強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百四話「まさか、胸騒ぎの正体は――」

「おや、こちらにいらしたのですな」

 

「ん? あ」

 

 だから、まだその場に顔を出していなかった約一名のことに声をかけられてから気づいたのだって仕方ないと思う。

 

「ふむ……初めまして」

 

「いや、あなたに真顔でボケられるとツッコんでいいのか迷うのですが」

 

 素の俺だったら顔を引きつらせつつ言いそうな指摘を涼しい顔で口にしたのは、たぶんアランとか言う元僧侶のオッサンだったと思う。

 

「迷うも何もまるで別人だろうが」

 

 そう吐き捨ててもどこからも文句は来ないと思う。

 

(……いくら僧侶の時の髭を剃ったからって、これはないわ)

 

 僧侶の時を四十歳前後の顔だとするなら、今の顔は二十代後半、そろそろ三十歳に手がかかるかな、レベルにしか見えないというのは絶対詐欺だと思う。

 

「そうは言いますが、僧侶だった頃は色々気苦労もあったのです。それが顔に出ていたのでしょう」

 

「苦労?」

 

「主に同性と恋愛する内容の話を書かれたり、とかですな」

 

「あー」

 

 ただ、腐った僧侶少女の犠牲になった結果があのオッサン顔だったと言われると、思わず頷いてしまうモノもあり。

 

(って、何だか納得しちゃったけど……原因があれば転職するとまるで別人レベルまで色々変わってしまうとか)

 

 思い返すと、クシナタ隊のスミレさんなんかも職業訓練所で遊び人になったらまるで別人になっていた気がする。

 

(じゃあ、転職希望してたメンバーとの再会は心の準備をしておいた方がいいのかなぁ……ん?)

 

 そこまで考えて、ふと俺は振り返る。

 

「えっ、あ、あの何でしょう、ご主人様?」

 

「いや、アランは随分様変わりしたと思うが……」

 

 元バニーさんの変わらなさは元オッサンと対照的だった。髪の色と髪型はそのまま、どことなくおどおどしたところも変わらず。

 

(けど、流石に思うまんまを言うのはなぁ)

 

 そこまで無神経なつもりはない。

 

「賢者は攻守において様々な呪文を覚えるまさに呪文のエキスパートだ。その力でこれからもシャルロットを支えてやってくれるか?」

 

 だが、下手に褒める舌禍になりそうで、結局口から出たのはシャルロットの師匠としての発言のみ。かつて借金を肩代わりしたことから俺を慕ってくれるのは良いのだが、恩を返そうとするあまり時々暴走するのだ。

 

(だったら、どういう風に恩返しをすればいいかをこうして頼み事という形で指定するのが一番だよね)

 

 間違いはないはず、無いと思う。

 

(そもそも、今日はシャルロットを慰めるなり叱咤するなりしてさっきのことを引き摺らないようにしないといけない訳で)

 

 シャルロットのことで手一杯だからと言うのは卑怯な逃げ口だと理解している。

 

「は、はい。も、もちろんです」

 

「そうか。……なら、解らないことがあれば、聞きに来い。今日は合流したばかりで余裕はないが、明日以降であれば時間を作ろう」

 

 だから、明日以降ならと条件付けし、敢えてこちらから誘った。後ろめたさから来るモノでもあったが、元々呪文を扱う職業でなかった元バニーさんからすれば、賢者という今の職業は初めてだらけでもある。

 

(魔法使いのお姉さんと元僧侶のオッサンだった賢者の青年がいれば今更俺のアドバイスなんて不要かも知れないけど)

 

 元オッサンにとっても魔法使いの呪文は未知の領域だ。魔法使いのお姉さんの指示を仰ぎつつ二人でいちゃつく流れになってしまう可能性もある。

 

(そうすると元バニーさんがあぶれるもんなぁ)

 

 シャルロットさえ元に戻ってくれれば、魔法使いと僧侶の呪文がいくらか使えるシャルロットが教師役をする、と言ったことだって出来る。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ふっ、礼には及ばん。そもそも俺は賢者でも僧侶でも魔法使いでもないからな。せいぜいスレッジという魔法使いの知り合いが居て、呪文を使うところを見ていただけの男だ。自分から言い出しておいて何だが、あまり参考にはならんかもしれんぞ?」

 

 感謝の言葉を口にするバニーさんへ肩をすくめて見せ。

 

「……お時間、宜しいですかスー様」

 

「っ」

 

 バハラタの町中、すれ違った女性が耳元で囁いた言葉に俺の足が一瞬止まる。

 

「ご主人様?」

 

「ああ、すまん。私用を一つ忘れていた。宿は北西にある瓶が目印のところだったな? 皆は先に行っていてくれ」

 

 深く突っ込まれたら交易網関係の用事だと答えるつもりで、こちらをじっと見る元バニーさんを促すと、そのまま脇道へ逸れた。

 

(しっかし、接触してくるかなとは思ってたけど、こう大胆な手法で来るとは思っていなかったなぁ)

 

 さりげなく近寄り、耳元で一言。多分接触してきたのは、盗賊のお姉さんだと思う。ただ、盗賊ではあったとしてもカナメさんではない。

 

(となると、転職して盗賊になった誰かかな)

 

 囁かれた時、振り返って顔を見ていれば誰か解ったかも知れないが、こっそり接触してきてくれたのを台無しにする真似など出来るはずもない。

 

(うん……まぁ、出会った時のお楽しみで良いか)

 

 シャルロット達と別れたのだからそのうち先方から接触してきてくれるだろう。

 

「スー様ぁ」

 

「っ」

 

 むにゅんという柔らかな膨らみが背中に押し当てられたのは、待ちの姿勢を作ろうと立ち止まった時だった。

 

「お久しぶりぴょん。元気にしてたぴょんか?」

 

 語彙が、ぴょん。明らかにツッコミ待ちだというのに、俺はこの時凍り付いたかのように固まって動けなかった。

 

「カナメは寂しくて、寂しくてたまらなかったぴょん」

 

 声の時点で解っては居た。だが、信じられなかった。名乗られまでしたのに、脳が理解を拒絶した。

 

(こんなの おれ の しってる かなめさん じゃない)

 

 一人称が違うとか、そんな生やさしいレベルでない。原型止めていないレベルである。

 

「お姉様、伝令の役目は果たしました。ですから……ご褒美を下さい」

 

 とか何とか言いつつ服を脱ぎ始めようとしてるダークエルフっぽい姿の盗賊さんは出来ればスルーしたいのですが。

 

(ひょっとして こっち は えぴちゃん ですか?)

 

 魔物も転職出来たんだと驚くべきか、とりあえず服を脱ぐのを止めさせるべきか。ちらりと見えてしまったがーたべるとをとりあえず剥ぎ取って没収すべきか。

 

「あ、スー様気づいたぴょん? 今、ダーマでは『がーたーべると』が大ブレイク中ぴょん。何でも交易が活発になったのと、イシスがバラモス軍に攻められたことで、イシスに居た『がーたーべると』を扱っていた商人さんがアッサラーム経由で船を使ってバハラタまで逃げてきたかららしいぴょん」

 

「え゛、交易?」

 

 ひょっとして その ぶーむ とやら の げいいん、はんぶん は おれ の せい ですか。

 

「詳しく調べたところ、アリアハンのメダルコレクターに『ガーターベルト』を提供していたのも同じ人っぽい。スー様、お久しぶり」

 

「……諸悪の根源はそんなところに居たのか」

 

 物陰から出てきた賢者姿のスミレさんに対して、驚きも何もなく声を絞り出すことしか出来なかったのは、もう脳が色々とマヒしていたからだと思う。

 

(まさか、エリザと別れる時に感じた胸騒ぎって……あやしいかげとかじゃなくて……)

 

 カナメさん達の様に変わってしまう危険とかがーたーべるとの脅威を俺に訴えていたのだろうか。

 

(遅いよ、遅すぎるよ)

 

 シャルロット達を残して今から追いかけようにも、迂回するよう忠告したせいで補足が困難になっている。

 

(エリザ……)

 

 だから、俺に出来たのは無事でいてくれるよう願うことだけだった。

 




うん、どうしてこうなった。

元イシス在住の商人:正確にはポルトガ南の灯台辺りを拠点にしていた商人、と言う設定です。灯台の旅の扉からアリアハンへ渡ってメダルおじさんへガーターベルトを卸して居ました。幽霊船のガーターベルトも、船が健在だった頃灯台に立ち寄ったおり、購入したモノという設定。

次回、第三百五話「むしろケアして欲しいのは俺の方かも知れない」

主人公は、大丈夫じゃないです。

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