「さて、とりあえずまた一個オーブが集まった訳だが……」
三つのオーブはシャルロットの持つ袋にしまわれ、残るオーブのうち一つはおろちが持っているので四つは確保出来たと見て良いだろう。
「とりあえず、地球のへそへ挑む為にも、用事を済ませてしまわないとな」
呟きつつ見据える先は、水辺の向こうへ聳え連なる高山。水色東洋ドラゴン達に乗って越えてきた場所だ。
「シルバーオーブ、ありがたく頂いて行く」
「うむ」
向き直り俺が一礼すれば、オッサンは鷹揚に頷き。
「行くぞ、シャルロット」
「あ、はい」
踵を返しつつ呼びかけると、そのまま外へ。
(色々聞いてみたいことはあったんだけど、あれはどう見ても人の話を聞かないパターンのオッサンだからなぁ)
そもそも、会話が成立しても有用な情報を持っている保証はないのだ。
(それに、同族の生息域だからってあいつらを放置して長話する訳にはいかないし)
物事には優先順位というモノもある。
「さっさとはぐれメタルを確保して、竜の女王の願いを叶えてやらないとな」
「お師匠様……」
今、一番猶予がないのは病に冒された竜の女王だろう。
「急ぐぞ」
気配を殺したまま、俺達は森に突入し。
「……ん? ちっ、迂回するぞ」
魔物の気配を感じ、後ろへ伝えてから来た道を横に逸れる。
(蹴散らすのは簡単だけど、これ以上仲間が増えるのはなぁ)
多分、ルーラ定員にはまだ余裕があるが、帰りは発泡型潰れ灰色生き物も連れて行くことになるのだ。
(一応、キメラの翼をスノードラゴンに使わせて一緒にジパングへ送ることは出来るけどさ)
言葉を話せないスノードラゴンでは事情説明が出来ないため、ジパング側でトラブルになる可能性がある。そう言う意味では、緊急時、あの氷塊の魔物が水色東洋ドラゴン達とジパングへ退避すると拙いのだが、あの時点では「ひょうがまじん が なかま に なりたそう に こちらをみている」なんてことになるとは思っていなかったのだから、仕方ない。
(と言うか、イシスに戻ったらどうしよう)
あの氷塊の魔物のことを考えて、思い至ったのだが、片腕と頭だけ露出させた氷塊の魔物は、どう考えても連れ歩けるタイプの魔物ではない。しかも、スノードラゴンの様に足代わりに使うという利点も無いのだ。
(「ついてきたい」って話だったし、いきなり留守番とか言われたら不満に思うよなぁ……)
かといって、あんな明らかに人外の魔物を町中に連れ込んだらパニックは必至である、ジパングを除いて。
「お師匠様?」
「ん? ……シャルロットか」
「どうしまちた、難しい顔をして」
いつの間にか、考え込んでしまっていたのだろう、気づくとシャルロットが俺の顔を覗き込んでいた。
「いや、少し悩み事がな。あのひょうがまじんなのだが――」
何でもないと流すのも簡単だったが、ことが魔物との付き合い方となると、魔物使いの心得があるシャルロットに一日の長がある。
「ここは素直に打ち明けて、意見を聞こう」
と思ったところまでは良かったのだが、一つ忘れていたことがあったのだ。
「っ、シャルロット、下がれ」
「え?」
「別の魔物だ。このまま直進するとそいつの鼻先に飛び出すハメになる」
魔物は割と空気を読まないと言うことを。
「……ちっ、右手にも魔物か。全てを迂回すると相当の時間ロスになるな。やむを得ん。エリザ、シャルロット」
「え、あ、はい」
「はい」
「遅れるなよ? 強行突破する」
全部倒す訳でなくただ突破するだけなら問題ない、そう思ったのだ。
「行くぞ」
俺は鎖分銅の感触を確かめ、進路を塞ぐ敵だけ倒すべく、前方に感じた気配へ強襲をかけた。
「……そこまでは間違っていなかったと思うんだがな」
「クエ?」
いや、クエじゃねぇよ猛禽類。
「お師匠様すみません……つい」
「いや、お前を責めた訳じゃない」
空を飛べる手前、追跡してきそうだったので倒し損ねた緋色の猛禽を倒す様シャルロットへ指示したのだが、その猛禽がこともあろうに起きあがってきたのだ。しかも、それまで一緒にいた仲間と袂を分かつ宣言とでも言うかの如く俺達に向かって回復呪文をかけ。
「まぁ、癒し手が増えたと思っておくか」
「クエッ」
確か、ごくらくちょうとか言う種族名だったそれを見つめ、俺は投げ槍に独言するとシャルロットへ向き直った。
「シャルロット、ルーラを頼む」
「はい……みんな、呪文の範囲に集まって、いい? ルーラっ!」
俺の要請に応じ完成したシャルロットの呪文は、俺達を即座に空へ浮かび上がらせ。
(っ、流石に速いな)
ドラゴンに跨っての行軍とは比べものにならない早さで、水面をまたぎ、高山を越え、バラモスの居城へと運んで行く。
「気をつけろ、もう降下に入るぞ」
距離が短ければ、着くのも速い。シャルロット達に忠告しながら俺はチェーンクロスの鎖を解いて徐々に大きくなる城を見据えた。
(まぁ、さっき逃げられたことを鑑みれば、そうなるよな)
今度は逃がさないとでも言うかの様に、城門からはもみ上げ髭の石像が駆け出し、城の中からは、俺達が騎乗していたのと同じ東洋風ドラゴンが飛んでくる。
「お師匠様、魔物が」
「今度の歓迎は少々派手だな……だが」
いくら数で押してこようとも、スノードラゴンと動く石像だけなら、問題ない。
(どうかお願いですから全部起きあがってこっちを見てきたりしませんように)
無いとは思うが、あれ全てが仲間になりたいと言い出したとしたら、面倒を見きる自信はない。
「何にしても、向かってくるなら退ける。これは決定事こ……お」
内心の動揺を見せない様にかっこよく決めようとした俺の言葉は、動く石像の足下を滑る様に駆けるそれを見つけたことで、不自然に途切れた。
ついに奴が現れた、その名は――。
次回、第二百八十三話「発泡型潰れ灰色生き物」