしております。
ポルトガの時もポルトガル料理を調べたりしたんですよね。
そして自分自身による夜食テロに遭うという。ぐぎぎ。