「ふっ、まあいい。結果がどうあれ、一度口にしたことを反故にする気はない」
シャルロットへの言い訳も考えておいた方が良いかもしれないが、それはそれ。生じた微妙な空気を放置しておけなくて、俺は表情を変え、マリクに問う。
「ところで、そのナイフは予備もあるか?」
と。
「予備ですか? ちょっと待って下さい。確かこっちに……あ、これです」
わざわざあるかと問うては見たが、ナイフなら刃こぼれする可能性を考慮して予備も用意されているのではないかとあたりは付けていた。
「出来れば二本貸して欲しいのだが」
「わかりました。はい、どうぞ」
「すまんな」
軽く頭を下げてマリクからナイフを受け取り。
「ふむ……こんなものか。さて」
左右それぞれに一本ずつ持つと、感覚を確かめ再び片手に二本の聖なるナイフを集め、空いた手でポケットを漁る。
「マリク、これを俺へ向かって投げろ」
「わっ」
感触から金貨だろうとあたりを付けたそれをマリクの方へ山なりに放り、空いた手へナイフを戻せばこちらの準備は終わったも同然。
「これは……金貨」
「ここの備品を『斬る』訳にはいかんのでな」
キャッチしたモノへ目をやって呟くマリクへ俺はそう応じた。
(大きさ的に若干の不安はあるけど、この身体のスペックだったら斬れる筈)
たまたま視界に入ったロウソクを見て、火をつけたロウソクを斬るでも良かったかなぁと少し後悔したのは秘密だ。
「いいんですか?」
「まぁ、商人に見られたら怒られるだろうな」
シャルロットとか真面目な人でも怒るかも知れないか。
「だが、これぐらいやらねば見せ物にもなるまい?」
ここでインパクトのある光景を見せつけられれば、ニューハーフもどきなスノードラゴンの印象が薄れる。
(親ドラゴンの一件は前より輪をかけてシャルロットの耳に入れる訳にはいかなくなったからなぁ)
耳に入る可能性を完全になくせないにしても、出来る限り話題に上る可能性は下げておきたい。
「では、行きますよ?」
「ああ。来い」
マリクの確認へ頷きを返し、身構える。
(確か、このナイフは純銀で作られていた筈。柔らかい金とは言え、普通なら硬貨を斬れるかは微妙なところだと思うけど、この身体のスペックがあれば切断は可能)
俺は、信じていた。これまで自分を助けてくれた今の身体を。
「えいっ」
「ふっ」
放物線を描いた瞬間、口元をつり上げ、床を蹴る。
(念には念を、一撃目は――)
はじき飛ばさないよう、二本のナイフが交差するようにコインを挟み込む。ちょうどハサミをイメージして貰うと解り易いと思う。
「あ」
「これで二分の一」
とりあえず、金貨をはじき飛ばし気まずい思いをすることだけはこれで無くなった。
「次」
だからこそここからは、冒険する。両断されて二つになったコインを視界に収め上半分を右手のナイフですくい上げながら。
「四分割だっ」
同時に叩き付けるような左手の一撃で落下する下半分の金貨を両断した。
「す、すごい……」
「魔物の中にはこちらが一度の動作をする内に二度斬りかかったりしてくる者が存在する。これはその手の魔物の動きの模倣を元にしたものだ。武器を持つ手が片手でも二度、両手でそれぞれ武器を持った場合は見ての通りだな」
つまるところ、やって見せたのは、クシナタさん達にも披露した、ゲームで言うところの一ターン二回行動である。
「ただ、これはまだシャルロットには教えていない。会得出来るだけの強さを得てからと考えているからだが、故に今日のことはシャルロットには他言無用で頼む」
「え、あ……はい」
「すまんな、そう言う意味ではお前に見せるのも早かったやもしれんが……お前も魔法使いならそのうちモシャスという呪文を覚えるだろう。他者の姿や能力を写し取るあの呪文が使えれば、この技の会得は呪文を使えぬ者と比べ、遙かに容易になる」
冗談抜きで、マリクならマスターしてしまうのではないかと思う。
(発泡型潰れ灰色生き物との模擬戦は続けられる訳だし)
将来的にはこの世界屈指の魔法使いへと成長を遂げそうな気もする。
(まぁ、おろちの婿に収まることを考えるといくら強くなっても勇者一行の戦力アップには繋がらない訳だけどね)
それでも魔法使いのお姉さんやクシナタ隊にいる魔法使いさん達をどう強くすべきかの指標にはなってくれるんじゃないだろうか。
「お前は、この数日で一人前と言われるレベルを越えた。だが、まだそれだけだ。驕るなよ」
さっきの俺を見ていたら自惚れることなど無いと思うが、一応釘は刺しておく。
「も、勿論です」
「その意気だ。驕らず努力を続けるなら、お前をおろちと引き合わせる日もそう遠くはあるまい」
一日も早くその日が来て欲しいと俺は密かに願う。
(大丈夫、きっと間に合う。だから……)
待っていて欲しい、竜の女王よ。
「俺はこれから世界を飛び回ることとなる。だが、何カ所かこれから立ち寄るであろう場所がある。情報収集の為に残してきた仲間もいる。今からそのうちの幾つかを話す。もし、お前がおろちの婿として相応しい男になったと確信出来たなら、いずれかに連絡をくれ。迎えに――」
そして、最後にかっこよく決めようとしたところで、扉が開き。
「えっ、あ、す、すみません、あたし」
何だか凄く狼狽えたエリザが登場したのだった。
主人公、師匠の威厳を見せるの巻。
と、言う訳でマリクってやがてあのモシャスが扱えるようになるかも知れないんですよね。
つまり、大化けする可能性が……あるのかな?
そして、マリクに向かって「迎えに行く」とか言ってるタイミングで登場しちゃうエリザ。
これは、また誤解されるオチなのか?
次回、第三百話「バハラタの町で」