「そろそろ城が見えてくるころだ。スレッジの襲来で一度不覚をとっていることを鑑みると、いきなり魔物達がお出迎えと言うことになるかもしれん」
気をつけろ、と警告しつつ自身もバラモスの城へと視線をやる。
(普通なら警戒する筈だもんなぁ)
もし熱烈歓迎された場合の対応策も一応考えてはあるのだ。一つめは俺自身の瞬発力と作敵能力を活かして、お出迎えが濃厚だったなら即座に退却すると言うモノ。
(いくら素早くても普通なら「しかし回り込まれてしまった」は発生する訳だけど、こちらが先に発見した先制攻撃可能時は確実に逃げられた訳だし)
もちろん、ゲームと現実を一緒にする気はないが、早い内に敵の動向を知覚出来れば、とれる選択肢も増える。
(で、二つめは「ここは俺に任せて先に行け」をやるパターンだけど)
ぶっちゃけ、シャルロットが居ると呪文で殲滅が出来ないから一足先に離脱して貰うと言う話である。
「負けるとは思わんが、侵入者対策をしてあるなら迎撃してくる魔物とやり合うのは賢いとはい言えん。ついでに言うなら他に寄るところもある訳だしな。城に到着したら一旦撤退するぞ」
と、二人と数頭には予め伝えておいた。
「……は?」
だからこそ、気になるのは迎撃に出てくる敵の編成。スノードラゴン一匹さえ見逃すまいと敵影を探していた俺を待っていたのは、いきなりの想定外。
「お、お師匠様……魔物が」
「あ、ああ……解っている。昔、兵法書で見た覚えがある」
シャルロットの示す先、バラモス城の城門前には一体の魔物も存在しなかったのだ。そして、こちらが近づいてきていることも解っている筈だというのに、城から魔物が出てくる様子もない。
「空城の計、か」
敢えて兵を置かず、無防備に見せかけ疑心暗鬼を起こさせ撤退させるパターンとそのまま敵の侵入をわざと許し、内に閉じこめて罠や伏兵で殲滅する二つのパターンがあった様に記憶している。読むべきものは戦記ものの小説か。
「バラモスが前者をやるとは思えん、おそらく後者だろうな」
イシスの侵攻軍でエピちゃんのお姉さんの様にこちらへ降るのを良しとしなかった魔物も数日あればあの城へ戻っているだろう。
「侵攻軍を攻撃呪文で消し飛ばした戦力があると知って、まともに迎撃すれば布陣した魔物達が呪文で吹っ飛ばされると踏んだわけだ。城の内部に引き込んでしまえば、軍勢ごと消し飛ばす様な攻撃呪文でも壁などが邪魔になって効果範囲が限定される」
「へぇ……色々考えてあるんですね」
「そのようだ。立案者が誰かは知らんが、厄介な相手だな」
ウィンディと言う知将に離反された時点で、バラモス軍は半分終わったと思っていたが、まだ智者が残っていたらしい。
(レタイト達にもっと色々聞いておくべきだったなぁ、これは)
もっとも、空城の計は防衛の為の策。ハッタリで負い返す方ならともかく、もう一方なら最初からこっちが相手にしないと言うパターンは想定外の筈だ。
「と言う訳で、このまま転進する」
「わ、わかりました」
「シャルロット、着地したらお前はすぐにスノードラゴンへ跨れ。いきなり追っ手はかからんとは思うが、騎乗して飛び立つ瞬間は大きな隙になる。エリザは飛び立つまで俺とシャルロットのフォローを頼むな」
着地前だというのにもう箒をまたいでいるエリザへ援護を依頼しつつ、俺は袖に仕込んだ鎖分銅の感触を確かめる。
(まぁ万が一ということだってあるもんなぁ)
空城も罠で地面に穴が掘られうごくせきぞうが伏兵として埋まっている、くらいの対策がされていたって驚きはしない。エリザで何とかならない状況に陥ったならば、打破出来るのは、おそらく俺だけだろう。
(出発前に感じていた「うまく行きすぎ」のツケってことも考えられるし)
マホカンタは、よっぽどうまくやらないと光る壁が出来上がる瞬間を見られて言い訳出来なくなるので、密かに自分へかける補助呪文は攻撃力倍化のバイキルトのみ。
「っ、お師匠様」
「ああ」
地面と足の裏の距離がゼロになり、最寄りのスノードラゴンへ飛びついたシャルロットがドラゴンの首をまたいだ上体でかける声に俺は応じ、弟子へ倣う。
「頼む」
「お願い」
「「フシュアアアッ」」
とりあえず、地面から動く石像は出てこなかった。俺達の声に一鳴きして見せた水色東洋ドラゴン達は妨害を受けることなく浮上を始め。
(さて、どう出る……バラモス軍)
油断せずじっと見据える俺の視界へ、無防備だった城から幾つかの影が浮かんでくる。
「お師匠様っ」
「解っている、想定外の方だったか。数が揃っていないし高度にもばらつきがある……が、数だけならこちらより多いな」
多分誘引して各個撃破も可能だが、きっと今回はそれをやらない方が良い。
「距離はある、このまま振り切るぞ」
二頭には俺達と言う荷物があるものの、城を防衛する戦力である以上、敵も深追いは出来ないだろう。
(先方は想定外だらけと言うところかな)
やって来るなりそのまま逃げていった侵入者を取り逃がすこととなった防衛隊にとっても、これから向かう先にあるほこらへ行かせまいとほこらへ続く道であるネクロゴンドの洞窟へ配備された魔物達とっても。
「出来れば、用事を終えてもう一度やってくることまで想定外であってくれればこっちとしてはやりやすいんだがな」
高山地帯へさしかかり始めたドラゴンの上で見つめる先、陽光に照り返す水面の先に見える森の中に立ち寄るべき場所はある。
「お師匠様、魔物が」
「ああ。だがそう易々と行かせてはくれんわけか」
シャルロットの声に頷きを返すと俺はドラゴンの角につかまる手を変え身構える。
「すまんな、シャルロット。上空では大した援護は出来んぞ」
「大丈夫でつ、ライデイン!」
直後、迸る雷光は敵意を見せつつこちらへ飛んできた水色東洋ドラゴンへと炸裂したのだった。
主人公達を待ちかまえていたのは、まさかの奇策、ただし不発。
次回、第二百八十話「おおぞらにたたかう……とでも思っていたのか?」
始まるか、空中戦っ。