強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百七十七話「再会」

 

「さてと、こんなものか」

 

 早着替えを覚えて良かったと思えてしまうのは、幸か不幸か。ともあれ、いくらこちらの方が素早いと言ってもゆっくりしていられる様な時間はない。着替え終わるなり荷物を纏め、ポケットに突っ込んでいた金貨を取り出すと宿泊費分だけもう一方の手に残してポケットへと戻した。

 

(これで支払いは問題なし、と)

 

 とは言え、格闘場の補償費として財布ごとオーナへ差し出してしまったので、今所持している全財産は片手でつかみ取れるだけの金貨のみ。

 

(バラモス城から戻ったら財布を買わないとなぁ)

 

 中身については襲いかかってくる魔物から頂いたり、攻撃ついでに失敬したお宝を売ればいい。

 

(レタイト達みたいに全ての魔物が仲間になるとも思えないし、今すぐ大金が必要になる訳でもない訳で)

 

 交易網の作成へ対する報酬だってあるのだ。少なくともお金に困っている訳ではない。

 

(むしろ今欲しいのは、時間かな)

 

 エリザがイシスに戻ってきている。もし、成果が出ているとするなら、クシナタ隊に分散して貰ったことも無駄ではないと言うことだろうが「ゲームでバラモスを倒すまでにやっておくべきこと」の完遂にはまだ至っていないのだ。

 

(俺達が担当する予定だった地球のへそも未攻略だもんなぁ)

 

 不死鳥ラーミアを蘇らせるだったか孵化させるだったかするオーブの一つが地球のへそに安置されていることを鑑みると他のオーブを手分けして見つけてくれていたとしてもオーブが一つ足りないと言うことになる。

 

(あれ? そう言えばバラモス城のすぐ近くにもオーブのあるほこらがあったっけ)

 

 テドン方面に向かった筈のエリザが回収してきてくれている可能性もあるが、期待するのは流石に虫が良すぎるとも思う。

 

(敵の本拠地のすぐ側じゃ厳しいわな)

 

 そもそも、これからバラモス城へ向かうのだからもののついでに取りに行くことだって可能なのだ。

 

「まぁ、情報不足のまま考えても仕方ないか」

 

 まずすべきはエリザとの合流。

 

「店主、宿代はここに置くぞ?」

 

「ありがとうございます。あ、宜しかったらこちらをお持ちください。お連れの方もですが、朝食がまだでしょう?」

 

「そうか、すまんな」

 

 下階に降り、カウンターに金貨を置くと他の客の朝食を用意していたらしい主人が持っていたパンを差し出してくれたので、俺はパンを受け取って礼を言い。

 

「では、世話になった」

 

「行ってらっしゃいませ、またのお越しをお待ちしております」

 

 宿の主人の声を背に宿を後にする。

 

「急ぐか、焼きたての内にシャルロットにも渡してやらないとな」

 

 片腕にパンの包みを抱え、向かう先はイシス城。

 

「ふむ」

 

 この時、パンを口にくわえて「遅刻遅刻ぅ」とか言いつつ走るという様式美を一瞬思い浮かべたとしても誰が俺を責められるというのか。

 

(まぁ、俺がやってもただの視覚テロだけどな……って、そんなこと考えてる場合じゃなかった)

 

 急ぐと言ってる割には余裕のありすぎる想像力に一瞬乗っかってしまったことを即座に後悔しつつ、俺は城下町を走り出した。

 

「くっ」

 

 もっとも、全力疾走はそう長く続かなかった。

 

「ちょっと通しておくれよ」

 

「はぁ、遅かったかぁ」

 

「本当に居たのか、勇者様のお仲間って」

 

 俺の行く手を遮ったのは、家の外に出た一般人っぽいオッサンやおばさん。

 

(成る程)

 

 その内何人かが何かを探す様に空を見上げたり周囲を見回していた人々のお目当ては空を飛んでいたエリザだったらしい。

 

(そりゃ、見物しようともするか)

 

 勇者が泊まったという謳い文句で宣伝する宿屋があったのだ、勇者クシナタの仲間であるエリザが空を飛んでいれば、ミーハーな一般市民が一目見に外に出てきててもおかしくはない。まして、敵意がないことを示す為にエリザはゆっくり飛んでいたのだから、まだ居るんじゃないかと思い今更出てくる人がいたとしてもおかしくはない。

 

(まぁ、あのおばさんは俺と同じでそう言う人に通せんぼされたみたいだけど)

 

 こうなってしまっては、やむを得ない。

 

「すまんが、屋根を借りるぞ」

 

「え」

 

 片手でもこの身体のスペックなら屋根に登るのは難しくなく、教会の水色生物もどきみたいなとんがった部分を除けば、周辺の民家の屋根は一部がドーム状に盛り上がっていても、だいたいは平面だ。屋根へあがってしまえば、屋根づたいに移動するのは簡単だった。

 

「はっ、やっ、とっ」

 

 屋根を走って助走を付け、次の屋根を足場に今度は横へ。

 

(この分ならすぐに追いつくぞ、シャルロットぉ!)

 

 おそらくシャルロットはこのエリザ見たさの人間渋滞に巻き込まれていると思う。だからこそ近いうちの合流を確信したテンションが少しおかしい方向に逸れたが、まぁ想定の範囲内だ。

 

「あれか」

 

 当初の予想では、合流は城下町を出た後になると思っていたが、あの野次馬の数からすると無理もないことなのかも知れない。

 

「シャルロット」

 

「え? お師……匠さま?」

 

「ふ」

 

 呼びかけに周囲を見回し、それでも姿を捉えられないらしいシャルロットを眺め、口の端をつり上げた俺はすぐ横目掛けて飛び降りる。

 

「ひゃうっ」

 

 流石に空から人が降ってくれば驚いて当然だろう。

 

「ようやく追いついたな。宿の主人の好意でパンを貰ってきた。食べるか?」

 

 仰け反るシャルロットの横に降り立った俺はパンの包みを差し出して、問うた。

 

「どちらか一人が辿り着けば問題ないからな。スレッジの知り合いの元には俺が行こう。朝はまだ何も食べていないだろう?」

 

 合流してしまった以上、ここからは俺の方が早い。荷物がなければ尚のことだ。

 

「お前はパンを食べてから追いかけてくると良い。若い内に食事を抜くと成長を妨げるらしいからな」

 

「あ、でもお師匠様は」

 

「気にするな」

 

 俺の身体も成人していない可能性はあるが、少なくともシャルロットよりは年上だ。

 

「が、気になるというなら是非もない。一つ貰って行くぞ?」

 

 何か言いたげなシャルロットを制して、袋からパンを一つ取って一口かじると、そのまま歩き出す。

 

「お、お師匠様。お師匠さ」

 

「ではな、城で会おう」

 

 まだ何か言いかけていたが、流石にあまりのんびりしていてはエリザが出発してしまうかもしれない。

 

(しっかし、冗談だったのに本当にパンをくわえて走ることになるとは)

 

 もう、曲がり角で先輩とぶつかっても驚かない。先輩なんて居た記憶はないが。

 

(けどさ。「遅刻遅刻ぅ」は流石に言わなくて良いよね?)

 

 口には出さず、ポツリと零した言葉はきっと、現実逃避だと思う。

 

「うおっ」

 

「何だありゃ?」

 

 知らなかったんだ。パンをくわえて全力疾走すると、こんなに人に注目されるなんて。

 

(っ、もう少しだ、もう少しで城下町を抜けるっ)

 

 流れるように後方へ飛んで行く景色の中、城下町を出た俺はそのまま白目掛け走りながら、変装を脱ぎ捨てる。勇者の師匠の格好なら城の入り口もおそらく顔パスであろうから。

 

「んぐ、ふぅ……はぁはぁ、すまんが、先程箒に跨ってここに来た来客はまだ城に居るか?」

 

「え、あ、はい。エリザ殿なら、謁見を終えられて今は客室に」

 

「そうか、助かった」

 

 パンを嚥下し、勢いで門兵から居場所を聞いた俺は感謝の言葉を残し、そのまま城内へと歩き出す。

 

(客室と言うことは、ここまで急ぐ必要もなかったかもな)

 

 客室とは、おそらくクシナタさん達の滞在したあの部屋であろう。テドンからこのイシスまで旅をしてきたならかなり疲弊していてもおかしくない。一晩泊まって英気を養い、出発すると知っていたらこんな無茶をする気も無かったのだが、今更である。

 

「っ、ここは……」

 

 部屋の前まで来た瞬間、一人強制痴女大会のことを思いだし、少しだけ足が竦んだのは俺が弱いからじゃないと思いたい。

 

(大丈夫、大丈夫だ。クシナタさん達が居る訳じゃない、居る訳じゃないんだから)

 

 声に出さず自分に言い聞かせつつ、部屋の扉をノックし、問いかける。

 

「……失礼する。エリザ、居るか?」

 

「えっ? あ、はいっ。ただいまっ」

 

 中で一瞬驚きの声が上がり、パタパタと走る音を立てて近づいてきた気配は、次の瞬間、内からドアを開けた。

 

「や、やっぱり……」

 

「久しぶりだな」

 

 空を飛ぶところは見ていたし、門兵の言もある。解りきっていたことではあるが、中から顔を見せたのは、あの時別れたエリザその人だった。

 

 




 ここでクシナタさんが出てきて主人公が失神するオチも考えたのですが、クシナタさんは現在シャンパーニの塔へ向かっているところなので、没にしました。

 と言うか、一人パン食い競争書いてたら、出発どころかエリザとの会話に至るところまで書けないとか、ぐぎぎ。

次回、第二百七十八話「そして出立へ」




おまけ
・その頃のシャルロット

シャル「成長……お師匠様、やっぱりもっと大きい方がいいのかな?」

 イシスの城下町には、昨晩添い寝だった理由を斜め上に捉えている勇者が一人、のこされたのでした。



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