「とりあえず、明日になったらもう一度商人の元に行ってみるとしよう」
元バニーさんから話を聞いた以上、腕に噛み傷があるかどうかは確認しておく必要がある。
「すみません、そのお手数かけて……」
「気にすることはない。むしろ、思いもよらない形で問題解決の糸口が見つかったのかもしれないのだからな」
先程は頭を抱えたが、考え方を変えれば元バニーさんの話を聞いたのは正解だったかも知れないのだ。
(元バニーさんを蚊帳の外にしてあのオッサンの悪事を曝いて衛兵とかに突き出した時とか、その後で元バニーさんの知り合いだったと判明したりすることを考えればなぁ)
それこそ後味の悪いことになったと思う。
(言ってみてから気づくってこともあると言うか、うん)
話を聞いた直後は作戦を練り直す必要が生じたというネガティブ面でしか捉えられなかったが、後味の悪い顛末を避けることが出来たと考えればプラスだし、思っても居なかった方法でこのダーマに広がるせくしーぎゃるの問題が解決する可能性があるとすれば。
(それに、水着防具開発の一件にしてもね……)
あぶない水着は封印するか処分すべきだろうが、ちらりと出てきた最終目標っぽい推定「神秘のビキニ」は無視出来るようなものでない。
(水着と言うことで着用者を選ぶけど、呪文とかブレスへの耐性がないところへ目を瞑れば、性能の方は文句の付け所がない防具だし)
完成しているのかどうかは気になるところである。
(まぁ、完成してても抵抗なく着られるのはおろちかあの女戦士くらいだろうけど)
もちろん、おろちの方は魔物ではなく偽ヒミコの姿の時限定だ。がーたーべるとドラゴンの亜種を誕生させてしまうつもりはない。
(だいたい、そんな強力な防具をおろちに渡す理由もないし)
強いて言うならマリクとくっつけた時に結婚祝いと称して送りつけるぐらいだが、それならあぶない水着の方で充分だと思う。
(って、それもやばいか……竜の女王の子供の情操教育という面で考えたら最悪だ)
最終的に何処かのお姫様にあぶない水着の着用を強要し、拒否されたことに腹を立てて誘拐、洞窟に監禁なんて行動に出られるような性格に育ったらシャルロットの子孫が困る。
(そう言う意味合いではおろちの性格をまともな方向に持って行く系統の装飾品の方がまだいいのか。うーん、出来れば魔物の姿でも問題なく装備出来る品が良いよなぁ)
あれでもないこれでもないと考えていた時だった。
「お師匠様?」
シャルロットの声がしたのは。
(って、何を考えてるんだ、俺……思考が変な方に脱線しすぎた)
おのれ、おろちめ。
「あ、ああ。すまんな、シャルロット。エリザに頼んだ伝言の件で少々考え事をしていた」
「あぁ、さっき仰ってた……」
「そうだ。この件に関しての伝言だったのだが、先程の話も伝えておく必要があるのではないかとな……あ」
流石にこの状況下で全く関係ないことを考えていたとも言いづらい、口にしたのは実際考えていたのとは別のことだが、言ってから気づく、全くその通りであることに。
(うわぁい……前提条件が違ってきたらエリザさん無駄足じゃないか)
もし、エピちゃんのお姉さんが悪徳商人をとっちめる良いアイデアを思いつき、スミレさんかエリザ経由で教えてくれたとしても、元バニーさんのお知り合いに使うのは問題のある方法だった何てことだってあり得る。
(……うん、やらかした)
そして、今から追加情報を持って出発とすると、どうなるだろうか。
「お師匠様?」
「……しくじったな、今からエリザを追いかけるとなると、明日の朝にここへ戻ってくるのは厳しいかもしれん」
「でしたら、ボク達で商人の人の方は確認しておきますから、お師匠様はその間にエリザさんを追いかけられては?」
「……気遣いはありがたいが、現状あんなモノを女性に押しつける奴が存在する場所にお前や他の者を残してはいけん」
一応元僧侶のオッサンが居る訳だし、オッサン一人では無理と言ってるようで失礼だとは思うが、他に言葉が思いつかなかったのだ。
(「知り合いかも知れない商人の存在を知った元バニーさんが暴走する可能性を加味すると、そっちも見張ってる必要があるから」などと当人の前で言う訳にもいかないしなぁ)
先程の食いつきっぷりを鑑みるに、元バニーさんが独断専行しても不思議ではない。
(この場合、最悪のケースは元バニーさんが一人でこっそりあの商人のオッサンへ会いに行き、商人が「おじさま」ではなかった場合かな)
ごろつきも商人の部下であるとすれば、あの商人は実力的な意味でもある程度の戦力を有していると思う。転職してから日も経たず、実力面で不安の残るバニーさんが一人で乗り込んで、もし人違いでしたなんてことになれば、ロクでもない展開になるのは間違いない。
(やはり、確認が最優先かな)
エピちゃんのお姉さんとエリザには後で何か埋め合わせをしよう。
(俺のポカなのは間違いないし)
どうすれば許してくれるかは解らない、解らないけれど。
(今は、ちょっと……)
眠らせて欲しかった。よくよく考えると昨晩もロクに寝ていないのだ。
「シャルロット、少しいいか?」
「えっ? あ、はい……あ」
俺は名を呼びつつ手招きすると、寄ってきたシャルロットの腕を掴み、その身体を引き寄せる。
「いいか、シャルロット。先程のミリーの様子からすると、朝を待たず独断で動く可能性がある。とは言え、俺が女部屋を見張る訳にはいかん。すまんが、今日はミリーを見張る意味でも同じベッドで――」
再認識したことで怒濤のように襲ってきた眠気に耐えながら、耳元で囁いた。
わぁ、主人公ってば、大胆ね。
次回、第三百二十一話「あの時は眠くて、頭がまともに働いていなかったんです」