強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百九十六話「毎度おなじみ窮地のお時間」

「……これも修行に使えないかと思ってな」

 

 窮地の中良いアイデアも浮かばず、口にすることが出来たのは、苦しい言い訳のみ。

 

「修行に?」

 

「ん? あ、あぁ。まぁ、な」

 

「……そっか、そんな簡単なことにも気づかないなんて」

 

「シャルロット?」

 

 だから俺としてはそんな言い訳に感心されるというのは予想の範疇を越えていた。

 

「マリクさん……はぐりんが修行相手になってからもの凄い勢いで動きが良くなっていたんです。けど、その上達ぶりにも次第に陰りが見え始めて……」

 

「そうか」

 

 走る経験値と言っても過言はない発泡型潰れ灰色生き物を相手にすれば爆発的な勢いでの成長は頷けるし、その後の展開も納得出来るものではある。

 

(ある程度まで行くとレベルって急にあがらなくなるものだったからなぁ)

 

 思い出すのはゲームでのレベル上げ。次のレベルアップまでに必要な経験値がぐっと増えたことによる成長の停滞だが、今まさにマリクはその状態にあるのだろう。

 

「ただ、ボクが気づくべきでした。上達しづらくなったなら、何らかの工夫をしてマリクさんが強くなる手助けをすれば良かったのに」

 

「……シャルロット、気にすることはない。俺とて具体的な案を出しておらず、問題を解決に導いた訳でもない」

 

 と言うか、ただの言い逃れで尊敬されると、こちらとしては非常に後ろめたい。

 

「お師匠様……」

 

「それよりも、だ」

 

 ただ、一連の流れで助かったのも事実。

 

「為すべき事へ思い至ったなら、今からでも遅くはあるまい」

 

「あ」

 

 せっかく出来はじめた窮地を脱出出来そうな流れを無駄にする気はない。勘違いしたなら、今回は便乗させて貰おう。

 

「一緒に考えればいい。これで、どのように修行を補助することが出来るかを。……むろん、俺も手伝おう」

 

 協力を申し出ながら、笑顔を見せて駄目を押す。

 

「は、はいっ」

 

「ふっ、その意気だ」

 

 力強く頷いたシャルロットの様子に口の端を綻ばせると、俺は道具屋で買った荷物を持ったまま歩き出す。

 

(流石にこんな場所で延々立ち話するのもなぁ)

 

 俺とシャルロットが居たのは、ドアから少し離れた場所にある通路のど真ん中。延々立ち話をするような場所でも、考え事に適した場所でもない。

 

「とりあえず、マリクのところへ行くぞ? 今は誰も通らん様だが、この辺りで立っていては邪魔になるやもしれん」

 

「はい、お師匠様」

 

「フシュアァッ」

 

 ちょっとだけ存在を忘れていた足し算されたドラゴンの返事まで貰った俺はそのままシャルロットが開けたドアをくぐり。

 

「シャルロットさん、先程のこ」

 

「……随分腕を上げたそうだな。とりあえず、これを使うと良い」

 

 シャルロットを追いかけてきたと思われるマリクの姿を見つけて、薬草を差し出す。模擬戦をしていたらしく、酷くボロボロだったのだ。

 

(まぁ、魔物と戦ってる訳だから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、王族をあそこまで酷い有様にしちゃって大丈夫なんだろうか)

 

 面倒なことにならなければ良いと思いつつも俺はマリクが薬草を受け取るのを待つ。

 

「あ、あなたは」

 

 だが、差し出した薬草を受け取られることはなかった。

 

(あるぇ?)

 

 それどころか、マリクの視線はよく観察すると俺に向いて居らず。

 

(まさか)

 

「フシュア?」

 

 嫌な予感に恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは首を傾げたスノードラゴン。

 

(しまったぁぁぁぁぁっ)

 

 爬虫類大好き王族にドラゴンを見せてしまって何もないと思える程楽観的ではない。

 

(いや、おろちに惚れてるマリクがこいつに妙なことをするとは欠片も思わないけどさ)

 

 竜が好きであるからこそ、足りない魂を他の魔物で埋めてることまでは悟られないとしても、何かおかしいと言った疑惑を持たれることは充分考えられる。

 

(ああ、何で先にあのドラゴンを舎に預けて来なかったんだろ)

 

 シャルロットが気づいた様子の無いことに慢心していたのだろうか。

 

(って、落ち着け。決めつけるのは早い……)

 

 まだマリクがスノードラゴンの不自然さに言及した訳では無いのだ。

 

「そうか、お前は初対面だったな。ならば、後で紹介しよう。だが、お前の修行相手はスノードラゴンに潰されそうになったことがあってな。はぐれメタルと鉢合わせしてしまうのは宜しくない」

 

 ならば、引き上げさせる理由を作り、早々に席を外す。

 

「そう言う訳だ、シャルロット。俺はこいつを預けてくる。さっきの荷物は置いて行くから、修行方法の改良について考えておいてくれ」

 

「あ、はい」

 

 少々強引の話の持って行き方だったが、席を外す理由にしても不自然ではないと思う。

 

「一緒に考えると言ったばかりですまんが」

 

「いえ。お師匠様が仰るように、はぐりんが怯えちゃったら模擬戦になりませんし、ボク、考えてみまつ」

 

「そうか」

 

 シャルロットの理解が得られたなら、長居は無用だ。

 

「ではな、すぐ戻る。行くぞ」

 

「フシャアッ」

 

 こうして俺はマリクの前から何とか逃げ出した。

 

(……とは言え、何処まで気づかれたのか……気にはなるけど、聞いてみたら藪蛇になる気もするんだよなぁ)

 

 いっそのこと、マリクが下手なことを言い出す前にシャルロットを言いくるめてイシスを立つのも一つの手か。

 

(ま、どっちにしても一度はさっきの場所に戻らないと)

 

 成長しにくくなったとシャルロットは言っていたが、それは逆にある程度の実力はついたという意味でもある。

 

(流石にまだドラゴラムは使えないと思うけど)

 

 確認せねばなるまい、何処まで強くなったのかは。

 

「済まんが、こいつの世話を頼むぞ?」

 

「はい、お任せ下さいませ」

 

 やがて、空の檻の前で世話係を見つけた俺は、足し算ドラゴンを預け。

 

「さて……」

 

 元来た道を引き返し始めた。

 




よりにもよって足し算ドラゴンをマリクと合わせてしまった主人公。

マリクへ足し算されたスノードラゴンの秘密を悟られずに済むのか。

次回、第二百九十七話「逃亡者の帰還」

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