強くて逃亡者   作:闇谷 紅

355 / 554
第三百十三話「何か忘れていませんか?」

 

「さてと、あとはシャルロットが着替え終えて脱衣所から出た後俺もあがればだいたいの問題は解決だな」

 

 シャルロットの着替えと鉢合わせしてしまっては、ここまでピンチを切り抜けてきた意味がない。

 

(出来れば声をかけて確認したいところだけど、外に誰か居たら別々にあがるって偽装工作をする意味の半分が消滅しちゃうからなぁ)

 

 ちなみにもう半分は、男女で一緒に着替えが出来るかという想像しやすく、常識的な問題のためだ。

 

(女性の着替えかぁ……下着付けるのって結構大変だったし、それなりに時間がかかると考えて……って、考察したら何だか虚しくなってきた)

 

 何故つけ方が解るのかと言えば、イシスでのとある一夜のせいだ。

 

(女性に変身させられて……うん、思い出すのは止めよう)

 

 そう、あんなことは無かったのだ。下着だけで呪文を唱えたり、普段使わない武器を振り回したりなんて俺はしていない。

 

(だから、思い出すなぁぁぁ俺ぇっ!)

 

 何というか忘れたいこと程やたら記憶に残ってしまう気がする。うっかり着たまま戻ってきてしまってシャルロットが持っていった下着のこととか。

 

(うわぁ、連鎖的に思い出さなくても良いことまで思い出しちゃった)

 

 と言うか、あの下着は今どうなっているのか。本来の持ち主は結局誰だったのか。

 

(駄目だ、余計なことは考えちゃ駄目だ)

 

 別、もっと別のことを考えて気を紛らわせなくては。

 

(何か、こう明るくなれるような嬉しいことを……嬉しいこと、嬉しいこと)

 

 声には出さず呪文の様に繰り返しながら俺は自分の記憶を掘り返す。

 

(ああ、そう言えば、イシスの牢に押し込められた時に、クシナタ隊のお姉さんのが、あたって……って、あれは嬉しいことじゃなくてただの生殺しーっ)

 

 いや、全く嬉しくなかったかと言うと嘘になるかも知れない。天国のようなぢごくだったのだから。

 

(そもそも なんで あれ が まず さいしょ に おもいうかび ますかね?)

 

 水着のシャルロットと急接近したり、事故とはいえスケスケネグリジェで押し倒されたりしたから変な意識でもしてしまっているのだろうか。

 

(冷静にならなきゃ、正気に戻るんだ、俺。あれはお姉さん達じゃなくて水色生き物やオレンジ生き物、そう言うことにしておくんだ) 

 

 そう、シャルロットと最初に出会った時、水色生き物とシャルロットの何かを間違えたように。

 

(って、間違えたようにじゃなぁぁぁぁい!)

 

 結局一周して戻ってきてるではないか。

 

(落ち着け、落ち着かないと……まず、深呼吸して息を整えよう)

 

 そして、次に鏡の前に。

 

(最後はシャルロットにモシャスしてから鏡で胸の辺りを見れば、そこにあるのは水色生き物の……って、ちょっと待て)

 

 なぜ もしゃす する。

 

(だいたい ふんどし ひとつ の いま しゃるろっと に もしゃす したら えらいこと に なりますよね?)

 

 誰だ誰が俺にメダパニをかけたのだ。

 

(冗談抜きで、落ち着こう)

 

 血迷ってモシャスした後でシャルロットが忘れ物をして戻ってきたりしたらどうする。

 

(と言うか、それ以前の問題だよなぁ)

 

 なんだかんだ言って、結局俺はシャルロットの裸が見たかったのだろうか。

 

(いや、ピンチの連続で気が張り詰めすぎた反動だと思うけど……重症だなぁ)

 

 現実逃避にボケるだけならいい。だが、シャルロットにモシャスはアウト過ぎる、などと考えていた時だった。

 

「あの……お師匠さま、すみません」

 

「しゃ、シャルロット?」

 

 ご本人が脱衣所から再登場してきたのは。

 

「ちょっと、忘れ物しちゃって……」

 

 それは、セルフツッコミが予言となった瞬間でもあった。

 

「そ、そうか」

 

 血迷わなかったことに内心でどれだけ良かったと思っただろうか、もっとも。

 

「あ、そうだ。お師匠様……良かったらボク達の部屋で寝ませんか? お隣……あんなでしたし」

 

 直後にシャルロットが投げてきた爆弾は流石に想定外だった。

 

「そう言えば、隣が騒がしかったな。すっかり忘れていたが。では、邪魔するとしようか」

 

 などと答えられるはずがない。

 

(うわーっ、忘れてた……隣はクシナタ隊のOSIOKI部屋かぁ)

 

 色々あって頭から抜け落ちていたが、あれでは部屋に戻ってもゆっくり寝られる筈がない。

 

「だが、お前の部屋は二人部屋だろう? そもそも女性用の部屋で俺が寝るのにも問題だ」

 

「そ、それはそうかもしれませんけれど……ちゃんと休めないのは問題ですし、ミリーにもお師匠様の部屋のお隣のことを説明すれば」

 

「そ、そうは言ってもな……」

 

 おそらくシャルロットは善意だけで申し出てくれているのだと思う。ただ、女の子と一緒に寝るという状況下で安眠出来るような神経の太さを俺が持ち合わせていないのだ。

 

「大丈夫です。最近はミリーも変なことしませんし、ボクがミリーと同じベッドで寝れば、ベッドは一つ空きますから」

 

「ちょっと待て、そんなことはさせられん。なら、俺は床で……あ」

 

 更に気を遣おうとしたシャルロットの言で反射的に口走ってしまったのが、失敗だった。

 

「……どうして、こうなった」

 

 入浴後、結局女性陣の部屋に泊まることとなってしまった訳だが、それでも床に寝るつもりだった。

 

「んぅ、ご主人様……」

 

 だが、左を見れば元バニーさん。

 

「ふふ……お師匠様ぁ」

 

 右を見るとシャルロット。二つのベッドをくっつけて出来たキングサイズのベッドの中央に俺は居た。床で寝ると再度主張したところ、シャルロットと元バニーさんの双方に反対され、最終的にこうなってしまったのだ。

 

(というか そうだつせん とか よそうがい ですよ?)

 

 俺に少しでも恩を返そうとする元バニーさんと、自分が言い出したのだからと責任感から自分が割を食おうとするシャルロットの間で意見が対立し、端から見ると床を取り合うような状況になり。

 

(けど、流石に二人を床には寝せられなかったもんなぁ)

 

 もう一度俺が床で寝ると言い出せば、だったら一緒に寝ましょうと言う「よりやばい展開」になり、気づいたら二名賛成の多数決によってベッドを二つくっつけて三人で寝ると言う案が通ってしまった訳だ。

 

(……寝られない)

 

 腕を柔らかな何かで挟み込みながら寝るのは今のトレンドなんですかとツッコミを入れる訳にも行かず、完全に抱き枕にされてしまった両腕から感じる感触と戦いつつ、俺は天井ではなく、何処か遠くを見た。

 

(もういっそラリホーの呪文を使おうかな)

 

 それとも昼夜を逆転させる呪文、ラナルータか。

 

(どっちにしても、とりあえず……このことが魔法使いのお姉さんにバレませんように)

 

 ポルトガでの休暇の時のような展開はご免被りたい。左右からがっちり拘束されつつ、声に出さず俺は呟くのだった。

 




ちなみに同晩、主人公が同じ宿屋に泊まってることを偶然知ったクシナタ隊のメンバーが一名「スー様と連絡を取る」と言う名目で夜遅く主人公の部屋に侵入し、抜け駆けを察知した他のメンバーに取り押さえられるという事件がありました。

まぁ、主人公は部屋にいなかったので抜け駆けに成功してても、待っていたのは空のベッドだったのですけどね。

次回、第三百十四話「ダーマへの旅立ち」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。