強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百九十話「奇跡と呼ぶには、皮肉すぎ……」

 

「フシュオオオッ」

 

 子ドラゴンは呼びかけ続けているが、横たわる親ドラゴンが意識を取り戻す様子はない。

 

「微弱ながらも呼吸はしてるのだがな」

 

 流石にもはや見守るだけという訳にもいかず、側へ寄って色々調べついでにこっそり眠った者を起こすザメハの呪文まで使ってみたが、まるで効果はなかった。

 

「……睡眠や気絶、昏睡ではないと言うことか」

 

「それって、どう言うことですか?」

 

 つい、口から漏れてしまった呟きを拾われたのは、迂闊だったと思う。

 

「ああ、これはまだ推測なのだが……」

 

 だが、ここからとぼけてもおそらくどうしようもない。

 

「世界樹の葉は肉体を再生させた。だが、それだけだったと言うことだ。先日、蘇生呪文について夫を生き返らせたいと言う女性と色々調べてな。彼女は蘇生呪文の使い手だった。だからこそ、蘇生の仕組みについても知る機会を得たのだが」

 

 蘇生呪文であるザオリクの場合、魂を呼び戻してから肉体を再生する。

 

「『忠実なる神のしもべ誰々の彷徨えるみたまを今ここによび戻したまえ』これは教会の神父が蘇生させる時に口にするものだが、『みたまを呼び戻したまえ』であり、『肉体を再構成したまえ』ではない。つまり、魂の帰還に重きを置いている訳だ」

 

 だが、世界樹の葉は磨り潰し、与えることで死者を蘇生する。

 

「こちらは肉体の再構成が先に行われるのだと思う」

 

 肉体が蘇ったことで、魂が戻ってくるのを待つ形になる訳だが、この時魂の方に思い残しが無かったりするとどうなるのか。

 

「まさか」

 

 子ドラゴンに聞かれると宜しくない話の為、自然と俺の声は潜められた。

 

「ああ、肉体は再生されるものの、魂のない肉の器が目を覚ます筈もない」

 

 蘇った肉体も能動的に食事を取ったりすることがない為、衰弱したりして再び緩慢に死を迎えることとなるだろう。

 

「シャルロットに経緯は聞いている。我が子が助けて貰えることに安堵してしまったのだろうな」

 

 親ドラゴンの頼みを聞いたシャルロットが悪いなどと言う気はないし、間違っていたという気もない。むしろ逆だ。

 

「つい先程まで自分達の命を狙った相手の頼みを聞いてやれるんだからな。大した奴だ」

 

 魔物達が聖女と呼んだのも頷ける。

 

「だが、だからこそことの顛末を知れば、あいつは自分を責めかねん。故にこの話はシャルロットにも他言無用だ」

 

「それはあたしにも解ります、解りました。け、けど、じゃあ、どう説明をすれば……」

 

 エリザの言うことはもっともだ、こんな状況の親ドラゴンを運んで行けば、シャルロットは理由を聞いてくる。いや、同じ状況であればシャルロットでなくても聞いてくるだろう。

 

(その時、シャルロットが責任を感じそうな部分を省くなり他のモノに置き換えて矛盾なく説明する方法ねぇ)

 

 当然、納得出来るだけの説得力も必要となる訳だが、流石にそう、ポンポン思いつく筈もない。

 

(モシャスで俺が親ドラゴンになる……のは没。俺が不在になるし、一時しのぎでしかない上、モシャスを使うところを子ドラゴンに見られる。おまけにモシャスの効果が終了した後のことまで考えてないし、そう言う意味では二人羽織……じゃなくて、腹話術、か。その腹話術よろしく親ドラゴンを操るって言うのも無理だな)

 

 まぁ、他人の身体に憑依してる俺が他者の身体を操るなどというのは冗談にしても笑えない。

 

(第一、人の身体に乗り移って動かしてるとこ……ろ?)

 

 胸中で最後まで言い終える前のことだった、ふと一つ思いついたのは。

 

「エリザ」

 

「は、はい」

 

「一つ、思いついたことがある。俺はそれを試してみたい。だが、俺一人ではどうしようもなくてな。お前……が欲しい」

 

「えっ」

 

 俺は魔物の言いたいことが理解できない、となるとどうしても通訳が必要になる。だが、理由を話せないシャルロットへ通訳は頼めない。

 

(と言うか、助力が欲しいって言っただけなのに、その驚き様はなんなんですか?)

 

 やはり、気づいたのだろうか。この思いつきを試す間、シャルロットはどうするのかという疑問に。

 

「シャルロットのことなら心配ない。はぐれメタルと一緒にイシスへ飛んで貰えばいい」

 

 シャルロット自身が犠牲を払ってようやく手に入れた走る経験値だ、一刻も早くマリクのところへ届け修行の効率をアップさせたい。

 

(ついでに、灰色生き物がやらかしていないかも心配だしな)

 

 早めに飼い主と合流させておきたくもあったのだ。

 

「今回の一件、知る者は少ない方が良いからな」

 

 協力者には事情説明が必須だろうが、とりあえず子ドラゴンも説得しないといけない訳で、まずここでエリザが居ないとどうしようもない。

 

「まず、あそこの子ドラゴンと話がしたい、通訳を頼めるか?」

 

 話が纏まれば、今回仲間にした魔物のいくらかをジパングまで送って行くという名目で一旦離脱し、行動に移る訳だ。

 

(しなくて良い回り道かも知れないけどなぁ)

 

 まぁ、シャルロットの信者となった魔物達も数やら容姿やら身体の大きさなんかの問題で、このまま一緒というわけにはいかない。何処かでジパング預かりにする必要は最初からあった。

 

(ただ、こっちの活動をおろちに気取られるのだけは避けないと)

 

 婿育成計画まで芋づる式に露見したりすると、何の為にバラモス城まで来たのか解らなくなる。

 

「エリザ?」

 

「ひゃ、ひゃいっ」

 

「いや、何故そこで驚く? まぁ、それはいい。あまり時間をかけるとシャルロットがこちらを見に来るかも知れん。さっさと話を付けるぞ」

 

 問題は説得する為に思いつきの内何処までを開示するかだが、それもまだ決めては居ない。

 

(口の堅さ次第なんだけど、判断材料が少なすぎるのがなぁ)

 

 結局のところ見極めにもエリザの通訳が必要不可欠であることに自分の使えなさを再認識して凹みつつ、嘆息しながら俺は待つのだった、エリザの反応を。

 




くっ、危うくナルトスしてしまうところだった。危ない危ない。

次回、第二百九十一話「い、言っておくけど、エリザと逃避行とかそんなんじゃないんだからねっ」






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