「ここが、ポルトガ……」
思ったよりも長い距離を飛んで、辿り着いた先は大きな港町だった。
「わざわざそんな格好させたから解ると思うが、おまえが勇者であることは口外無用だ」
「う、うん」
街の入り口に降り立った時、お師匠様に釘を刺されボクは頷いた。たぶんバラモス対策の一環なんだろう、まだロマリアって国にもたどり着いていない勇者一行が別の場所に現れた何て不自然すぎる。
「そうだ、下手に注意を引くことは今の段階では避けるべきだからな」
答え合わせする為にお師匠様に確認したら、そう言って頭を撫でてくれた。
「ただ、たまには勇者としての役目を忘れて年頃の娘らしいことをしても罰はあたるまい? 今日此処に連れてきたのは、休暇がわりでもある」
「じゃ、じゃあ……」
デートという部分だけは間違っていなかったのだろうか。
「ああ」
期待を込めて見返すと、お師匠様は笑顔で頷いて、ボクの背をサラさんの方に押す。
「えっ?」
「活気のある港町だし、女同士でショッピングというのも悪くないだろう?」
お師匠様の声はどういうことですか、と問うよりも早い。
「お師匠様?」
「ん、そうか。小遣いを渡すのを忘れてたな。武器防具に関しては後日買いに行くから今日は気にするな」
「えっ、えっと……」
流石に「違うんです、お師匠様とデートしたいんです」と自分から言い出す勇気はボクにはなくて、まごついている間にお師匠様はボクに革袋を押しつけて去ってゆく。
「はぁ」
情けなさとやるせなさで、口からため息が出た。
(ああああっ、せっかくのチャンスだったのに……ううっ)
ただ、これも失敗だったかも知れない。
「勇者様? どうかなさいましたの?」
いつの間にかサラさんが心配そうな顔で此方を覗き込んでいたんだ。
「え、あ、ううん……大したことじゃ無いんだけどね?」
たぶん、お師匠様とのやりとりを見られていたんだと思う。朝食をまだ食べていないからだろうか、気が付くとお腹の辺りを片手で押さえていたし、具合が悪そうに見えて気を遣わせてしまったのかもしれない。
(お師匠様が行っちゃったのはボクが不甲斐ないせいだし)
お腹に手を当ててたのだって朝、命の木の実一個食べただけだからお腹が空いているだけ。
(そう言えばサラさん達は朝ご飯食べたのかなぁ?)
軍資金もお師匠様から頂いたし、何処かで一緒に朝ご飯と言うのも悪くない。
「あの、勇者様……先程からお腹を押さえていらっしゃるようですけれど、お加減でも?」
ちょっと考えてれば、案の定だ。
(ちゃんとご飯食べてるところを見せれば、安心してくれるよね?)
ボクはお腹が空いてるだけ、と言うのが少し気恥ずかしくて顔を少しだけ赤くすると、意を決して口を開いた。
「そうじゃ無くて……えーと、お腹に命」
お腹に命の木の実しかまだ入れて無くて、お腹が空いちゃっただけだよ、と。そう説明しようとしたんだ。
「「え」」
けど、最後までボクに言わせずサラさんは彫像の様に固まって、サラさんに忍び寄っていたミリーまで目を見開いてこっちを見ている。
(えっ? 「いのちのきのみ」一個で何で……あ、サラさん打たれ弱いから欲しかったとか?)
よくよく考えてみればミリーだってボクのかわりにパーティーの盾になってくれてた、だからミリーもあの木の実が欲しかったのかも知れない。
「ご、ゴメン。ボク、よく考えて無くて……サラさんやミリーも欲しかったんだよね?」
「勇者様?」
「そ、それどう言う意」
居ても立ってもいられなかった。
「ボク、お師匠様探してくるっ」
「ちょっ、勇者……ってはお身……」
「さぁ、いらっしゃいいらっしゃい、安いよー」
「さぁ、港に入ったばかりの――」
サラさんがボクの背中に何か言いかけていたけれど、既に走り出していたボクには街の喧騒で殆ど聞こえなかった。
(探さなきゃ、お師匠様を捜さなきゃ)
イカの魔物に今のボクが勝てるなんて慢心はない、だからボクに出来ることはお師匠様にお願いすることしか無いけど。
(何処に行ったんだろ?)
初めて訪れる街、アリアハンよりはシンプルな作りに見えるのに、お師匠様の姿が何処にもない。
「あの、ちょっとお聞きしても……」
「胡椒のことかい?」
仕方なく、たまたま目に付いた人に声をかけたら返ってきたのはまったく関係ない話。
「いえ、人を探していて」
「そうか、いや勘違いして悪いね」
何でも胡椒という高価な食べ物をこの国の王様が欲しがっているのだそうだ。
(ひょっとしてお師匠様、お城に?)
いろんなことを知ってるし、けんじゃのいしなんて凄い道具まで持っていたお師匠様だ。その「くろこしょう」って言うモノも持っていたりするのかもしれない。
(船が欲しかったら王様に会うようにって、言ってたお爺さんもいたし)
お師匠様はボク達にお休みをくれてその裏で一人、ボク達の為に頑張っていたのではないのか。
(行ってみよう、お城に)
ごく普通の町娘の格好じゃ、お城に入れてくれないかもしれないけれど、入り口で待つことぐらいは出来る。
(そう言えばあの時も……少しだけ、懐かしいな)
わざわざボクの剣をとってきてくれたお師匠様をアリアハンの入り口で待っていたのもついこの間のことだ。
「あ」
ただ、この日は待つことなんてなかった。
「シャル……ロット?」
お城から出てくるお師匠様と、大きな扉の前で鉢合わせしたのだから。
「どうした、一人で?」
驚きに目を見開いていたお師匠様が、我に返って訪ねてくる。
(今度こそ……今度こそ……)
勇気を振り絞る時だ。
「お師匠様、ボク――」
一緒にいたいと、お師匠様だけに苦労はさせたくないと、ボクは言おうとし……ぐきゅるるると盛大にお腹の虫が鳴いたのだった。
「あぅぅぅ」
あんまりだと思う。
(そう言えば、お腹が空いていたのも忘れてお師匠様を捜しては居たけど、幾ら何でもこんなタイミングでお腹が鳴るなんて……)
穴を掘って埋まりたい。埋まりたかった。これじゃ、お師匠様にご飯をねだりに来たみたいじゃないか。
「ふむ、もう少々遅いが飯にするか」
「え?」
ただ、結果的にはこれが良かったのかも知れない。お師匠様は呆然とするボクの頭に手を置くと、
その手でボクの手を取って――。
「予め言っておくが、街の中の散策は俺も今日が初めてだ。飯のうまい店は知らんぞ?」
そんなことは、どうだって良かった。
(あっ)
ただ、忘れずに言っておかないといけないことだけはかろうじて思い出し、ボクは告げる。
「あの、お師匠様……サラさんとミリーも命の木の実欲しいみたいで」
「そうか、すぐ手にはいると確約は出来ないが、覚えておこう」
これで、二人のお詫びにはなるだろうか。
「すみません、お手を煩わせてしまうようで」
「いや、それぐらいなら構わん」
頭を振ったお師匠様に手を引かれ、ボクは街に戻って行く。
「お師匠様」
「ん? 揚げ物か、白身魚のようだな……店主、それを貰えるか?」
「へい、毎度」
途中の屋台でお魚の揚げ物を買い。
「あそこで食べましょう、お師匠様」
「ん、ああ」
木陰に誘い、腰を下ろして。
「はむっ……美味しいですね、お師匠様」
「ああ。港町は魚介類に限るか」
本当に幸せな時間だった、ボクにとって。
(……サラさん達もちゃんとご飯を食べてるかな?)
ふと思い出して、置いてきてしまった罪悪感に責められもしたけど。
「お師匠……様?」
きっと、色々あって疲れていたのだと思う。気が付くと、木陰でお師匠様は寝息をたてていて、呼びかけても返事はなく。
(ええっと、今なら大丈夫かな……)
ちょっと挙動不審になりながら、お師匠様の頭を持ち上げその下に足を潜り込ませる。実はちょっとだけ憧れていたのだ、サラさんの教えてくれた膝枕に。
「あっ」
なのに、どうしてこうなったんだろう。スカートがまくれ上がってしまって、お師匠様の頭がスカートの内側に。
(ど、どうしよう。こんな所誰かに見られたら……)
かと言って、慌てて足を抜いたらお師匠様が起きてしまうかも知れない。
「シャルロット」
「ひゃ、ひゃい?!」
しかもこの直後に声がしたものだからボクは飛び上がらんばかりに驚いて。
「お師匠様ごめんなさ……え?」
スカートをまくり上げ、ボクの太ももの上にあったお師匠様の顔に二度驚く。
(そっか、寝言かぁ)
ひょっとしたら続けて何か言っていたかもしれないのだが、驚いていたせいで聞き逃してしまった。
(ううん、そんなことよりお師匠様が寝ている今の内に――)
足を引き抜こう、そう思ったボクは片手でお師匠様の頭を持ち上げながら、顔にスカートが掛からないようにもう一方の手でスカートを引っ張り上げ。
(この調子、ゆっくり、ゆっく)
慎重に続ける隠蔽作業中、不意に顔を上げると見覚えのある人と視線がぶつかった。
「あー、うん。今日は空が青いですなぁ」
わざとらしげに空を仰いだのは、僧侶の――。
「っ、きゃぁぁぁぁぁぁ」
「ッ、どうしたシャルロ――」
直後、ボクのあげた悲鳴はお師匠様も起こしてしまい、出来れば忘れ去りたい黒歴史の一ページになったのだった。
ちゃんとしたデートになると思いましたか?
残念、勘違いモノの本領発揮ですよ。
帰還した勇者が女性陣に騒がれるところまで書きたかったけれど、そこまで書くのは、ちょっと時間が……。
次回、第三十一話「変態盗賊の提案」。
どう考えても、今回の主人公は被害者だったと思うけど、それを知るのは勇者だけだから……うん。