「ふむ」
何をどうしてどうやったらそんな申し出をすることになるのか。本来なら我が耳を疑うところなのだろが、驚きすぎて感覚がマヒしてしまったのか、口をついて出たのは、短い声が一つだけだった。
(と言うか、そもそもシャルロットは何故そんなことを言い出したのだろう?)
あの涼しげな格好では、汗をかいてしまって気持ち悪いからという答えはまず無い。
「あ、あのお師匠……様?」
「ん? あぁ、すまん」
呼ばれて、答えをしないままだったことに気付き、謝罪する。
(とは言え、どう答えていいモノか)
普段なら、脳内で小さな自分がダース単位で狂乱しつつ駆け回っていてもおかしくない事態だというのに、何故こんなに冷静に考えられるのかはわからない、ただ。
(保留にする訳にも行かないよな、答えは)
もっとも、ここでイエスと言ってしまっては、社会的な死刑執行書にサインをするのと同意義だ。だが、シャルロットにそこまで言わせてきっぱり断ることもまた不可能だった。
「しかし、シャルロットはもう今日は風呂に入ったのではないか?」
故に、俺が口にしたのは一つの問い。
(これで「あ、そうでしたね。てへぺろ」とか言って提案を引っ込めてくれると良いんだけど)
自分で言っておいて何だが望み薄な気もする。
「あぅ……そ、それはそうですけど、ボク……やっぱり、何らかの形でお詫びがしたくて……」
ほら、やっぱり おれて くれません でしたよ。
「……お詫び?」
「そ、その……お師匠様のお背中、流させて頂けたらって」
「っ」
そこまで説明されて、ようやく突拍子もない申し出の理由が見えてきた。
(……風呂の失言、誤魔化せてなかった訳か)
事故とは言え、シャルロットとはさっき密着してしまっている。失言の方で気づいたのか、密着した時の匂いで気づかれたのか。
(俺がまだ風呂に入っていないようだったから、背中を流すことで着地の時の一件のお詫びにしようとした、と)
ひょっとしたら、シャルロットも俺の部屋に来た図点であの一件をどう埋め合わせるべきかと模索しているところだったのかもしれない。
(うーん)
おそらく、ここでOKと言えば、シャルロットの負い目も消えて問題は一つ解決するとは思う。
(いや、解決しても別の問題が残るよね)
嫁入り前の娘さんが男と風呂に入ったという事実が。
(これはあれか、「へんげのつえ」を使ったと言い張って女性にモシャスで変身するとか? ……って、結局中身は男だから何の解決にもなってないか)
むしろことが露見したら、俺が輪をかけて変態扱いされて社会的に終了する。
(YESもNOもアウトとか、これ詰んでますよね)
だが、シャルロットはおそらく答えを待っている。
(どうする、どうすればいい?)
ひたすら自問自答をするが、状況を打開するアイデアは浮かんでこず。
「シャルロット――」
俺が口にしたのは、そう。
「風呂場の前で落ち合おう」
結局のところ、YESの返事だった。
「お、お師匠様?」
「お前は弟子であって小間使いではない。身の回りの世話をさせるのは気が引ける。故に今回限りだ」
もっとも、お詫びですることが二度あったりしてしまっては困るのだが。
「は、はいっ。ありがとうございまつ!」
とりあえず、そこで何故お礼を言うのですかと聞いてみるのは駄目なんでしょうね、シャルロットさん。
(結局のところ、こうなるのか……)
密かに嘆息しつつ、表向きは軽く苦笑しながら俺は部屋の片隅に置かれた自分の荷物のところへ歩み寄る。
「とりあえず、お前は部屋に戻れ。ここで準備出来る俺と違って戻ってから準備せねばならんだろう?」
相変わらずの格好が目に毒だからと言うのもあるが、隣のOSIOKIが継続中と言うこともあって、俺はシャルロットへ退出を促し。
「そ、そうですね。お師匠様、また後で」
何故か顔を赤くしつつも嬉しそうな笑顔でシャルロットは部屋を出て行った。
「さてと……こうなっては仕方ない」
一人残された俺は、ポツリと呟くと荷物から幾つかの品を取り出し、広げ、独言する。
「けど、まだ終わらない。終わらせてなるものか」
刃物を手に取り、布へ突き立て引き裂き、針と糸に持ち替えれば、切り取った布を縫う。
(部屋まで戻って準備して風呂場まで行くのにかかる時間と、ここから風呂場までの距離を鑑みると、使える時間は数分かな)
悪あがきが間に合うかは、この身体のスペックにかけるしかない。
「間に合え、間に合え、……間に合えっ」
想定される事態の全てに対処できるとは思えない。だが、最悪の事態だけは避けねばならない。
「とりあえず、これでよしっ。……いくぞ」
孤独な戦いに勝利は存在しなかった。あったのは出来上がった品をお風呂セットに突っ込んで、部屋を飛び出す必要だけだった。
すみませぬ、閲覧注意分は次回に流れます。
時間が、時間が。
次回、第三百十話「入浴(閲覧注意)」