強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百十四話「ダーマへの旅立ち」

「……ふぅ」

 

 長い夜にもいつか終わりは訪れる。俺からするとその夜明けは天国に最も近いぢごくからの解放でもあった。

 

(いや、二人が目を覚ませばだけどさ)

 

 大人げないのは解っているつもりだが、ここはザメハの呪文で寝てる二人を起こすことまで視野に入れないといけないかな、とも思う。

 

(魔法使いのお姉さんが起こしに来たらアウトだよなぁ、この状況)

 

 両腕にしがみつかれていなければ、外に人の気配を感じた時点でベッドから抜け出し、ドアの影なりベッドの下に隠れてやり過ごすという手もあるのだが、これでは誰かが起こしに来ても隠れようがない。

 

(ついでに言うなら、トイレにも行けない状況な訳で)

 

 まだ緊急事態というレベルではないが、左右のお嬢さん達がいつ目を覚ましてくださるかによっては、起こしてでもトイレに行くことになることもあり得る。

 

(元バニーさん達が居るからダーマまではルーラの呪文かキメラの翼であっという間だろうなぁ……それはいいとして、問題はやっぱり「せくしーぎゃる」か)

 

 現実逃避にこれから向かう先のことを考えながら天井を見上げるが、ぶっちゃけ、この状況下で考え事に集中するのは、無理があった。

 

(やっぱり、起こすしかないかな)

 

 二人が起きる前に魔法使いのお姉さんが来てしまった場合であれば、モシャスやレムオルで誤魔化すという方法もあるのだが、あくまでそれらは人の目を欺く一時しのぎの案に過ぎず。

 

(近くに灰色生き物が居れば話は別だったんだけどなぁ)

 

 メタルスライムには腕がない。モシャスで変身することが叶えば、無い腕を拘束することなど出来ないからあっさり抜けられると思うのだが、モデルになる灰色生き物が側に居なくてはどうしようもない。

 

(こういう事態に備えて荷物に灰色生き物の死体を入れておく……訳にもいかないし)

 

 メタルボディではあるものの、一応生き物なのだから、放置すればきっと死体は腐るだろう。短期間ならともかく、常に携帯する品としては相応しくないどころか、そんなモノを持ち歩いたりしたらもはや周囲への嫌がらせである。

 

(……結局、起こす以外の選択肢は残されていないってことになるんだよね)

 

 そして、呪文で起こすなら双方が寝ているタイミングしかないのだ、呪文を使うところを目撃されるのは避けたい俺としては。

 

(ごめんね、二人とも)

 

 ぐっすり眠ってるお嬢様方には妬まし、もとい申し訳ないが、心の中で謝罪しつつ呪文を唱え、同時に願う。

 

「ザメハ」

 

 ちょうど完成した呪文でバハラタでのピンチが終わりますようにと。 

 

「ん、んぅ……あ、おはようございます。お師匠様」

 

「あぁ。おはよう、シャルロット」

 

「お、おはようございます、ご主人様」

 

「おはよう、ミリー。さて、起き開けで悪いが、サラに見とがめられたらことだ、俺はそろそろ自分の部屋に戻るぞ?」

 

 目が覚めた二人へ挨拶するなり、理由つきで宣言した俺はこのあと女性陣の部屋を後にした。もっとも、そのまま一直線に部屋へ戻る気はなかったけれど。

 

(女性部屋の辺りに居たら不自然だもんなぁ)

 

 気持ち的には一直線に部屋に戻って短い時間でも寝たいところだが、魔法使いのお姉さんと出会ったらいい訳が出来ない。

 

「ふぁあ……」

 

 あくびしつつ、トイレへ向かい。

 

「おはようございますわ。あら、寝不足ですの?」

 

 声をかけられたのは、ちょうどトイレの前。

 

「ん? あぁ、隣が喧しくてな」

 

 平静に応対出来たのは、きっと廊下で出くわす可能性を考慮していたからだと思う。

 

「あぁ、あちらにも聞こえてましたのね」

 

「そちらもか」

 

「ええ、と言うかああいうのは場所をわきまえてやって欲しいものですわ」

 

「まったくだな」

 

 互いに苦笑をかわしあい、その後俺は愚痴をこぼすお姉さんへ同意する。

 

(うん、この人もバニーさんに色々やってた様な気がするけど)

 

 今更あれを掘り返すのも無粋だろう。ただ、あの時犠牲になったお隣さんも居たかもしれず。

 

(この件もクシナタさんには伝えておかないとなぁ)

 

 同時に新たな犠牲者が出てしまう予感がして、声には出さず呟く。昨晩の一件がクシナタさんの耳に入れば、お隣さん達はほぼ間違いなくOSIOKIされるだろう。

 

(流石にそのOSIOKI部屋の隣が俺の泊まる部屋なんて展開はない……といいなぁ)

 

 お隣がクシナタ隊と言う悪意ある偶然に遭遇した後だから、疑いの気持ちを俺は捨てきれなかった、ただ。

 

(って、いけないいけない。この手の呟きはかえってフラグになりかねないよな)

 

 危ういところだったと思う。

 

(この手のフラグはこっちに都合の悪い時だけきっちり仕事するし)

 

 遠い目をしつつ、ふと思う。

 

(そう言えば、クシナタさん達は今頃どうしてるかな?)

 

 アッサラームから北上し、ロマリアを経由して、確かカザーブやノアニール方面へ向かって貰ったと記憶にはある。

 

(すごろく場から西に進路を変えてたら、カザーブで合流してたかな)

 

 それとも、ルーラの移動時間を鑑みると既にカザーブは抜けていたか。

 

「さて、出発の準備をせんとな……な」

 

 考えつつ廊下を自分の部屋の前まで戻ってきた俺は、独り言を呟くと鍵を差し込もうとして、固まった。

 

(鍵が開いてる? 何で)

 

 風呂に出かける時、しっかり施錠した筈だったのだ。

 

「っ」

 

 呆然としていたのは、ほんの一瞬。すぐさま我に返るとドアを開いて中へ飛び込む、そして――。

 

「スー様、おはようぴょん?」

 

「はい?」

 

 泥棒に入られたかと思いすぐさま荷物を確認しようとした俺を出迎えたのは、遊び人になったカナメさんだった。

 

「スー様もうすぐ出発ぴょん? カナメ達も準備を始めてるから、こうしてメッセンジャーに来たぴょん」

 

「そ、そうですか……」

 

 恐ろしい程の脱力感を味わった俺は、カナメさんから伝言を受け取ると、すぐさま荷造りを始めた。

 

「ふぅ、こんな所か」

 

「スー様、お疲れさまぴょん」

 

 その語尾と変わりようで更に疲れるとコメントしたらカナメさんは元に戻ってくれるんだろうか。

 

(宿屋にとまったのに、どうしてこんなに疲れてるんだろ)

 

 何というか、バハラタでのこの一夜はやたら濃い夜だったと思う。

 

「皆様、行きますわよ? ルーラッ」

 

 カナメさんとも別れ、やがて宿の入り口で再集合を果たした俺達は、魔法使いのお姉さんの呪文で空高く浮かび上がり、バハラタの町を後にした。

 




次回、第三百十五話「ダーマの神殿」

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